5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

信長VS曹操

1 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 00:54:14
どっちが上だろう?

2 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 01:31:15
なんでそんな事を聞くの?
またはなんで、そんな事が気になるの?

ちなみに、みんな曹操曹操とか諸葛亮とか言ってるけど
中国語では、チーンチャータンwとか言うんだぜw
日本語訳だぜ曹操や諸葛亮てw

3 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 05:33:31
面白いスレやのに反応少ないね。
やっぱり、環境や時代背景が違うからかな。
でも、曹操と信長は似てると思うよ。どちらが上といえば信長だろう。曹操は、それまでになかったような発明的発想がなかった。

4 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 07:04:43
家臣の使い方、道具としての家臣の使い方は
両者ともに上手かったと思うが、
曹操は道具を愛していたが、信長は道具は道具で愛がなかった気がする

その結果、家臣の謀反に遭ってしまい死亡。
家臣の使い方という一点では曹操が上ではないかな

5 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 09:09:55


6 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 09:12:46
信長は革新だが、曹操は保守なんじゃねーの?

孫子信者だろ曹操って。 孫子って万全主義で結構保守的な書物よ。
意外や曹操=信玄じゃね?
信長みたいに朝廷まで抹殺してやるぐらいの雰囲気とかって、曹操にあったっけ? 

7 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 09:40:53
>>6
どんだけ無知なんだよww後漢時代は儒教。
物理を崇めるなんて発想は異端者。
曹操は財閥の息子で信長は大名の息子。
共に恵まれた環境にあり、享受する情報や文化、教育は当代最高峰であった。
王に成るものは運と必然性を持っているのがよく分かる。

8 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 10:20:47
まあ適当にレスしたけど、俺のレスの何を無知扱いしてんの?


9 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 11:24:42
また信長vs曹操スレかよ
第一曹操は教養人だしな

10 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 11:42:39
もうウザイし、これ以降はガイルVSザンギエフでいいよな。

11 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 15:40:24
>>10
ガイルの圧勝

12 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 22:56:55
八戸のぶながvs学徒早々

13 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 14:37:14
>>10
ザンギエフ

14 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 09:24:13
信長は無様な死に方をしてしまったからなぁ・・・・

15 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 21:41:03
スレタイはともかくマナカナのどっちが好みか語ろうぜ

16 :聖天使ザビエル∬‐℃_ゝ゜》つ† ◆llkBnTV0DI :2008/01/05(土) 22:00:45
私はエイリアンよりもプレデターのほうが好きだ

17 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/07(月) 14:11:13
でも一番最強なのはチンギス・ハンだし

18 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/11(金) 09:58:44
モンゴル定刻は異常

19 :梵天丸 ◆fPMTBNBXys :2008/01/15(火) 22:15:05
曹操に一票

20 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/18(金) 15:50:29
曹操のほうが思慮深いな

21 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 01:18:53
また頭の悪いスレたってんな


22 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 06:13:53
ガリレイの相対性原理も、アインシュタインの相対性理論も
破棄されました。!

21世紀の科学、物理学は支配の法則が支配する!!!!!

http://home9.highway.ne.jp/cym10262/fenomina.html

23 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 10:39:58
なんんだこのスレ

24 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 19:40:04
昔、中国の江沢民が来日したとき
「織田信長は中国から色々学びとり…」とか言ってて
すんげー呆れたことがあったな。

信長は中国なんか眼中になかったちゅーのに

25 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 19:41:42
自分自身への反乱防いだ分曹操がりーど

26 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 21:07:02
>>7
財閥は財閥でも曹操は宦官の孫だから家柄は良くない

個人的には美濃攻めに11年もかかった信長よりも
すぐに近隣諸侯を切り従えて官渡でも兵力差を覆して勝った曹操のが戦は上手いと思う

政治だって革新的過ぎて最終的に朝廷や仏教徒と衝突した信長よりも
漢朝や名士を上手く抱き込みながら儒教的な考えに囚われず合理的な政治をした曹操のが上手かったんじゃねーの?

あくまで主観だけど


27 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 21:10:25
>>15
参考画像はないのか?

28 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 21:57:17
自分で探せるっしょ

29 :現代に顕われた織田信長の霊:2008/02/02(土) 11:54:18
http://www14.atwiki.jp/415mattari/

篩いの目は日毎、確実に大きくなっている。私から民衆に知らせられるのも、この形が精一杯。
今の世界に蔓延する仕掛けをあらゆる論争の中に仕込んだ。皆々御苦労であった。全て保存しなさい。
小さな一言にも意味がこもっている。各自で読み解いてもらうしかない。
私はミノオワリの魂。ミノオワリは美濃尾張ではない。
言霊を読み解きなさい。一人でも多く。この者はイチリンの仕組。

皆よく聞きなさい。この星は自浄作用に動き出し始めている。
風邪もひき始めならば軽い養生で治せるが、病状が進むとどうなるか考えてみなさい。
発熱や悪寒はなぜ出るのか考えてみなさい。
無駄に恐れおののいている場合ではない。もう目を覚ましなさい。次元上昇などと寝ぼけたことを言っている場合ではない。
人が思っているような神など存在しない。よく現実に目を向けて、人間としてできる事をいますぐ実行しなさい。
祝詞だ祈りだ瞑想だと非現実的な事ばかりに目を向けるのはもう止めなさい。

現実に今を生きて動いて、とにかく有効手段として自然環境を蘇らせるしか道が無い事に気付きなさい。
人間が自然にしたことが人間に返ってくるだけなのだから、天変地異などと呼んで自分ばかり生き残りたがっている場合ではないぞ。
人間が人間の為だけにした事によって、人間以外の獣、草木、虫達、みんな道連れになるのだぞ。

不思議ぶったまやかしの霊的世界から離れなさい。
神はお前達が思っているような霊的存在ではない。神と呼ぶものは生命の摂理、自然や宇宙の法則そのものを指す。
人が思っているような神は霊、それも大半はまともではない霊だ。今降りている神示も殆どまやかし。マコトは一部だぞ。
火水、艮はマコト。だが艮の器はおかげをおとしたぞ。ハナサクモノは偽物だぞ。日月地は鏡だぞ。片方は虚、うつし間違えるなよ。
私は神霊の一人。クニトコタチ、スサナルの直下、アマカケルタケイサオ。人であった最後の名は織田信長。
人が幻想を抱いてきた、無い神も無い霊も本当に無くなる時がやってきた。


30 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 09:41:41
30get!

31 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 17:30:15
>26
>曹操は宦官の孫だから家柄は良くない
普通、女とヤっちまったあと、チンコ落とそうと思わないよね。

32 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 20:34:14
>>31
女と二度とヤれなくなるくらい家が落ちぶれてたってことだよ
そうしないと職につけねーんだから

33 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:10:55
宦官ってチンコ落とすわけだろ?
昔の医療技術で助かるのか?
本当にいたのかな?

34 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:49:54
後漢以前から宦官制度はあったよ

35 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 00:04:58
めちゃくちゃ痛かったらしいけど医学的に安全だったらしいよ

36 :果物キラー ◆HsllULLyvA :2008/02/07(木) 08:02:02
宦官は性的欲求が溜まったら如何するのかねぇ。ケツマンコで処理するのかねぇ

37 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 09:44:46
>>36
あそこ切っちまうと性欲が無くなるらしいよ。
だから女に一切興味が無くなる。
まぁそのせいか知らんが権力に溺れて悪さばかりした奴もたくさんいた

38 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 21:18:45
ところで
三国志には三國志演義があるように
戦国時代も一つの物語としての書物があっても良いのではないだろうか

39 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:26:33
探せばあるんじゃない?
三国志演義だってようは羅漢中の書いた時代小説だし

40 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 21:18:44
>>38
『東周列国志』(≒『春秋戦国志』・安能務・講談社文庫)は?
好き嫌い結構あると思うけど

41 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 10:10:58
>>37
ウボアー('A`)

42 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 09:36:12
この二人はいつもくらべられるな

43 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 09:46:04
根本的な思想からして違うタイプ
信長は徹底した合理思考だが曹操は割と教養的だし

44 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 17:52:47
曹操はチビで短足でヒゲだが、信長は長身でツルツルで声が甲高い。
曹操は身内を重用して助けられたが、信長は身内を切って他人を重用した。
曹操は乱世の姦雄だが、信長は第六天魔王。
曹操は徐州を皆殺しにしたが、信長は比叡山を皆殺し。
曹操には虎痴がいたが、信長にはサルがいた。
曹操の息子は凄いが、信長の息子は凄くない。

45 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 18:27:53
>>44
二人とも有能な部下は出生関係なく重用したよな

46 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 19:52:29
曹操の息子は凄いが、信長の息子は凄くない。





は?

47 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 21:51:51
広辞苑にも載ってるようなソウヒ、曹植と比べたらやっぱ見劣る

48 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 20:43:55
信長の子孫はフィギアで活躍(今謹慎中だが)
曹操の子孫は行方不明

よって信長の勝ち

49 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 15:34:53
戦の数と勝率なら曹操だな


50 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 16:30:50
曹操の戦歴と勝率ってどんくらい?

51 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 16:32:47
信長の野望はあるが、曹操の野望はない。
よって信長が偉大。

52 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 18:14:35
>>50
手元に資料ないから正確にはわかんないんだけど、
あの広い中国を駆けずり回って40年近く戦い続けてたわけだから、
ハンパじゃない数字だと思う。あと勝率は8割位だったらしい。

53 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 18:48:00
信長の戦歴 

156戦、113勝、29敗、14分け
勝率 7割9分6厘

54 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 18:58:55
150戦して90勝 
勝率6割という記述もある

戦国時代だし細かい数字まではわからんぞ

55 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:04:05
曹操の大雑把な戦績
67戦、58勝、9敗 8割6部5厘

56 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:09:47
>>55
それも地方のちっちゃな反乱とか含めたらもっと多くなると思うぞ

陣頭指揮だったかそうじゃなかったかとか数え方でも変わるし

57 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:18:18
というか三国時代の中国と戦国時代の日本じゃ輸送能力が違うから
数は判断材料にならないんじゃない?

58 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:28:11
>>56
曹操時代は農兵が基本だからこの程度じゃないの?

59 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:29:31
信長はひっきりなしに戦してる、これが可能だったのは兵農分離の先駆けをしてたから

60 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:36:31
兵農分離をいうなら曹操にも屯田(民屯)というものがありますぜ

61 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:41:15
屯田制と兵農分離関係なくね?
信長が常に軍隊を動かせ合戦が行えたのは一年中動かせる軍隊を作ったって話

62 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:41:29
中国と日本じゃ地理的に一回の戦に使う国力が全然違うぞ

63 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:43:46
意味不明なんだが?

64 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:46:17
規模はどうなん?

65 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:49:05
何の規模かね?

66 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:51:37
>>63
遠征が多いってことでない?あと兵力とか

67 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:56:26
>>65
一回の戦闘の兵力とかの規模。

68 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:12:07
>>67
そりゃ数千から〜数万〜とかいろいろ

69 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:15:15
曹操のほうが宗教には寛大だよな

70 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:18:49
信長は政教分離したしね

71 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:19:12
青州黄巾党抱き込んだのはでかい

72 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:23:14
>>70
信長は思いっきり仏教圧迫してたぞ
特定の宗教を助長・圧迫しないのが政教分離の原則だから

73 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:23:36
信長は松永久秀まで使ってる

74 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:25:01
>>72
信長は仏教自体は弾圧してないよ、本願寺だの武力もった宗教勢力は弾圧したけど

75 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:36:57
五斗米道の信仰も許してたしな

信仰の自由を認めてうまく自軍に吸収したのが評価できる

76 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:39:02
>>73
曹操はカクを使ってる



77 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:41:49
本願寺もそうだが信長は無駄に敵を作ってる気がする
敵対しない方法はなかったのかね?

78 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:42:55
松永=将軍殺した大悪人
カク=悪になれない中途半端

79 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:43:42
>>77
信長は絶対王制的体制を目指してたからな

80 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 20:50:11
松永を家康への紹介したとき

信長「こやつは世間の人間ができないことを三つやった!」

信長「一つは将軍を殺した、一つは己の主である三好を殺した、一つは南軍群の大仏を焼き払った!!」

松永「・・・・・・」

家康「・・・・・・」

81 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 22:22:35
まあ実績的にはカク>>松永弾正だけどな

悪人だったかとか関係ない要は役に立ったかどうかだ。

82 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 22:32:55
>>79
中央集権ってこと考えるなら名士とか宗教集団をうまく抱きこんで権勢を高めた曹操のが柔軟な気がする

83 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 22:41:14
本願寺は天皇でさえ手を出せないほど武力地帯

84 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 15:45:33
>>83
戦国時代の天皇なんてそんなに権威あるわけじゃないじゃん。


85 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 15:46:51
>>76
カクというかむしろ司馬イを使ってた

86 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 18:54:57
>>83
青州黄巾党も賊軍の時代に官軍の鄭遂や劉岱を撃破するくらい強かったぞ


87 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 19:00:10
>>79
信長は朝廷とかの権威に干渉されない新しい体制を作ることを目指してたってことかな?

そういえば曹操も自分が生きてる間は帝位に就いてないよね。曹操にもそういう旧来の権威に囚われない新しい体制を作ろうとする意志があったのかな?

88 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 19:20:43
>>88
曹操は儒教から抜け出せなかっただけだよ
漢儒の伝統が深く根付いてたあの時代は曹操であっても
儒の壁を壊す術はなかった。
でもって、苦し紛れに
「周の文王たらん」なんていいだしちゃってるしね。

89 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 19:32:07
>>89
儒教から抜け出せなかったんなら禅譲受けて皇帝になればいいんじゃないの?
現に曹丕はそれで皇帝になってるじゃん。

90 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 19:52:38
皇帝になったら儒教から抜け出す????

91 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 20:03:09
>>90
そうじゃなくて儒教的な政権樹立を目指してたんなら
儒教の理念に従って後漢から天命が去ったことを明らかにして禅譲を受ければいい
てこと

92 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 20:10:28
曹操の生き方自体が儒に従順なものだったと思うんだけど?

93 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 20:15:39
儒に従順っていうか、思想とかをあんまり気にしてなかった気がする
世間の流れが儒だったからそういう応対をしてただけで
曹操にとっては皇帝になるかならないかはそんなに重要じゃなかったんじゃない?

94 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 20:26:49
>>92
別に曹操は儒教にとらわれた生き方はしてないんじゃない?
儒教的な権威を自分の権力のために利用してたけどさ

95 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 20:28:18
曹操も結局は漢儒の巨大な流れに呑まれてたってことか。

96 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 20:37:11
>>92
自分の長男を殺した張繍の降伏を認めて出世させてるし
自分の親やじいさんを中傷した陳琳を仕官させてるぞ

97 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 20:37:42
>>95
まあ、抗ってる風には見えなかったね
宗教に関しては世の根幹にあるものだから
よほどの英傑でもない限りは下手に触れないほうがいいのよ
この時代なら自らが老荘、仏教(さすがにまだ無理があるか。)に
深く傾向してるとかでないとね

98 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 20:38:46
>>95
呑まれたと解釈するか
流れにうまく乗ったと解釈するかの違いだね

99 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 23:16:15
>>98
曹操も儒学を修めた知恵者であることを考えればそうなるね。

100 :焼肉+ ◆JUU/.JUU/. :2008/02/17(日) 23:23:49
儒学を修めて倫理は二の次。すばらしい実用主義。

101 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 23:34:35
面白い皮肉を言うw

102 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/18(月) 13:42:32
倫理的な価値観と合理的な価値観とのバランスがうまく取れてるかの問題でしょうな

信長と曹操の最後を比べてみたらよくわかる

103 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/18(月) 21:31:27
あんまり関係ないでしょ。
西郷隆盛、坂本竜馬、カエサルとか最後えぐい死にかただし。
曹操=政宗っぽい。

教養があり詩を好む、自分大好きで詩は自分が題材、あらゆることをこなし器用、野心家で常に天下を目指すが生きのび策も成功、割と博打的なやり方も好む、天下取りを阻まれたあとも自国経営に力を注ぐ

104 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 00:48:01
曹操と信長じゃ
勢力基盤も家臣の数も兵士の数も国力も
官僚による統治システムの規模も差がありすぎ。
比べ物にならん。

105 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 03:18:28
そりゃ信長は近代だから国力が高いんじゃね?

106 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 04:50:18
>>105
逆。国力で考えると圧倒的に魏軍>>>>>信長軍。
近世・近代の国家が勝っているのは技術力。

基本的に国力において、近世以降の国家が古代国家に
勝るのは不可能。
今では経済的な理由で不可能と言われる万里の長城の
ような物を古代に建造出来たのは、昔の方が人一人の
値段が安く大量に使うことが出来たから。


魏軍と信長軍で使われた人員、武器、食料などを計算して
比較してみると、戦った場合絶対に信長軍に勝ち目が
無いことがよく分かるぞ。

107 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 05:41:30
おいおい、古代のほうが国力が強いというのはいくらなんでも電波すぎだろw
経済規模も近代に従って発展していくんだし、労働力の人件費が安いといえばそうだがその分農業も経済も未発達だからだしw

人員や武器装備を比較すると話にならんくらい圧倒的に信長軍のほうが強いぞw
つーか食糧って何?

108 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 05:46:36
>>106
万里の長城は現在作る意味がまったくないだけで、軍事的にどうしても必要ならもっと完成度高く作れるだろw

109 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 07:32:22
http://same.u.la/test/r.so/academy6.2ch.net/min/1035028519/1-

110 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 07:58:17
いや戦争時の兵士の数が違う


111 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 23:27:10
信長軍=職業軍人、火器装備、足軽まで武具装備
曹操軍=半農半兵、武具は前時代

112 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 23:42:25
そこは青州黄巾兵と尾張兵の質でイーブンということに。

113 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 00:09:14
中国軍は200万人だぞ(笑

114 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 00:45:18
合戦とかの死傷で多いのは鉄砲や弓のような飛び道具

115 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 10:45:34
曹操と信長…感じは似てる気がするけど…
一緒の時代にこの2人がいたら…
多分どっちかが大将でも重用するんじゃない?
…これは論点がずれてるか…
自分は曹操に一票かな、領土拡大とかやっぱり信長に比べれば半端ないし、ってゆうかやっぱ今の価値観では決められなくねぇ?どこまでやったら勝ちとかは、その時代に生きてないと分かんね〜んだし?

116 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 10:49:44
なんでブサイクなスケーターと曹操さまを比べてんだよ

117 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 12:35:21
間違いなく二人とも地獄行き。
皆殺しにしすぎ

118 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 14:40:44
>>115
領土拡張なら信長だろ?
>>116
信長は美男、曹操はチビでやせっぽちで容姿が悪かった

119 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 15:36:19
いや同一人物ですから

120 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 16:48:46
>>118
領土拡大なら曹操だろう・・・土地無しから始まって中原・華北を一代で統一してんだぜ?

つーか中世日本古代中国だからなあ・・・やっぱ比べにくいよね

121 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 17:08:30
信長は既に強敵がなく天下を制した状況までいった

122 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 17:22:44
日本に天皇にとって代わろうなんて奴はいなかったし、曹操みたいに三国鼎立にはならなかった。
本能寺後分裂したように見えるが、信長の家臣団同士の主導権争いに過ぎない。
信長は天下統一にほぼ成功したといっていいだろう。

123 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 18:28:18
信長が死んだ当時の状況。

中国地方の覇者毛利=秀吉軍の水攻めで、4万の毛利兵は一戦も交えず完全に孤立兵糧切れ状態。

越後の上杉=謙信亡き後勢いが衰え、柴田勝家に押されまくり状態。

四国の覇者長宗我部=信長の援助で、長宗我部に敗れた勢力が巻き返し丹羽長秀が攻略準備中。

家康=信長にひたすら恭順、京で見物状態。

九州の覇者島津=九州の大半を攻略、大友を追い詰める。

関東の覇者北条=早雲以来の大国だが既に時勢に鈍感、他地域に対する野心もない。

奥州の覇者伊達=奥州の大半で乱世状態制圧中。

124 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 18:51:03
>九州の覇者島津=九州の大半を攻略、大友を追い詰める。
>
>関東の覇者北条=早雲以来の大国だが既に時勢に鈍感、他地域に対する野心もない。
>
>奥州の覇者伊達=奥州の大半で乱世状態制圧中。

織田勢力が本州を押さえている以上時間の問題。
島津に孫呉のような海洋戦力はない。
伊達や北条に蜀漢のような天険はない。

125 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 18:55:54
曹操の幸運は同時代に
信玄や謙信のような戦の天才が居なかった事だな。
信長は徹底してへりくだることしかできなかった。


126 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 18:59:50
毛利は海軍が優れていたため織田を海戦で撃退してる、信長が当時常識破りの鉄甲艦作って毛利海軍を破った。
北条は箱根の天険を利用した城がある、謙信が10万の兵で怒涛の如く襲った時も防いだし。


127 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:20:33
>>125
三国時代に項羽や韓信がいるようなもんか。
そりゃ、へりくだるしか術はないわな。

128 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:24:07
>>126
上杉一国ぐらいの来寇は防げてもそれ以上は無理。
実際、秀吉は20万を超える大軍を投入して陥落させた。

129 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:25:16
箱根の天険と蜀の天険を一緒にするな。

130 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:34:27
信玄は保守的な社会思想以外は、信長に似た一部の隙もない乱世の合理主義だが謙信なんてどう考えても異常人だからな。
自分を正義の味方みたく本気で思ってたような感じ、信玄と戦うのも信玄を単に本気で嫌ってたからみたいな面あるし。
信玄や北条に孤立状態に追い込まれて戦略的不利な状態にされるのに、戦術的勝利だけで覆すし。

131 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:37:37
謙信はサイヤ人だからなw
領土欲を持たなかったのが他の大名の救いになってるな

132 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:43:11
>>128
秀吉が北条を陥落させたのは包囲戦術と長期戦でだよ。
軍事的にはかなり苦戦してる、しかも当時の当主は親父にこいつの代で北条は滅ぶだろうといわれた氏直だしね。

133 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:45:38
>>132
時間と金と人手をかけられるなら充分落とせるってことだろ。
だから上杉一国ではダメだった。

134 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:53:03
>>133
そりゃ落とせるだろ蜀や呉だって結局滅んだし。
蜀と呉は二つあったからなかなか滅びなかった、呉が存在せず蜀だけだったらいくら天険に恵まれてても魏が簡単に滅ぼしてたろ。

135 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 19:57:38
>>134
簡単には無理かもな
あの地形は寂海王の護身開眼と同じだ

136 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 20:06:51
呉が滅んでたら荊州方面から蜀にアクセスできる。
財源にしても人的資源にしても、揚州や荊州を制圧している以上不足はない。
蜀は史実よりもっと早く陥落しただろう。

137 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 20:10:23
既に滅んだことにされてる呉カワイソス

138 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/20(水) 20:16:24
信長も秀吉も謙信のような天才的な戦術家より政略家&戦略家だよな
家康にも野戦で敗れてるし

139 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/22(金) 17:23:19
三国時代の魏から見れば
蜀に攻め入ろうとすれば桟道を通るうえに山道を行軍しなきゃならないし
呉に攻め込もうとすれば長江を越えて湿地帯に入っていかなきゃいけないし
その上2方面に軍を分けなきゃいけないからな

距離的に考えても侵攻戦争は戦国時代の日本より全然難しいはずだぜ

140 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/22(金) 18:30:16
上のほうで信長は天下統一したも同じという意見が出てるけど毛利や北条まで「敵じゃない」というなら曹操でも同じことが言えるだろ。

魏・呉・蜀なら国力や人口は魏が圧倒的だったし中原は生産力等だけじゃなく当時の文化や流通の中心地。
他の二国は荊州はともかく蜀は成都以外はほとんど山岳ばっかりだし、揚州も湿地帯が多く山越の反乱が多い土地。

山や長江を隔ててるから当時の移動手段の技術を考えれば中央からみりゃほぼ陸の孤島状態。
魏からしてみりゃ辺境の独立政権に過ぎなかったろう。曹操の代には一応呉には臣下の礼を取らせてるしね。

まあ陸の孤島ゆえに長い間征服されずにすんでたんだけど。後漢王朝を乗っ取ってるし覇権を握ってるのは曹操といえるんではないかね?

信長が天下統一にほぼ成功してたと考えるなら、だけど。


141 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/23(土) 16:45:39
>>140
そりゃあ、魏贔屓の目線に過ぎないけどな。
結局、三すくみで動くに動けなかったのは魏も同じ。
寧ろ蜀呉より圧倒的な兵力を抱えながらあの様というのは
どうだろう?
それに北、西からの異民族侵攻をまともに受けやすい地域も魏。
それらの異民族との国交が最悪だった場合、陸の孤島と化すのも魏。
現に中国は北部をよく占領されてたしね。


142 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/23(土) 22:25:20
>>141
>>140が贔屓というならそれもかなりこき下ろした見方ということになってしまうけどな

確かに中国史全体から見たら烏丸や鮮卑は北方政権の悩みの種だけど
三国志の時代は鮮卑は魏に恭順してるし比較的北方異民族が大人しかった時代だと思うんだけど?
曹操の代にはついたり離れたりしてるけど結局柯比能殺されたら大人しくなったし。
まあそれが異民族を増長させた原因の一端だけどさ。

あと国の中心地が陸の孤島になるというのは少し乱暴な見方じゃないか?

143 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/23(土) 22:39:15
でも、北中国はよく占領されたじゃないの。
南の方が安全。

144 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/23(土) 22:47:47
魏の時代は北も比較的安全だよ

145 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 09:51:33
そうだね、安定して種

146 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 11:18:33
曹操のほうが明らかに優れている
家臣の謀反で討ち死にした信長と比べるべくもない・・・。
波乱の人生という共通点でしかない。

秀吉。最低でも家康と比べるべきでしょう。

147 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 14:23:42
曹操だってやたらと反乱を起こされてるじゃん。
張バクとか陳宮とか劉備とか馬超とか張繍とか侯音とか吉本とか魏風とか孫策とか孫権とか。

148 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 16:27:01
中国で三国志って言っても、劉備・曹操・孔明とかの名前が出るのは
10人に1人以下・・日本では吉川英治や横山光輝の書籍・マンガや
四字熟語や幾つかの諺、例え話・・そしてコーエーのおかげで・・
百人以上の名前が浮かぶが・・
例えば赤壁の戦いの場所さえ未だに分かっていないし、五丈原の田舎村で
何十万の戦があったと地元の誰も知らない・・
つーか、魏軍100万・・とか言っても、本当は進行途中の村人全部を
含めた数字(みたいだし・・)、南京大虐殺もそうだけど、数の数え方は
本当に適当な中国です。

149 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 17:05:27
中国が適当ってのは日本人のイメージなんじゃねーの?

あと三国志は古代の時代だから多少記述があいまいなのは仕方ない。
日本だって同じ時代の王朝だった邪馬台国の場所がいまだにはっきりしてねえもん。

150 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 18:50:51
>>148
一般的には関羽以外はマイナーだからな。
中国の場合。

151 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/27(水) 19:46:27
>>147
俺は結果論で謀反で死んだ信長より、
曹操が上かなって思っていたけど、
曹操はたまたま運が良かったんだな、、。

まぁ運も実力のうちって言えばそれまでだけど

152 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/27(水) 20:11:38
>>148
そりゃ演技の話w
100万なんて兵動員できるはずない
実際は魏軍は10万〜15万程度

153 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/29(金) 15:07:24
>>148
まあ攻める立場の曹操は数で脅したいから実際より大げさに言うし
攻められる方は味方を鼓舞したいからたいしたことねーって言うだろうし
細かい数は信用しない方がいい

自衛隊の戦闘員だって全体で15万くらいだしなあ。当時の軍隊は大半が補給係とかだったらしいし
実質的な戦闘員の数ってどれくらいだったんだろう?


154 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/29(金) 15:12:29
>>151
信長の場合長年の重臣に反乱を起こされたわけだから曹操のとは意味合いが違う

155 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/29(金) 16:32:34
秀吉が朝鮮征伐で、簡単に進出出来た事を考えると
兵糧、軍備の補充を完備していたらあのまま中国も統一出来たんじゃね?

156 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/29(金) 17:22:18
>>155
赤壁の時は長距離行軍な上に軍中で疫病も流行ってたからね
普通なら引き返してるだろうけど無理やりいかざるを得なかったのはやっぱりそれが当時の輸送能力の限界だったんだろう。

157 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/29(金) 17:35:22
演技だと
100万の大軍とか、蜀でも40万の大軍とか平気ででてくる。
蜀なんて90〜100万程度の人口なのに。

158 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/29(金) 17:38:15
>>156
赤壁の戦いは無かったと言うほうが正しいでしょ。
曹操が疫病やなんやらで途中で引き上げたと言うほうが常識的に正しいと思う。

159 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 20:07:54
>>157
つうか戦乱のせいでまともに戸籍が確認できなくなってたんだよな
実際にはもっと人間いたと思う

ただ100万の大軍や蜀で40万は間違いなく誇張

160 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 23:21:08
三国時代は長い間の戦乱、飢餓、疫病などでせいぜい800万人程度の人口

161 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/03(月) 11:59:01
南京大虐殺当時に人口3万で日本軍が30万人殺した数え方ですね。

因みに中国・ヨーロッパまで制覇する勢いだったジンギスハーンは
どれ程の軍隊だったんだろうな・・

162 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/03(月) 16:13:52
モンゴルの軍隊は全体でも数十万程度にすぎないよ

163 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/04(火) 02:30:53
蜀はあの程度の人口と生産性で10万近く兵がいたらしいから
相当な軍事政権、今で言えば北朝鮮のように相当偏った国
姜維なんかも実際は蜀につれさられ洗脳されたカワイソウな奴

164 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/04(火) 11:47:35
惇様が居るから曹操が勝つだろ。

165 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/04(火) 16:18:21
>>164
禿げ同
なんだかんだで魏の軍事最高責任者


166 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/05(水) 20:22:22
>>163
10万なんているわけない。どう考えても5万からそこらが限界。
1州分の兵力としては多い方だが大したことはない。

167 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 13:20:25
>165
だよな。
(言えない、単に惇様が好きなだけなんて口が裂けても言えない)

168 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 18:13:45
>>166
北伐の時孔明はありったけの10万近く動員してる

169 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 22:45:49
だからそんなにいないって。宣伝用の数字だろう。

170 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/11(火) 21:44:06
今となっては知る由もない

171 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 00:34:29
特に中国人が出してる数字だからな

172 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 16:32:53
曹操以外の中国人はうんちです

173 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 11:45:30
まともに信じるなら3国時代前後で人口が1万分の1ぐらいまで減ったんだっけ
よく覚えてないな

174 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 15:04:26
>>173
10分の1


175 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/15(土) 20:37:48
1/10ぐらいが妥当だね

176 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/15(土) 21:25:52
一緒じゃねーかよw

177 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/18(火) 18:53:27
曹操のほうが君主としては良い

178 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/21(金) 22:18:45
信長の性格が悪すぎるからな

179 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/21(金) 22:20:49
>>信長は権力者ってことさっぴいてもキチガイ

>>曹操は狡賢く愚痴ったりもするが
基本的には陽気でユーモアがあり周りから慕われていた

他スレから抜粋だけど確かにそうかも
曹操は部下たちに慕われていた感があるけど
信長の部下は単に怖かったから従ってただけって感じがする

180 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 02:57:20
曹操はむしろ秀吉に近い気がする、芝居は家康、信長は・・・強いていえば始皇帝かな。三国時代だと董卓


181 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 03:00:52
しかし才覚もカリスマも超一級なのに、天下取り損なってんだよね二人とも


182 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 03:11:18
権力者としては曹操、革命児としては信長。三国時代に戦乱はあっても革新はない


183 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 03:18:54
董卓=信長
曹操=秀吉
仲達=家康

袁尚=今川

劉備=謙信
孫権=島津


184 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 04:34:51
中国の北半分を押さえた曹操と、日本の中央を押さえた信長が、日本海を挟んで戦えば、
兵数は曹操軍が多いかに見えて、
人口密度、農業生産や食料管理の技術、専業兵士の比率を考えると、じつはあまり差はない気がする。白髪三千丈みたいな中華特有の誇大表現もあるし
さらに鉄砲の存在、渡航技術などを考えると
いい勝負か??

185 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 05:40:28
>>162
モンゴル兵はワケわからんな
キプチャクなんか、たった1万でロシアを制圧してる

186 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 12:41:56
>>183
>劉備=謙信
>孫権=島津

これはないわwww

187 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 15:03:54
つーか本当に曹操がズバ抜けた天才だったら、天下統一してる訳でして・・・
似たりよったりだからこそ均衡状態になる

188 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 00:33:21
劉備は天下取れなかったけど
秀吉は天下取ったからな

189 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 01:46:47
本能寺の変=赤壁の戦い

190 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 05:09:32
曹操のがかっこいい

191 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 05:39:08
それにしても、本当に曹操なんて存在したのかね?
いたとしてもそれ程に英雄だったの?

・・・どうも最近ボロを出し始めた中国という国の対応を見ると疑問が沸いてくる
今現在起こっている事ですら、彼ら以外には理解不能の理論を持ち出して
都合の良いように解釈する民族の言う歴史を信用しますか?

192 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 05:58:09
モンゴルが数十万の兵で世界を席巻できたのは騎兵力が圧倒的だったからだろうね
戦争は全体的な兵数より有利で必要な場所にいかに軍隊を集中できるかどうかだから


193 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 07:23:16
曹操や劉備の存在した三国時代
の死者は2000万人といわれている
信長や秀吉の存在した戦国時代の
死者は200万人と言われている
信長が殺した6、7万人くらい
はした死者だよ

194 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 08:02:50
三国時代の場合は政治腐敗、戦乱、病死、災害が異常だったからな
中国じゃいつも革命で人間死にすぎるw

195 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 11:59:35
なんとなく曹操の方が余裕あると言うか人生楽しんでそうな感じはする

196 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 14:45:43
>>192の言ってることにつながるけど、三国県立って地形的な問題が大きいよね。
蜀はほとんど陸の孤島的山岳地帯で、呉は長江やそれに連なる大小の川が入り組んでる
だから当時の移動技術や輸送技術だと大軍で一気に攻め込もうってのはほとんど不可能なんだよな。
だから後々になって各国の王朝体制がメチャクチャになるまでグダグダ続いたし。

赤壁で抵抗が成功して南側の独立ムードが高まったせいで、呉蜀は辺境軍閥として生き残り続けたわけだよね。
よく曹操は統一できなかったから2流みたいな言いかたされるけど、当事の状況で曹操が生きてる間の期間で統一するのは、多分誰がやっても不可能だと思う。

でも漢中制圧してすぐ蜀に攻め込まなかったのは、どう考えても謎だよな。

197 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 23:20:32
>>184
中世と古代の国家を単純に数字で比較することは出来んですよ
技術や制度が違いすぎるってあなたも言ってるじゃないですか


198 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 01:10:26
三国時代は人口が特殊

199 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 04:15:27
>196
始皇帝も劉邦も統一してるぞ

200 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 10:57:46
あの国人口だきゃ多いからな。
動員力は曹操、将校の質は互角、兵卒の質は信長、鉄砲とか戦争技術は時代が進んでるぶん信長。
問題は日本海を挟んでの海軍力だが、曹操は赤壁船団、信長は九鬼水軍や倭寇がベースになるとして、
海戦は動員力より技術力がなきゃどうにもならんので信長
ただし上陸して内地へ侵攻すれば、補給が海越えになるので、互いに穀倉地帯を狙ってくしかない
食料は敵から奪えたとしても、兵隊を敵から自軍に組みこむのは、言葉の壁で互いに難しい。
曹操の動員力なら、日本上陸後も中国兵だけで全国展開できるが、逆は無理
信長としては戦線拡大は難しいので、電光石火で許都を突くか、
逆に時間掛けて、魏に征服され曹操を恨んでる各地の軍閥の、独立を回復してやるという形で地歩を固めてくか
さらに問題は、曹操は河北、信長は近畿周辺しか押さえてない状態だから、地元の守りを手薄にはできない
国内を完全に押さえた秀吉のような派兵は無理。やはり少数精鋭の騎馬隊だけで一気に許都を陥すしかないか
信長最大のアドバンテージは鉄砲だが、鉄砲は長篠のような迎撃戦向きの武器なので、
例えば伊達の騎馬鉄砲隊を二人乗りにするとか、鉄砲を攻略戦に使えるなにか長篠級の工夫が必要になる

やはり現実的なのは、曹操に海を渡らせ日本を攻めさせ、消耗させる形だな。
迎撃戦向きの鉄砲もあるし、いざとなったら神風とか吹聴しとけばいい

201 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 12:29:41
>>199
始皇帝は秦を継いだとき国が圧倒的だった上に北に反抗しようとか「打倒、秦!」みたいな発想なかったんじゃねーだろうか
高祖は独裁者ってよりは盟主って感じがする
現に曹操の時も魯粛と周喩以外はほとんど降伏論だったし、益州とかも帰順を決めてた。
>>196が>>赤壁で抵抗が成功して南側の独立ムードが高まったせいで
っつってるけど本当で、荊州落ちた時は南側は全体的に降伏ムードだった


202 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 13:21:00
>>200
お前は字数だけは多いな

203 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 14:00:18
信長の動員力だけで20万くらい板から、旧式で弱い曹操軍じゃ太刀打ちできない
でなきゃモンゴルに占領されるはずないし、女真族やあらゆる民族に占領されるのが中国の歴史
>>201
もろ打倒秦だろw
劉邦項羽も打倒秦に決起したんだし

204 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 15:00:05
>>203
始皇帝(ないし秦王)が生きてる間のことよ
劉邦項羽がでてきて打倒秦の気風が高まるのは死んだ後だろ

生きてる最中は「秦になんて勝てねーよ…」って雰囲気だったんじゃない?

205 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 17:43:47
このスレって3世紀の軍隊と16世紀の軍隊をぶつからせようとしてる訳?
それで優劣を語ろうとするなんてどうなの?

206 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 00:37:15
おまいは信長曹操の戦いにフェアさを期待しとるのか?

しかし秀吉はよくナンの根回しもなく派兵したもんだな。
日本軍だけで大陸に展開できるつもりだったんだろうか


207 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 00:49:01
おまいはモンゴル軍にフェアさを期待しとるのか?

しかしチンギス・ハーンはよくナンの根回しもなく派兵したもんだな。
モンゴル軍だけで大陸に展開できるつもりだったんだろうか

208 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 15:54:33
大ハーンにはモンゴル軍だけじゃなくイスラム商人のバックアップもあったよん

209 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 17:02:54
なんつーかさ・・・司馬遼太郎みたいに後出しジャンケンで批判するのはみっとも無いよな
問題はその前にそえが予測できる状況だったかどうか

210 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 18:34:49
曹操は赤壁で孫権は戦わないでそのまま降伏すると思ってたに違いない

211 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/02(水) 19:45:50
田中「監督!やりました日本一です!」
野村「ああ……」
岩隈「監督!?どうしたんですか!?」
野村「幸せだ…こんないい日は無い…」
山崎「監督!!!」
野村「……」
一場「早くドクターを呼んでこい!」
医者「……亡くなってます。それも…1時間前に」
嶋「1時間前!?そんなはずない!」
青山「9回、守備に入る前にもゲキをくれたんですよ!」
医者「しかし…間違いない…」
永井「どういうことだ…」
ドミンゴ「くれたのさ。野球の神様が。そう、人生の延長戦をね」

212 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 01:12:27

いやフツーに考えれば判るだろJK


213 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 01:21:06
つか蝦夷とか樺太とか千島とか琉球とか台湾とかルソンとか、そっち方面に展開しといてくれれば
今とか幕末とかすげー助かったのに
大陸狙うなら河南より南か、アムール川から日本人の故地バイカル湖方面だろうが、匈奴とか怖えけど
半島から中原は無理だって
まあ年と権力でアタマパーなってたんだろなヒデキチも

214 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 01:55:04
>>211
誰の例えだよw

215 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 14:18:34
曹操を過大評価しすぎるから
>>196
みたいな屁理屈がでてくるんだよな。マンガの影響かな。
素直に始皇帝・光武帝・李靖などにおとるって言えばいいのに。
実際は中国史上でも傑出してないよね。
三国志人気の高い日本で通ぶってる奴とか毛沢東の評価が高い人。
文句なく日本史上で傑出してる信長とは比べるまでもない。


216 :196 :2008/04/05(土) 20:22:51
いや俺始皇帝・光武帝・李靖よりはるかに曹操のが勝るなんて一言も言ってないけど…
それ言ったら信長のが小物になっちゃうよ
当時の世界情勢からみて見てはるかに僻地の発展途上国で一番強かっただけで最後一番信頼度の高い重臣に裏切られて終わったんだから
曹操と同じで天下統一してないし北条みたいな有力勢力も残ってるんだぜ?

まあ俺は信長が小物とは思わないけどね。弱小勢力から最大勢力に成り上がったんだから。先の文でも信長を貶めるようなことは言ってない
ただお前みたいにマンセーする気はないけどね


217 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 20:31:31
>>216
曹操は袁紹とか袁術みたいな有力な群雄を自ら倒してるけど
信長は信玄や謙信みたいな有名どころ倒したわけじゃないからなぁ・・・
後漢末期の中国は当時の先進国だしな

確かに信長のが小粒に見える
>>215
つーか曹操と信長で比べてんのに劉秀とか出す方がよっぽどヘリクツじゃね?

218 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 20:34:08
当時の世界情勢からみて日本の国力は世界で三指に入るだろ
信長が支配した領国の国力だけで当時のヨーロッパの強国を上回ってるし

219 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 21:24:14
>>217

曹操が日本で人気があり過大評価されてるから中国史上で逆のたとえ出しただけだろ。

劉秀と信長比べてるわけじゃねーだろ。
曹操がまっとうに評価すると歴史的にめだってない、小説がなけりゃこんなに注目
される訳がない。
信長は文句なく日本史上で重大な価値のある人間だろ。
明確に信長の方が上の存在って、そういう比べ方をしただけだけど。
なに?ゲームみたいに能力を数値化でもして二人を比べんの、おまえ。

220 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 21:31:43
↑能力なんて比較しようがねーだろって意味ね。
別に能力数値化してねーよとかきれられても困るから念のため。

221 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 21:37:12
曹操は中国の歴史でも優秀だと思うけど
始皇帝とかは元からの強力な基盤があって、それを受け継いで事業を成し遂げた人物だろ

222 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:03:15
>221
日本からみた中国の歴史だとそうだろうね。
でも元の基盤の大小比べてもね。
圧倒的劣勢の北伐が上手くいかなかったから軍事へたっていわれる諸葛亮に
後半の大きい戦い負けてるのに軍事最高とかいわれちゃう曹操とか
評価ってなんなんだろうね。
中国の歴史ならもっと軍事がすごい人なんていそうだが。


223 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:12:30
>>219
それいったらどっちもどっちじゃね?時の権力者にすぎねーもん
日本史上の価値とかいいだしたら秀吉や徳川のがはるかに意味がある存在じゃん。
統一過程の始祖とするなら曹操だって一代で魏国の基盤を作った人間だしね。



224 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:18:47
>>後半の大きい戦い負けてるのに軍事最高とかいわれちゃう曹操とか
お前はあの勢力を作るまでに至った戦いを考慮に入れんのか?
あと>>218の意見はどう考えても妄想だろメルカトル地図すら知らん東洋のちっぽけな島国の中央押さえてただけでヨーロッパの強国を上回ってるわけないやん


225 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:30:28
古代ローマ帝国なんてちっぽけな地域しか持ってなかったけど、ほぼ西ヨーロッパ全域を属国化し帝国を作ってる

モンゴルももとは草原のちっぽけな国だがユーラシア大陸ほぼ全域を制してます、無論中国も完全に占領された

イギリスもちっぽけな島国だが大英帝国を作ってます

領土の広さより国の生産力が国力なんだが?

226 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:34:40
>>お前はあの勢力を作るまでに至った戦いを考慮に入れんのか?

入れたら後半の敗戦がなくなんのか?

227 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:37:39
>>224
李靖も劉秀も勝ちつづけたけど。
ようするにそうそうは人生の一時すごい時期があったっていいたいの?

228 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:39:36
>>219みたいな極論出すやつがいるからおかしくなるんだよな
混迷期の時代に弱小勢力から有力諸侯を次々に滅ぼして
最大勢力になりあがった正統王朝の始祖が歴史的に意味のない存在なわけないw
もちろん信長だってそうだよ
乱世に楔を打ち込んだって事では十分意味がある
それなのにどっちかを小物、大英雄にしたがるからヘンな方向に話が進む。

229 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:40:57
信長が支配した領域だけで800万石近くあり、信長の動員兵力は20万近く

信長軍団の兵の質や装備に関しても、世界でもトップクラスで小銃の量や性能はヨーロッパの国を上回ってる

当時のヨーロッパの戦争なんてヨーロッパ最強といわれたスペインでも一国上げても数万規模の戦争がやっと程度

230 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:51:27
>>219はなんなんだ?
特にトゲのない>>196の意見に難癖つけて
贔屓のほうばっかりマンセー
そのうえ他の住人には思いっきりケンカ腰
それこそ信長張りの傍若無人さを発揮して他人を不快にさせたあげく一人悦に入ってる
荒らしとかわんねーよ。モラルを守れないんだったら一人でのぶやぼやっててくれ
インターネットにだってエチケットはあるんだぞ。ゲームとかと勘違いしてんじゃないのか?
いくらモニター越しだからって少しは気使えよ


231 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:54:54
歴史的に意味のない存在ってなに
中国史上で目立ってないってだけだろ。
魏の建国のどこが歴史的大事業だよ。
日本でいったら赤穂浪士くらいの価値だな中国では。
講談のネタ。
極論ですがなにか?

232 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 22:58:07
>230
>信長張りの傍若無人

すげーな196
信長張りだ


233 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 23:11:50
幼児しかいねーのかここはw
つか俺もなんでここまで信長厨が必死になってるかわかんねー
そもそも>>196信長に関してなんかめったなこといってるか?
ただ 統一できない→2流 はおかしいっていってるだけじゃん?
信長張りでもなんでもねーぞ



234 :無名武将@お腹せっぷく :2008/04/05(土) 23:32:11
つうか、戦国時代の信長と、三国時代の曹操が戦ったら
そりゃ、技術、国力の違いで信長が勝つに決まってるだろ。

そうじゃなくて、ともに同じ条件で
(有り得ん設定だが、両方とも魏を持って決戦とかw)
戦った時にどっちが最終的に勝利するかでないとフェアじゃない。

235 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 23:46:17
そんな子といわれても騎馬軍団がないモンゴル軍はどうだと同じやン

236 :無名武将@お腹せっぷく :2008/04/05(土) 23:50:55
>>235
それはそうだが、いくらなんでも自分の国持ってガチ勝負は
曹操に不利すぎるだろ。

逆に、信長が魏、曹操が本能寺直前の織田持って戦ったとしてら
まず曹操が勝つもん。

237 :茄子与一 ◆qbzWkHaCqM :2008/04/05(土) 23:52:54
知識は老人のように新鮮で、子供のような議論を続けてるな

238 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/06(日) 00:03:10
革新性では信長の方が上だと思うんだけどなあ
曹操って結構保守的だし

239 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/06(日) 00:12:32
その信長厨がでるまでの曹操派の盲信振りもすごいが。

統一できない→2流 はおかしい  それ以前に一代で統一した人がいるのに
統一できなくてじゃあ一流なのかよ

>>お前はあの勢力を作るまでに至った戦いを考慮に入れんのか?

入れたら後半の敗戦がなくなんのか?  ? ?

南が偏狭だから統一できなくてしかたないってそもそもなんなんだ
漢の版図縮めてるじゃねーか。

ようは中国史どころか三国時代でも傑出できなかったんだろこの破格の人は。
まあ太宗とか劉秀とかと比べると信長も負けるからな。
曹操でいいのか。

鉄砲とか新しい兵器を早く取り入れたのが信長の長所なのに武器兵力一緒にして
比べろと言われても。

240 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/06(日) 00:19:40
個人の能力で見れば曹操は決して劉秀や李世民に引けを取らないだろうと思う。
ただ家臣団が貧弱だな。特に敵勢力を潰してガンガン領土拡大していけるような指揮官がいない。
曹操はなんでもかんでも自分やろうとしすぎ。


241 :無名武将@お腹せっぷく :2008/04/06(日) 10:34:49
>>239
それじゃあ、尾張持ったとこでリアル信長の野望させるとか
リアル三国志を同じ国持ってさせたらどうなるかとかw

国持って勝負でどっちが上か決めるのは、極端に言えば
始皇帝の秦とブッシュのアメリカで強いほうが上といってることになる。

>鉄砲とか新しい兵器を早く取り入れたのが信長の長所なのに
それは同意。革新性は信長があるし、部下の能力をフルに使った。
メンタリティ的に、信長は始皇帝に似てる。

242 :無名武将@お腹せっぷく :2008/04/06(日) 10:41:48
>>240
そう言えば、劉秀も家臣団優秀だったな。
曹操も決して家臣団弱くないのだが、上の2人に比べるとな。

ただ、李世民は本当に化け物。個人能力でも曹操が負けてる。

243 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/06(日) 10:59:08
昔世界三大英雄にはチンギスやナポレオンなんてマイナーなのは降ろして
信長曹操カエサルにするべきって主張してるサイトをたまたま見つけて吹いたことがある
この二人って同じくらい痛い信者抱えててしかもその層がけっこうかぶってるイメージがある
そういうのはどうせ肥の影響でできた信者なんだろうが

244 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/06(日) 16:10:24
俺は信長のが古い体制壊しましょうみたいで好きだけど
>>231みたいなのと同じと思うとちょっとなあ…
他の人は割と筋みちだててプレゼンしてんのに罵詈雑言吐いたあげく曹操は脳ナシ、曹操信者はアホとしか言ってないもん

ていうか渦中の>>196はそんなムチャかな?
あの状況の侵略戦争が難しいのと三国成ってから曹操死ぬまでの間じゃ統一ムリじゃね?って意見でしょ
別に光武帝や石靭より大物とか言ってないし赤壁のマズさも指摘してるじゃん
僻地は統一できなくて仕方ないとも言ってないし>>216で信長のすごさも認めてるんだからむしろ理知的じゃね?
たたかれるほどの盲信振りとは思えないな
まあどうでもいいけど

245 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/06(日) 23:40:49
>>244
無理じゃないよ何度もチャンス会ったし

246 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/07(月) 08:02:26
>当時の世界情勢からみて見てはるかに僻地の発展途上国で一番強かっただけで

ここらへんが静かに論破されている。
割と筋みちだててプレゼンしてる他の人に。



247 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/07(月) 16:02:35
当時の日本ってそんなに強かったの?
>>信長軍団の兵の質や装備に関しても、世界でもトップクラスで小銃の量や性能はヨーロッパの国を上回ってる
とはとても思えないんだけど…

まあ俺が素人だからなのかもしらんけど



248 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/07(月) 18:11:42
おそらく当時の日本は陸戦で諸国と戦ったら世界一だと思われる

249 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/07(月) 19:26:47
たぶん海軍のイメージが強いんだろう。
当時の日本の陸軍は世界最強というのは欧米の歴史研究家も言っている。
陸に上がればスペインも歯が立たないであろう。
信長が生きてればヨーロッパの技術をいれて海軍の強化もしただろう。

250 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/07(月) 21:46:11

三国時代ってナンかハンパな時代な気が汁
演義バイアスかかってるから多士済々に見えるけど、ようは決定的な王が居なかったワケだし
曹操がヒールなのは演義補正で、実際は劉備の方がよっぽどヤクザで、しかも孔明の実験台にされてただけと思うが、


251 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/09(水) 03:50:20
>>248-249
よく考えたら
今の中国だって陸軍ならたぶん世界一か二だよね
「陸軍だけ」で言えば軽く陸自の10倍以上はあるでしょ

陸軍だけあっても何の自慢にならないのは当たり前で
実際朝鮮出兵で安宅船が明のジャンクにフルボッコされてるし

252 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/09(水) 05:11:49
数が多くても武器が古いからな中国軍は

253 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/09(水) 06:40:49
現代は陸運投入時点でほぼ終わってるからな。
現代と比べても無意味。
明も当時強いほう。清にやられたイメージで弱いと思ってるのかも知れないが。

254 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/09(水) 13:53:59
とにもかくにも人多いからな

人が多いってのはなんだかんだで一番脅威。いい方に進めばだけど

255 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/09(水) 23:57:06
 曹操の時代は光武帝の影響で、識字率が高かったからなぁ。(学校を沢山作ってた)
彼方此方に学のある軍師候補がいた。それに全諸侯が、最初から天下統一を目指し
ていたから、競争は激しかったと思うよ。
 信長は誰よりも先に「天下布武」を考え、それに沿って戦略を立てていた。発想では
群を抜いていたと思う。それに宗教勢力の武装解除は、今でも恩恵を受けている日本
人としては無視できない。
 俺は曹操の方が好きだけど、同時代に信長がいたら、勝っていたのは信長かな?と
は思う。ま、信長の最後を考えると、孫策みたいに途中で暗殺される可能性も高いけど。

256 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/10(木) 00:16:45
中国は国が大きいわりに、常に周りの民族の脅威や侵略征服に晒されてる
匈奴、高句麗、モンゴル、女真族、ヨーロッパ列強、日本と

257 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/12(土) 20:53:14
信長の本願寺討伐とかをもって政教分離をめざしたって意見良く聞くけどそれちょっと違うと思うんだよなぁ。
確かに結果的にそういうベクトルに進んだかもしんないけど信長にしてみたら武力で反抗する相手を叩き潰しただけでしょ。そういう意識はないやん
「中立するなら攻めない」って言ってるわけだし。改革とかそういうんではないと思うけど。過大評価だと思う

曹操の求賢令をもって「儒教にとらわれない実力主義の社会を創り出そうとした」って言うのと同じだよ
確かに「倫理的に問題があっても力があれば使う」って布告だけみれば儒教を真っ向から否定する実力主義だろうけど
制度的には名士に配慮した従来通りのものだったじゃん。まあ後々九品や科挙のつながったから結果的には影響あったと考えられるんだろうけどさ。

つーか二人とも言われるほどの異端児じゃないと思うんだけどなあ。そもそも国家レベルの指導者がそんなクレイジーだったら誰もついてこないって。
福田さんが「日本は社会主義国家を目指します」っつっても寝言にしか聞こえないでしょ。それと同じだよ。
自分の能力を超えた変革は身を滅ぼすもんだよ。
本能寺で殺されたのは信長の異端ぶりがキャパをこえちゃった所があったからなんじゃないかな。そう考えれば信長のが異端児なのかもね。曹操のがバランスは取れてたのかな?どっちが指導者らしいかはわかんないけど。

258 :セーラームーンvsプリキュア:2008/04/13(日) 11:32:12
 これどこかでやっていない?
同じ属性だよね(笑)



259 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/14(月) 01:40:52
所々に騎馬って言葉があるが、日本の馬と中国の馬の性能の差は無いのか?


260 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/14(月) 01:53:10
日本の馬は山が多いため小回りが利いたと思うね
戦国期はどこも歩兵中心だけど

261 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/14(月) 03:10:49
信長は改革者であって、権力は目的ではなく、改革のための手段にすぎない感じ
天下布武ってのも、無神論者の信長が桶狭間の前に熱田神宮に詣でたようなモンで
軍団にわかりやすい求心力を与えるための物だろう

曹操の方がまだ権力者ぽいけど、それでも権力そのものを目的にしてない感じがある
だから二人とも全土を制圧した完全な権力者には成れなかったのだし、
だから他の歴史上の権力者たちより評価が高いとも言える
全土を掌握した権力者で、この二人より口の端にのぼらぬ輩などいくらでも居るし

262 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/14(月) 17:23:55
>>259
ていうかそもそも当時の軍馬がどういう形の馬だったかすらよくわかってないからな
ポニーとどっこいの馬格だったんじゃないかって説もあるくらい

263 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/15(火) 13:24:43
曹操は↓で一応中華百将の一つに数えられているけど
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1183105131/

この中に信長は入れるんだろうかね

264 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/16(水) 00:06:14
柳葉敏郎を騎馬ちゃんと呼ぶ

265 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 17:44:46
さあ…能力がどうだったかはつまるとこわからんしな
ひょっとしたら信長は三国時代だったら兵糧番くらいしかできなかったかもしれないし
もしかしたら曹操も戦国時代だったら足軽大将まで出世できなかったかもしれない

レナードとタイソンはどっちが強い?って言ってるようなもん
戦跡とかから判断するしかありません

266 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 17:51:34
実は女だったりするかもしれないわけだ

267 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 18:07:38
極端な男尊女卑だからその確率はかぎりなく0にちかい1%だぜ

268 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/18(金) 16:33:21
戦績はどっちがいいのかな?勝ち方とか、滅ぼした相手とか、勢力版図とか
まあどうしても時代やお国ガラやもってた勢力や相手関係の違いは出るだろうけど

269 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/20(日) 10:12:03
         ,, -──- 、._   
       -"´         \ 
      /      三成    ヽ
      /             ヽ
     |    /\    /\  |  
      l               |
     ` 、     (_人_)    /.   
  ,―――`ー 、_         /ー 、 誰もいない隙に
 l´        `''     ‐''´    `l このスレは頂きだおwww
 ` ̄ ̄ ̄ヽ         / ̄ ̄ ̄´ 
       |         |  
       i  `/ ̄`l  /   
       \    / ./
         \__//
         /  /
         ` ̄

270 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/20(日) 13:36:02
俺は曹操の方が好き 人間として 勝ちは大勝負けは大敗ってのもいい

けど優れてるのは信長だろうな 曹操と信長が同時期にいたら信長が勝つような気がする スキが信長の方がない
まぁ信長は他人信用しねーから曹操より人の意見採り入れる力はないけど

271 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/20(日) 18:44:07
信長は他人信用して裏切られても何度も許してはまた裏切られて最後にぶち切れするイメージだな
その最後のぶち切れっぷりが凄くてそこだけ取り上げられるせいで残酷なイメージ持たれてるかんじ
むしろお人よしでスキだらけなのをそれ以外の分野の高い能力で補ってる気がする

272 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 04:34:34
曹操が持つ古典的教養がない分、信長の方がより物質重視主義でより合理主義だね。


273 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 10:35:46
聞いてて恥ずかしい方言を使う尾張の田舎もんですから

274 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 13:00:50
信長は作られた権威というもにまったく流されず、自分が田舎者という事もまるで気にしなかったらしい
京で有名な料理人を捕虜にした時、料理人は仕えるから命を許してほしいと言ったため作ってみろと試された

料理人が作って出したら、信長はまずいと感じ無能だから殺せと激怒した
料理人はもう一度やらせてもらいたいと言い、もう一度作ったら美味いと誉められ仕えることになった

後で料理人は最初出したのこそ都の味で素材の味を殺さない京風の薄味、次に出したのは素材重視より濃く味付けした田舎者の味付けさと皮肉を言ったが信長は別に怒らず当たり前だとしか言わなかった、

信長は京風の味は当然知ってたが、その薄味を美味いとも都物でありがたいともまったく思ってなく
自分の料理人である以上、自分が満足する味を出さなければ無能だという考え方がでている

275 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 16:38:26
その信長の合理主義って人を無視する危険なものだろ
自分の価値観のみでしか動けない人間は指導者としてリスクの高い人材だと思うがね…
所詮一人は一人だ。人間である以上一人で世の中を変えられるなんてありえねー

276 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 16:48:21
>>275
平和な時代の指導者なら、まさにその通りだな。
たとえば今の日本の総理大臣に信長がなっても、大混乱が起きるだけだろう。
でも長く続いた慣習やらを破壊するには、そのぐらい危険な人間が必要なんだよ

>>272
まあ信長と曹操は生まれた時代が1500年近くも違うから。
信長の方が合理主義者なのは当然と言えば当然じゃないか?

277 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 20:23:55
いつの時代も合理主義的志向ができるのは少ない、今の日本人で信長ほど合理的に考えられ実戦できるのは居ないでしょ
まあ戦国時代の武将は時代背景なのか合理的にならないと、余計な観念論や感情論で駄々こねてあの時代は生きていけないだろうし

今の世の中は別に合理的な考えじゃなくても生きていけるしむしろ情緒的でしょ

278 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/22(火) 00:31:29
信長の持つ個性は良さと危険性が常に表裏だということだね

279 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/22(火) 06:41:59
信長は人一倍自尊心が高いけど、こと調略になると自尊心を凍結できるから恐ろしい
相手に甘える猫のようになれる

280 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/22(火) 14:45:53
謙信に対するおもねり方なんか、信長の戦国大名としての特殊性が表れてるかな

281 :無名武将@お腹せっぷく :2008/04/22(火) 21:20:39
>>278
部下は本当に怖かったと思う。
曹操も才能重視で合理主義者だけど、信長ほど徹底してないから
まだマシ。

信長と曹操が戦ったら、信長優勢で進むが結局謀反で信長が殺されそう。
本能寺の変も起こるべくして起きた事件で、たまたまじゃない。


282 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/22(火) 23:46:12
個人戦じゃないからねえ…曹操と信長の名前が大きくなり過ぎてて見失いがちだけど
二人とも末端まで数えりゃ何十万にんって勢力のトップであって
トップに立つ人間は下への示し方が自分の能力と同じくらい重要なわけで
「リーダーシップ」も示し方の一つだけど「気配り」も同じくらい大切なわけで
ていうか人をうまく使うってことも重要な能力であって

まあようは何が言いたいかっちゅーとバランスが取れてたほうが指導者としては向いてるっちゅーことです

283 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 00:33:07
単純に同兵力で会戦に挑んだら、曹操の方が上な気がする

群雄の一人として戦乱を駆け上がる競争なら、信長の方が上かなあ

284 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 02:57:55
>>281
本能寺はたまたま、あんなチャンス生涯一度しかなかった
他で反乱おこしたら信長に殺されてただろう
光秀もあんなチャンスが降って来なかったら反乱起こしたかどうか

285 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 04:08:06
>>283
秀吉が家康ら諸侯を招いた時、夜話でまず蒲生殿は戦上手であると誉め古右大臣様(信長)と蒲生氏郷殿が戦った場合皆はどちらに味方する?と聞いた
どちらも当代の名将と言われ戦術的知恵といいほぼ互角、兵力では蒲生の方が2倍と言う設定
これには家康も首をひねった

秀吉はワシなら信長様に味方すると言った
秀吉はさすがの信長様も多勢に無勢で敗れるだろうが、100人なら100人50人なら50人取った首の中には必ず蒲生殿の首が入っているだろうと言い
さらに敗れても必ず体勢を立て直し最後には勝つと言った

286 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 04:24:56
でも信長は純軍事的には武田信玄や上杉謙信に負けてるよね?
その話を是とするなら、存亡をかけた一大決戦なら信長、それ以外なら曹操とした方がいいのかな?

287 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 06:26:53
信長は信玄とは常に外交でいなし戦ってない、家康は戦って一撃で敗れたけど
謙信とも直接戦ってない、柴田勝家を総大将とした織田軍団は敗れた

信玄と謙信は戦国きっての英傑で、しかもその軍団の兵の強さは最強と言われていた
信長の兵は戦国でも弱兵の代表で、信長が能力主義による優れた指揮官抜擢や鉄砲による火器重視で補ってた

曹操はわりとトウタク追撃、ジョシュウ攻めで本拠を空けたり、エンショウとの戦いなど賭博的な戦い方を何度かするけど
信長は桶狭間で博打に勝利した後は、逆に二度と賭博的な戦いはしないようになり必ず相手に勝つという体勢を整えるまで戦争はしないようになる



288 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 13:36:50
でも負けたんでしょ
格の落ちる信長より信玄謙信を日本代表として曹操と比べた方がよくね

289 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 14:01:19
たしかに戦争の強さだけで代表を選ぶなら戦国からは謙信だろうけど
これって政治や外交やあるいは時代における役割も含めた乱世の覇王対決でしょ?(万能超人対決ともいう)
信長でいいんじゃないの?

290 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 14:37:01
つ武田信玄

291 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 18:09:42
信玄は名君だが改革者としての側面が弱いと思う

292 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 18:43:44
>>285
それは秀吉が「ワシは天下をとっても旧主にこんなに忠誠を誓ってるんだぞ」
ってアピって自分の人柄を印象付けたかっただけだろ

293 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 18:56:28
そもそも信長は本当に総合的に曹操に勝っているんだろうか?

最終的に幕府や宗教勢力と正面衝突しちゃった信長よりも
旧王朝を乗っ取って名士達をうまく抱きこんだ曹操のが上手い統治の気がするんだが…

信長はもともと幕府を利用しようたけど義政にそっぽ向かれたんであって
本願寺についても中立すんなら攻めないっていってたわけで
「旧体制を壊す革新者」みたいないいかたされるけど単に従えようとして上手くいかなかったから武力に訴えるしかなくなって結果的に滅ぼした格好になっただけじゃないかなあ
もちろん兵農分離や鉄砲の大量導入や関所の開放とかは改革的だと思うけどさ
どーも過大評価な気が…

294 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 18:59:30
>>293
信長と曹操の優劣を問うためのこのスレでしょ
結論はまだだろう


295 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 19:09:04
信長が改革者だからって理屈で曹操の対抗馬にしてるんでしょ?
その改革者って理屈が崩れたら運以外の全てで勝ってる信玄の方がよっぽど対抗馬にふさわしいでしょ

296 :293:2008/04/23(水) 19:19:46
いやいや俺は曹操のが優れてると言った訳ではないよ
まだ結論はでてない
ただ信長の勝てる理由っていうのが3割り増しくらいで主張されてるような気がするのと
そういう政治だとかって話だと信長のが必ずしも優れているとはいえねーんじゃねーかなと思ってさ



297 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 22:45:20
曹操は軍制や戦術を根本的に変えるというのは薄いような気がする。
既成のやり方を上手く運用みたいな。

298 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 23:30:16
政治って本来そういうものだよ
もともとあるものを時代に合わせて加筆修正していく
急激な変革は社会の混乱を生むだけだからね

299 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/23(水) 23:56:17
曹操の戦術は過去の兵法書の研究の上に成り立ってるから、革新的とは言えないだろう

でも儒教社会で唯才令なんかを出した点は、充分改革者の名にふさわしいと思う


300 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 00:03:24
だって変える必要ないやん
なんだかんだでそれで勝ち残ってきたんだから
やり方を変えるのは従来のやり方じゃ通じないから変えるんだ
変えたから偉いわけじゃない
信長は変えて成果を出したから偉いけど

301 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 02:09:29
ナポレオンと信長は似てるな、軍制そのものを革新的に変え戦い方も火力、機動力、大兵集中主義
思想や発想方法が常人とは根本的に違うのだろう

302 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 02:15:54
勝って勝って勝って最後に負けるところもか…

303 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 06:05:39
秀吉は天下を取った後、上杉謙信の墓の前で所詮田舎大将だと評したらしい
信長や秀吉のように戦争はする以前の段取り八分で実際の戦闘は詰め将棋に過ぎないという思想の持ち主からすれば、謙信の戦い方は常に戦場での駆け引きの巧さや強さによる技巧主義で投機的要素が強いと見たからであろう

304 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 09:02:36
どう見ても手取り川での恐怖を思い出しての強がりだろそりゃ

305 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 10:50:03
>>303
信長や秀吉は結構無茶もするけどな、特に信長
本能寺以後の秀吉は確かにその通りだが

306 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 10:55:04
秀吉をして死後もそういう強がりをしなければ耐えられなかったってことが
謙信がどれだけ恐ろしかったかってことを表してる逸話だね

307 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 11:23:03
というか、秀吉は敵前逃亡・・・
勝家と喧嘩したか、勝てないと踏んだかは知らん
秀吉がいないにしろ、勝家を中心とした主力を送り込んだにも関わらずあのザマだからな
あの状況が大前提の信玄とは違い、ガチでやってもどうにかなったかもしれんと思わせてくれる根拠にはなるな


308 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 14:41:33
秀吉と柴田は作戦が違ったらしい、それで喧嘩して秀吉は退散
もともと秀吉は謙信が背後に敵を抱えてる為上洛できないと見ていた
結局秀吉の言うとおり謙信は手取り川で勝っても西部に来ず上洛もしなかった

309 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 15:56:39
謙信にボロ負けしちゃったことには変わりないけどね

310 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 16:23:40
謙信に勝てるわけないから兵を失わないために秀吉がわざと喧嘩別れするようにもっていって口実を作り
転げるように一目散に逃げ帰ったのは有名な話

311 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 16:48:56
アンチだが信長の軍団長はその辺の四天王とかとは次元が違う優秀さだと思う
大体、信長が敵対していた大名達より秀吉や光秀の総合力は上だろうしな
それを揃えてまで謙信の対策に当てたってのが信長の本気ぶりが伺える
その上でいくら謙信にいい目が出たとはいえ、あれだけ簡単に一蹴するのは異常
秀吉の撤退の理由はともかくとしてだ

312 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 16:54:23
秀吉は柴田の戦術では到底勝てないと見切ってた

この点が秀吉が戦術より政略や戦略という一次元高い視野を持ってたのがわかる
秀吉は手取り川で戦うのは不利と見て最初から反対だった、このまま柴田の言うとおり留まっていれば織田の全軍が崩壊すると見て喧嘩をして退散した


313 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 17:24:43
どっちにしろ謙信に勝てなかったのは確かだ
まあ謙信が野心家だったとしても天下統一できたかは別問題だが

314 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 17:45:25
いや勝ってるでしょ信玄も謙信も死んだし、その後武田は滅亡し上杉も豊臣に屈した
戦術的に勝ってなくても政治目的を達してるわけだし
そもそも曹操と比べるんだから曹操も何度も負けてるし最後は蜀と呉に大敗してる

315 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 18:03:37
たしかに謙信にボロ負けしたし、あんな所で謙信がポックリ死なきゃかなる危うかったのは事実

でも謙信はどうやっても戦国の覇王になるわけがないんだから、一度や二度の負けぐらい許してもいいんじゃないの?

曹操だって官渡のとき孫策が死んでなかったら相当厳しかったし

316 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 18:37:59
>>2
>>日本語訳だぜ曹操や諸葛亮て

お前は漢字表記を知らん日本人か。
ひらがなで「そうそう」と書けば日本語訳だが、漢字は違う。

317 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 18:41:09
>>316
たしかにそうだが、なぜ今さらツッコむ?(笑)

318 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 18:54:58
覇王になる気はなくても将軍家ないがしろにした織田を潰す気はあったんじゃね?

319 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 19:25:14
でも謙信の寿命が尽きる寸前まで、謙信をだまくらかし通した点で、信長は謙信に勝ったとも言えるよね
何も運良く謙信が信長を放置してたわけじゃない

320 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 19:47:16
>>317
今来たんだもんw

321 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 20:07:10
Cao Cao もかたろうぜ

322 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 20:25:28
曹操も呉・蜀相手になると上手く勝ってないし
序盤のあいてが弱かっただけ。人間がって意味で。
最大勢力になってから相手が強くなったのでぼろが出なかった。
呉と蜀が弱小勢力でよかったね。実質統一してるから無理に倒さなかったって
変な言い訳できて。


323 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 20:27:21
Cao Caoを誉めると、前に光栄スレにいたウザいのが来るからダメだ

324 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 20:32:20
……もう来たのかも

325 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/25(金) 00:21:47
序盤の条件は私兵しか雇えなかったり袁紹のパシリしてた曹操のがきびしかったと思うんだがな
それに陶ケン、呂布、袁術、袁紹ら乱立してた群雄全部弱いってのはどう考えても乱暴な話だと思う
たしかに晩年の負けは不甲斐ないがそれだけで「相手に恵まれた」と言えるだろうか?

まさか呂布の騎兵の強さや公孫賛を滅ぼした袁紹の凄さがわからんわけではあるまいに
あとこれは賛否両論あるだろうけど袁術ってかなりカリスマ性のある人だと思う。袁家の正統後継者て事を抜きにしても

326 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/25(金) 22:08:16
>>322
んなこと言うたら信長も一番手になったん謙信、信玄、氏康、元就ら有名どこ死んだあとでしょ
美濃攻めだって凡人として名高い龍興相手に6年もかかっとる。厄介な義龍が死んだ直後の混乱があったにもかかわらず

信長の相手関係はどーだっちゅ−話でしょ。


327 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/25(金) 22:23:35
桶狭間でまさかのまぐれ勝ち、厄介な義元死亡、後継の氏真は戦をやる気なし、あげく松平離反 超強運
斉藤義龍ぽっくり逝く、後継龍興は無能、内部ガタガタ アホのような強運
畿内は松永が暴れまわってすでにズタボロ 楽々ゲット
信玄謙信病死
信長の強運ぶりは気がくるっとる

328 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 02:32:35
>>293

> そもそも信長は本当に総合的に曹操に勝っているんだろうか?

> 最終的に幕府や宗教勢力と正面衝突しちゃった信長よりも
> 旧王朝を乗っ取って名士達をうまく抱きこんだ曹操のが上手い統治の気がするんだが…

> 信長はもともと幕府を利用しようたけど義政にそっぽ向かれたんであって
> 本願寺についても中立すんなら攻めないっていってたわけで
> 「旧体制を壊す革新者」みたいないいかたされるけど単に従えようとして上手くいかなかったから武力に訴えるしかなくなって結果的に滅ぼした格好になっただけじゃないかなあ
> もちろん兵農分離や鉄砲の大量導入や関所の開放とかは改革的だと思うけどさ
> どーも過大評価な気が…

329 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 02:38:05
>>293
王朝=幕府ではないと思うが…
王朝=天皇家だと思う。公家集の人気取りは一応していたというか、近畿の経済をほぼ支配してたのを考えると
信長を頼らざるをえない。ある意味抱え込んでいると思うのだが

謙信みたいな戦バカは呂布と大差ない。

330 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 03:08:32
序盤の基盤は曹操のがきびしいでいいだろうけど
序盤の条件は信長のほうがきびしいよ
いきなり十倍の相手に攻め込まれてんだから。
袁紹のパシリしてた曹操はいきなり袁紹に攻められないだろ。


スレ読んでくと信長も曹操も軍事がダントツだったわけでもないとしか俺には
読めないが。
史書から妄想した理屈で曹操は万能の超人ーとか言われたらあっそうとしか言えな
いとも思う。



331 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 03:28:41
>>329
さすがに謙信を呂布を一緒にしたら可哀相だ…
呂布は戦略も展望も先見性も何もなく行き当たりばったりに行動しただけだか、
謙信は単に他の人間と見てるものが違っただけだ

332 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 07:20:30
謙信は一種の戦馬鹿ではあるけど、あの戦い方で失敗せず生涯を完結したから信長とは違うタイプの偉人なんだろ

333 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 08:46:42
そして信長と違う意味の奇人だ

334 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 09:02:06
対信勝で優秀さは示してるがそれ以降は基地外のように運がツいてただけなのが信長
そして運のよさに胡坐をかいて本能寺でコケる

335 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 10:22:15
信長公は神!

336 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 11:44:31
知障乙
信長厨ってこんなんばっかり

337 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 12:47:08
>>329
多分戦国期の日本の朝廷より後漢の漢王朝の方が相対的に影響力は大きかったと思うよ
やっぱり旧来の権勢ということを考えると漢朝=幕府の考え方のがいいと思う
それに名士や豪族の影響力は大きかった。
例えばジュンイクなんかも後漢で幅を利かせた名家の出だけど、そういう人間一人取り込むと、そいつと関わりのある知識人達の人脈もセットで取り込むことになる
カクカ、ジュンユウみたいな有名どころ以外にも曹操の勢力を支えた名の無い文官達がこういう人脈から拾われたヤツがたくさんいたハズだから、信長の時代の朝廷や公家より影響力は大きかったと思うな。


338 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 13:05:15
並み居る基地外曹操信者は目に入らないなんて便利な頭脳だな。

339 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 14:42:02
どう見ても基地外はおまえだ

340 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 14:45:07
謙信と呂布が同じ戦バカなら
謙信に手が出せなかった信長より呂布を直接倒した曹操のが強いんだな

341 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 15:59:34
どーだっちゅーとかきもいよな


342 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 16:19:54
>>331

そして呂布の方角を見ていた。

343 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 16:30:30
>>337
逆に信長の時代に権威が地に落ちたと考えてみては?
明智、細川はじめ主だったものは義昭を見限ってる織田方についてる訳だし。
織田〜豊臣辺りの政権では、今川氏真あたりと大差ないと思う。
本能寺の変後に持ち上げられなかったところをみると…ね。
織田の基盤が固まるまでは利用価値はあったと思うけど

344 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 16:32:09
対信長以外でも勝ちまくって勢力を拡大した戦バカの謙信と
対曹操以外でも負けまくって勢力を失った戦バカの呂布じゃ
同じ戦バカでも同列には語れんよ。

345 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 16:32:23
>>340
呂布雑魚やん

346 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 16:49:16
>>341
人の方言バカにするとか最低だな
いやどうだっちゅ−が方言なのかは俺はしらんが
>>337
俺はそもそも後漢の漢王朝は朝廷や幕府とはまったく別モンと考えた方がいいと思う
「漢」というものがすべての起源で正統の証明だから「家」が基本の戦国時代とは種類そのものが違うと思う
まあ信長が義政を立てたのは将軍さまの権威をカサに着ようようってことに他ならないから旧来の権勢を利用しようとしてたのは間違いないだろうけど
朝廷の力で和睦したりしてるしな。朝廷に関してはうまく取り込んだといっていいと思う

少なくともハナから室町幕府を滅ぼすようなつもりは無かっただろう。やはり後見人になろうとしてたと考えた方が自然だろうね。ゆくゆくは自分の幕府を立てるつもりがあったかまではわからないけど

347 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 16:55:35
>>340
袁紹が手を焼いてた黒山をあっという間に倒したし単純な戦闘の強さなら謙信と同等に考えてもいいだろうね

ただ政略プランは謙信よりはるかに疎かったろうが…
まあ謙信は長尾家の跡取り
呂布が丁原のヒラであっちに行ったりこっちに行ったりしてること考えたら一概に言えない部分もあるけどね

348 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 17:04:03
謙信は戦国の軍神、呂布のような小悪党じゃ太刀打ちできない

349 :346:2008/04/26(土) 17:25:12
間違えた、義政じゃなくて義昭だよw

350 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 17:34:07
謙信と信玄は大名としては他とは明らかな異彩を放っていて別格な印象が強いからな

351 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 17:41:25
その信玄の戦い方は曹操の影響を受けているんだぜ
信玄が愛読してた孫子は曹操の注訳したもんだからな

ええ、もちろんこじ付けですが

352 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 17:48:31
謙信だって所詮は地方豪族の域をでてない武将じゃないか
小競り合いで強いだけの武将をここで引き合いに出したってしょうがないだろう
肝心の手取川なんて本当かどうかわかったもんじゃないし
ましてや、その手取川で秀吉の作戦がどうたらとか小説の読みすぎじゃないの?

信玄だって結局は3,4ヶ国止まりの武将だぞ
たしかに優秀だったが乱世の王者にはなってないじゃない
スレ違いもたいがいにしろよ

353 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:02:22
だから謙信=呂布なんだよ
基盤があったかないかの違い

354 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:03:45
>>351
そんなにこじつけでもないんじゃん?
何しろ信玄は。家康が門あけてたら、空城の計だっつって帰っちゃったぐらいだから

355 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:06:02
>>351
そういう意味でも曹操と比べるならやっぱ信玄だよな
信長みたいな異常に運が良かっただけの男と曹操では比較対象としておかしい

356 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:07:15
>>353
どの点が呂布になるんですか?
謙信と呂布が被る点がないんだけど?

357 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:25:19
戦バカ
あとはその時代で飛びぬけて局地戦が強かった

358 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:30:06
>346
遠慮なく方言使えよ
きしょいものはきしょいが

359 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:31:37
呂布はリカク&カクシにも負けてるし、特別戦馬鹿とは思えないけどね?

360 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:46:23
だからそこら辺が謙信との差だってことは>>347氏がすでに書いてくれとる
謙信が土地があって安定してたのと呂布が行き当たりばったりすぎたのが差だろうよ
だから少なくとも俺は戦闘そのものの強さについて謙信=呂布といったまで

361 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 18:53:23
どうでもいいがこのスレって
信長も凄いが曹操も凄い
ってのを前提条件に議論を始めるべきなんじゃないか?
じゃないとやれ曹操厨やら信長信者やらの煽りや不当な貶めが行き交う結果になる気がする…

362 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 19:00:27
>>361
一つ面白いのが曹操厨の中には意見を言いつつ信長の凄さを認める人が少ないながらもいるのだが
信長信者には曹操を凄いというやつが全然いないことだ


363 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 19:12:57
たぶん信長信者の中には曹操嫌いも紛れ込んでるだろうしな…
だが、曹操と比べるなら信玄という意見は、正直どうかと思う…

364 :ロンパリ:2008/04/26(土) 21:12:16
信玄=袁紹くらいが妥当
謙信=関羽>謙信≧呂布
謙信=関羽は言い過ぎかな。



365 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 21:15:06
言い過ぎだな
最後の怒濤の快進撃は興奮するが、結局は敗死だし

だが、言われてみればそれぞれを構成する要素は近いかも知れん

366 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 21:17:37
信玄=袁紹は全然違うだろ…

367 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 21:21:13
袁紹・信玄の類似点
最強と呼ばれる軍団
台頭勢力の放置
ほぼ手中に納めた勝利を逃す。
寿命切れ

血縁・親族の裏切り


368 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 21:23:41
袁紹て天下を担う勢力の最たる方雄なのに、「くらいが妥当」という言葉のニュアンスは
ものすごく軽く見ている気がするのだが気のせいか?
上杉謙信って関羽や呂布のような陣頭の猛将ってイメージではないのだが。
韋叡のような戦術家って感じだけど?

信長世代を三国志と比べるから無理があると思うが。
学術的にはそれに比している時代が他にあるのだがな。

369 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 21:24:50
>>367
いわれてみれば、似てるな。

370 :ロンパリ:2008/04/26(土) 21:26:37
加えて後継ぎが命とり。
最強軍団、優秀な家臣団を要して滅びる。

371 :ロンパリ:2008/04/26(土) 21:32:58
孫権=毛利輝元はしっくりこない?
家系もハマるかも

372 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:04:04
袁紹と信玄じゃ本人の能力が違いすぎる
肥沃な領土の生み出す大兵力に胡坐かいて立って意味じゃむしろ袁紹=信長だな

373 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:18:24
>>368
謙信は猛将だぞ武芸も秀で単騎で突っ込むこともある

374 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:19:57
袁紹=今川
孫権=毛利

375 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:23:57
>>372
それは袁紹が信玄など足元にもおよばぬ人傑であると言っている?
ならそのとおり。
彼は河北を制覇した方雄。

>>373
猛将か。
後年、輿に乗って杖で指揮する姿が、韋叡の風あり、と言われたそうだ。
そっからのイメージ。


376 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:26:01
信玄と袁紹は相違点なさすぎ、今川や朝倉と被る
特に今川吉本

377 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:28:44
もしかして相似点か類似点と言いたいのか?

378 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:32:48
日本語でおkというやつか、これが。

379 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:35:04
信長こそ生まれながらの天才児

380 :ロンパリ:2008/04/26(土) 22:35:37
袁紹=信玄は誉め言葉のつもりだったんだけど…。
演技の袁紹なら義元も有りかな

381 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:49:51
足利義昭=献帝

382 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:50:11
吉本は誉め言葉のつもりなんだけどな・・・
吉本は名門出で優れた人物なんだけど

383 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:52:34
伊達政宗=曹操
戦国ではもっとも似てる

384 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 22:54:54
呂布=松永久秀

385 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 23:06:58
袁紹=今川説も、よくわかる
軍師のことは今川の方がよく信頼したな
だが、負け方は袁紹の方がずっと良かった(変な言い方だが)

386 :ロンパリ:2008/04/26(土) 23:12:39
すまん間違えた。
演技の袁紹=一般のイメージの義元

387 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 23:12:42
袁紹が生きているうちは、曹操も逆攻勢かけられなかったからね。

388 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 23:14:31
曹操は信と比べるとまだまだ坊ちゃん

389 :ロンパリ:2008/04/26(土) 23:20:30
ネタで
キョウイ=山中鹿介

390 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 23:37:17
竹中半兵衛=カクカ

391 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 23:44:41
>>390
そこは孔明で、いいでしょ。

392 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 00:12:04
>>383
ねえよ

393 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 07:54:46
都合と場所で言う事かえて矛盾した事いうなよお前
IDないからって
分かる奴にはわかるぞ
結局曹操が最高って結論有り気で反論食らうのが気に入らんだけだろ。

394 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 11:36:49
マサムネくんはあえて重ねるなら劉備だな

395 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 12:34:29
>>393
誰に言ってんの?

396 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 12:48:02
>>394
似てないだろ
政宗は能力から好みや性質まで曹操とそっくり

397 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 13:26:33
>>396
孫策>>政宗
それか
信長>政宗

398 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 13:39:48
政宗は孫策と全然タイプが違うし
政宗や孫策を知ってるかね?政宗は曹操と同じようなタイプ


399 :ロンパリ:2008/04/27(日) 13:40:28
政宗>タイシジ?
それより
馬超=謙信なら問題なくね?


400 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 13:41:44
>>398
んー、まるで共通項が見出だせん
よければ箇条書きでいいから
似てる部分を書いてくれないか?

401 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 13:43:44
>>399
まったく似てないな(笑)
もしかして呂布=謙信って言ってた人?
北方の呂布=馬超からの連想か?

402 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 13:47:22
>>398
政宗≧元親
鳥無き島の蝙蝠。

戦乱が収まってからの政宗に興味ない。曹操は有り得ない。

403 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 13:52:56
政宗=曹操でないと気が済まないらしい…(*´Д`)
誰も同意しないよ。秀吉に頭を下げる曹操なんてイメージしないもの

404 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 13:58:49
正宗の状況なら曹操も太閤さまの足の裏でも舐めるよ。
頭さげんかったら普通に殺すし。
もちろん戦争したら秀吉が勝つし。

405 :ロンパリ:2008/04/27(日) 14:04:02
>>398
チビだとか云われる点?
信長〉〉政宗でいいじゃん。
中央から離れやんちゃやってたんなら孫策か?


406 :ロンパリ:2008/04/27(日) 14:04:39
>>398
共通項、チビだとか云われる点?

信長〉〉政宗が最大評価。
中央から離れやんちゃやってたんなら孫策か?


407 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:08:29
戦国時代なら曹操は三好長慶だろ。
三国志に信長みたいのはいない。

408 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:13:12
>>404
だから似てる点をまず上げろっての

政宗は秀吉に頭下げたり十字架背負って弁解にやってきたりしたが
曹操はトウタクを暗殺しようとしたし
袁紹とも正面から戦って最後は勝ったぞ

409 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:16:08
>>404
官渡の戦いは他の勢力もほぼ敵で
政宗より絶望的だったと思うが
曹操と小物との違いだね
後、正宗って…笑

410 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:18:09
自演でがんばれ正宗

411 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:22:15
政宗は辺境生まれで曹操みたいな恵まれた立場ではなかったからな。

412 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:24:43
北条攻めの時の政宗と
官渡のときの曹操くらべるなら
辺境生まれは関係ないだろ
何言ってんだ?

413 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:32:09
もうね、曹操信者の妄想の中の曹操の能力がすごいって事だけはよくわかるよ。
政宗と同じ状況でも秀吉と戦って勝つんだろうね。
だから僕は曹操がとても好きだ。とても信じている。
もう裏切っちゃいけない。1秒たりとも
皆さんが今回みたく曹操の事をこの先もずっと好きでいてくれるなら、
僕は勝手ながらすごく嬉しいよ。ありがとう

414 :ロンパリ:2008/04/27(日) 14:33:43
家康にまで尻尾を振るあたり
牙は抜け落ちたんだろうね。

415 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:36:11
さすがにあの状況で曹操なら秀吉に勝てたってのは無理があるなw

416 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:41:12
曹操が家康にも尻尾フリフリする?

417 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:42:58
>416
賢いからするんだよ
曹操信者ってこんな馬鹿ばっかりなのか

418 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:44:21
ってか曹操が凄い凄くないの議論なんかしてなくない?
政宗が曹操と似てるって言うから似てる点を上げろって言っただけだろうに

ただあの状況で曹操なら、
1、とっとと秀吉のもとに駆け付ける
2、北条と組んで戦う
3、秀吉に近付いて暗殺
のどれかを選んだろうね(たぶん1)
ぐだぐた悩んだ挙句に遅参して頭下げたりはしないだろうね


419 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:47:31
家康を次の天下人と見抜いていち早く家康側に付いたおかげで、
天下有数の大藩を次代に残せたんだから見事な先見の明だよ。


420 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:48:36
正宗おつ。
結局、似ているのは「おチビだった」だけなの?

421 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:50:53
だから誰も政宗の先見の明の話や政宗の凄さについてなんか聞いてないだろ?
その先見の明がどう曹操と似てるか聞いてんだよ

422 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:51:07
小田原合戦の行方を見極めつつ、家康利家に根回ししながらの参陣を、
ぐだぐだとか言っちゃうのはどうかと。

423 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:51:11
そもそもその政宗は何様だ?曹操の将来を保障してくれる奴なのか?
そうでもない奴ならば、何故そんな奴のものさしに合わせなければいけない?

424 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:55:05
常に冷静に現実を見極めて最良の選択をする先見の明は、
まさに曹操=政宗と言えるな。

425 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 14:55:17
>>422
結果の成否なんか聞いてない
曹操と政宗どっちが凄いかも聞いてない
それのどこが似てるのか聞いてんだよ
本格的に言葉が通じんのか?
いつ曹操が次の覇者を見抜いたんだよ
三国志で次の覇者を見抜いたのはカクやカクカやジュンイクだろうが

426 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:03:22
>>425
現実を見極める能力

427 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:04:21
○○なんか聞いてない
○○の話なんかしてなくね
どうでもいいけど

会話が弾むね。

428 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:06:26
>>426
何それ。そんな抽象的なこと言ったら
ある程度優れてる奴なら誰でもあてはまんじゃん

429 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:19:23
>>419
家康に尻尾振る必要はないんじゃね。
西方、豊臣方に付ければまだチャンスは有るだろうに

劣化信長でいいでしょ

430 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:26:36
そんな事より山崎の打率が気になる。

431 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:27:29
東北で吠えた犬くらい。
秀吉に降伏して格の違いを知る。
小田原を見て、東北での武勇伝が小競り合い程度に感じたんだよ。
政宗「しょ…小便チビッた。」

432 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:30:13
政宗信者→荒らしへ

433 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:34:29
政宗信者なんだろうか?
信長や秀吉より政宗は凄いと言い出さないところを見ると
ただ珍説を披露して感心してもらいたいだけかも
第一、信者にしてはぜんぜん具体的な曹操との相似点(相違点じゃないよ)をあげてこないし
政宗にも詳しくないんじゃないか?

434 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:39:17
ファン分析はいらん

435 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:40:33
じゃ
バサラや無双のにわか盲信者で

436 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:42:00
辺境の有力軍閥に過ぎなかった政宗と
中央を完全に支配してた曹操を比べるのにはちょっとムリがあるな

まあ政宗より曹操のが環境に恵まれてるって主張もムリあるしなあ
どう考えても地方の小役人より大名家の息子のが恵まれてる。

437 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:44:24
中央にいるほうがいいよ
どう考えてもってほどじゃない

438 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:44:31
>>436
政宗は信玄や謙信と同じ時代に生まれなかった幸運な男、とも言えるよな

439 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:47:06
謙信=呂布も、かなりな気がしたが
正宗くんの叩かれようは哀れ。
同意して欲しかったんだよ、きっと

440 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:54:01
それ生まれた場所ってだけだろ。曹操の場合は中央高官とのコネって言ったほうが正しいか。
でもそんなこといったら有力者のトウタクだって中央から遠く離れた涼州の生まれだぜ?袁紹もキ州出身だから位置的にはだいぶ離れてるもの。少なくとも勢力圏はかなり中央から離れてるよ。

441 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:54:37
宗りんは、ほとんどが豊臣政権になびく流れの中で、本気で合戦を始めて、最後の大暴れをしただけでは?
統治出来たかは疑問。
イタチの最後っ屁みたいな。

442 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:55:43
>>439
同じ人だったりしてw

443 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:55:58
信者×
宗男〇


444 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 15:56:57
伊達だけに

445 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:02:02
>>439
謙信=呂布って結構このスレの上のほうからあるぜ
戦バカってことで

まあ確かに根拠地なしで戦闘の強さだけで大陸を暴れまわってたんだし
行き当たりばったりのバカヤロウってだけでザコ扱いするのは考えもんかもね
実際曹操もかなり苦戦してるし劉備も泣かされてるし
でも具体的な戦績はあんま多くないな

446 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:03:46
>>439
その理由は分かりやすいよな。
曹操さまのことは信者にかなり気を使って書かないといけないんだよ。
軍事能力の優劣どころか基盤の小ささも曹操さまの方が厳しかったんだって
ことにしないと気がすまない。
ここでは逆らわないほうがいいですから。
どんな状況でも頭は下げないってのはちょっとおもろい。

447 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:05:38
呂布には戦略がなかった
謙信は天下取りや領土拡大にそもそも目的をおいてなかった。戦略がないわけじゃない

タイプとしても(本人自身は別にして)
呂布は猛将だが、謙信は智将だな

448 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:07:27
>>445
個人的には呂布の評価が低いんじゃなくて謙信の評価が高すぎるんだと思う…
あの人も毘沙門天とか言われて超越者的なイメージあるけどようは謙信もただ戦ってただけだしなあ。
むしろ触らなきゃ何もしてこない謙信よりいつ出て来るかわからない呂布のが向こうに回したら厄介かも。


449 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:12:38
>>448
まあ謙信には天下統一の思想とかがないからね
まだ呂布より知性があると思う。理性的って言ったほうが正しいかもしれないけど
>>446
いや実際政宗よりは基盤的には厳しかっただろうが
まあ北条攻めの状況になったらさすがの曹操さまでも降るだろうが
政宗は基盤云々より生まれたタイミングが悪い

450 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:29:37
>>446
宗男に興味はないから勘違いしないで

同情しただけ

451 :ロンパリ:2008/04/27(日) 16:37:21
謙信に心頭して忠義を尽くしていた家臣はいいけど、そうでない家臣は
呂布が君主くらい災難では?



452 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:38:23
結構家臣処刑してるよな…
原虎胤とか

453 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:39:47
>>450

勘違いなんかするか
書き方でお前が曹操信者ってのくらいわかるからおちょくっただけだよ

454 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:45:35
>>453
宗男、おまえカッコイイよ

455 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:49:00
>>453
で、結局曹操=政宗論を唱えた君は、曹操をどう位置付けてるの?
なんか曹操信者呼ばわりするところを見ると曹操への評価が辛そうだけど、それは=政宗も大したことない、でいいの?

456 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:50:37
>>453
苛められて悔しいのはわかったから、もう来ないでくんねーかな
ここはシュールな漫談を披露する場じゃないぞ

457 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 16:54:20
>>451
自分の正しさを信じるあまり
他人にもその正しさを強要するタイプだもんな

458 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 17:06:48
>>457
言ってる事が正義なだけに厄介極まりない。


459 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 17:14:12
昔、あったよね
この中に侍がおる
「拙者ではござらんよ」みたいな。
政宗=曹操でいいよ。頑張れ。

460 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:03:35
謙信は潔癖症。

女はともかく戦国武将のたしなみ男すら愛さなかったの?

461 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:06:12
欄丸きゅんかわい〜って言ってたよ>謙信

462 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:22:11
政宗と曹操はそっくりだろその程度すら知らんの?
謙信と呂布はまったく違うし
勉強しろや

463 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:27:23
偽者の成り済ましはつまらんなあ

464 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:29:27
政宗は若年から常に天下への野心を持ち続け梟雄といわれた、器用過ぎた為か天下が取れないところも曹操と同じ。
タイプ的には野心家で目先が利く万能タイプの上教養人で詩を好む(曹操と同じで題材は自分大好きの詩)。
ワリと博打的(十分イカサマをほどこすが)なやり方をやる。

465 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:29:37
そーいや謙信女説もあったね、


466 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:31:06
文面変えるなり、口調変えるなり
せめて自演しろよ、宗男

467 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:31:38
>>460
謙信は呂布と全然違う性格もタイプも
内政も結構できるし

468 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 18:36:18
謙信は自らを正義の軍神と定義し、義を好み生涯領土欲で侵略した事がない。
14歳から戦い続け死ぬまで不敗を貫いた奇跡的戦術家。
呂布のような小物とレベルが違う!!

469 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 19:05:01
両方ともかなりアブない人種だっただろうがな

470 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 19:32:14
宗男は別スレ立てて、自分の意見が正しいか問うた方がいいと思うな
ただぜんぜん根拠が具体的じゃないが
せめて曹操はこういう本を書いてこういうことに貢献したが、政宗は〜ってやらないと一生抽象論のままだ

471 :ロンパリ:2008/04/27(日) 19:55:24
伊達政宗=鈴木宗男
北の怪物辺りで手を打とうよ。

472 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 19:58:39
>>464の書き込みから判断すると
伊達政宗=池田大作でも問題ないな

473 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 20:03:14
>>463
自演のなりすましってウケる

474 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 20:39:17
曹操=福田康夫

475 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/27(日) 22:44:54
正宗=福田康夫=曹操

476 :ロンパリ:2008/04/28(月) 00:27:43
宗男、お休み。トコシエニ
正宗=夏候惇

477 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 01:18:03
正宗って日本酒じゃないの?

478 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 01:48:49
>>404で宗男の正宗発言があったんだよw(笑)

479 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 13:06:43
>>389
山中鹿介?
鹿之助のことなの??
後、「幸盛」って名前…悲しいよね

480 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 13:10:01
周泰=本多忠勝
といいたいけど、傷物だしなぁ

481 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 13:19:30
>>479
本人はアレでも子孫が経済界で天下取ったから幸せ盛りだくさんの種を植えたってことでここは一つ

482 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 16:02:48
>>481
子孫、すごいねぇパーマを普及させたり。
本人の主君の意志、関係なしで、突っ走っちゃう性格も一途で良いよね。
つい、笑ってしまうが。

483 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 17:46:47
幸盛=キョウイは、どストライクだと思うね。

484 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 18:36:43
鹿之助みたいに
三国志中ではぱっとしない困ったチャンだが
子孫が凄かったりするのってどんなのいる?

485 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 19:40:41
逆ならいるぞ
孔子の子孫で詩人の孔融。
建安の七子で有名だけど曹操の不況を買って殺された

486 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 19:56:17
曹操は文化面では非常に狭量だからな
権力に物言わせて自分の価値観を押し通すわ
終いにはカダも殺すわ

487 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 20:28:45
アレはカダが曹操の命令に背いて勝手に郷里に帰っちゃったからある意味しかたが無いw
でもカダの技術が後世に伝わってたら今の外科手術は何年くらい進んでたんだろう?

まあ曹操が詩人サロンを作らなかったら李白や杜甫だって教科書に載らなかったろうしねえ
狭量と斬って捨てるか寛大と評価するのか…

488 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 20:35:02
儒教が大嫌いだった。
カンガンの孫?だと言うことにコンプレックス持ってたんじゃないの?


489 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 20:48:45
でも曹操は太学で儒学を修めた儒学者でもあるんだよな
モチロン目的は中央官僚とのコネ作りだろうが

490 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/28(月) 22:16:10
修めた上で烙印押した訳か

491 :ロンパリ:2008/04/29(火) 01:19:38
織田劣化ウラン弾正ノブなり

492 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/29(火) 15:15:14
「倫理的に問題があっても能力があれば重要する」って大っぴらな布告で出してるくらいだからねえ。
名士に気をつかってか制度そのものは特に一新されたわけではないけれど。少なくとも言葉の上では真っ向から儒学を否定してるわけだしな。
若い頃から曹操にとっては出世の建前くらいの認識だったんじゃなかろうか。権力を握ったらわざわざキライな儒学に傾倒する必要ないわけだし
もっとも袁紹や袁術にとってもそうだったろうけど

493 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/29(火) 22:35:56
宗男元気?
正宗=孫権
尻尾を振りながら反逆心を隠しきれなかった。


494 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/30(水) 19:05:22
>>487
そりゃ違うな。
曹操が居なくても李白も杜甫も有名になったはず。
文字なんてのは過去から存在しつづけており単なる表現法の一種。
建安文字がなかったら、彼らの有名はありえなかったというのは
根本的な間違いだよ。
良い詩というのはその意味が人の心を打つから良い詩であり続ける。
それはその人の思想であったり、生き様から浮き出てくるもの。
李白や杜甫が深く影響を受けたのは自由奔放すぎる荘子の思想。

曹操をやたら、陶淵明、李白、杜甫に繋げたがるのはどこいらから始まったんだろうな?

495 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/30(水) 20:31:56
>>494
「建安文字」
根本的な間違いだよ。曹操に謝れ

496 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/30(水) 20:33:50
>>495
そりゃ違うな。

497 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/30(水) 22:36:30
>>494
「建安文字」ならぬ「建安文学」の基礎がなければそもそも詩って言う文化があれほどの社会的地位を得ることは出来なかったんだよ。
だから曹操なんぞ居なくても陶淵明、李白、杜甫っていう天才詩人は確かに居ただろうけど有名にはならなかっただろう。なぜか?注目されないからさ。
それまでの詩っていうのは宴会芸に毛の生えた程度の認識でしかなかったんだ。そんなもん上手くたってだれも「芸術だ!」なんて言わないし一端の文人として認めてくれないでしょ?
詩の体系も歌う事を前提にした形から読んで観賞する事を重視した形に変わってるしね。ただの歌謡の一種から文学のレベルまで引き上げたわけなのよ。
三曹や七子のサロンから始まった「建安文学」がなければ陶淵明、李白、杜甫は今の形で後世に残らなかったろうし、そもそも詩の形も全然違ったものになってたと思うよ。

ただ詩そのものの才能の評価は世間的には李白、杜甫>>>>曹操らしいねw
偉い文学者がいうからこの評価に間違いはないんだろう。個人的には「苦寒行」の最終章がお気に入りだったりするんだけどw


498 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/30(水) 23:54:30
>>497
-494はこの頃文字が制定なり、統一されたなりしたのだと思っている可能性大なのだが…
入力ミスとも思えないし。


499 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/30(水) 23:57:37
でも、陶淵明、李白、杜甫共に思想面において
深く道教寄りだったからなあ。
詩がマイナーのままならそっちの方で有名になったんじゃないかな。

500 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 00:21:59
>>498
いやいやそれはまさかでしょ…常識的に考えて
さすがにそんなこといったら煽りだよ

>>499
たしかに道教の方で有名になったかもね
けどそれはもう詩の領分じゃないよ

501 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 00:25:22
>>498
すまん、何度読みかえてしても意味が分からん

502 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 01:22:32
記憶して口頭で述べるだけの状態→文字発明→詩として書き連ねられ、詠みあげれる様になった。

とかじゃね。酷いね。

503 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 02:16:59
曹操>>>>>永久に越えられない壁>>>>信長(笑)家臣に殺された馬鹿殿ww




504 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 02:20:48
>>498
そりゃ読解力がないよ

505 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 02:41:43
文字ってのも、どう間違えたのかは検討がつかないけど…
互いにびっくりな書き込みだね。
本人いるかな?

506 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 02:48:02
>>503
結局、家臣に政権をとられた点では同じ。


507 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 02:54:49
>>506
孫より後の世代のことでそう言うのは
ちと酷すぎるのではないか?

508 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 02:55:25
>>503
家臣は、ちゃんと統一出来た(´∀`*)。
家臣の方が優秀なのかも。

509 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 03:05:08
>503も大概、酷いと思う。建安文字の人かな?


510 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 08:40:54
>>497
お前は頭が悪すぎる
西洋の詩文学の影響で残っている作品は有名になった可能性が高い。
曹操ヲタクは狭い考えで広い考えをするから馬鹿だ。

511 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 09:44:36
大体魏と日本じゃ領土の広さが違い過ぎないか

512 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 09:54:00
>>287
「瓶割り柴田」が勝てないんじゃ、織田が直接的な戦闘で謙信に勝つには
信長本人が出るしかないな

513 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 14:02:06
>>510
出たぞ建安文字wwwのご本人ww
西洋の詩文学?いま古代中国の話ですがwwwww

514 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 16:25:56
>>513
その言い方じゃ建安文字人にはわかんないよ。

515 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 16:53:14
分かりやすく言うと
中国大陸が後漢の時代に、日本は室町時代頃と思ってるくらいの誤りをしている。

516 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 16:53:45
建安文字ってなんじゃい?
後漢の建安年間に使われた新字でも発見されたんか?

517 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 16:56:10
シルクロードも開拓されてたんだよ。文字の中ではww

518 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 17:03:02
>>494
2008.4/30(水)に出来たようだよ

519 :訂正:2008/05/01(木) 17:04:20
>>494により
2008.4/30(水)に出来たようだよ

520 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 18:58:00
つーか間違われるほどにマイナーだったんだろ>建安文学

曹操信者の必死さの方が引くわ

521 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 19:35:06
>>510
曹操信者は李白や杜甫の事をよく分かってないんじゃないかな?
なんで荘子の影響のことに全く触れないのか謎。
ほとんど荘子塗れな内容のものが多いのにな。

522 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 20:02:34
信長と比べろ

523 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 20:17:25
>>520
文字と文学の区別もつかないノブオタについてはどうよ?

524 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 20:52:18
曹操厨はそうてんこうろ?が史書だとおもってるもんね。

525 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 21:17:04
曹操を褒めたら曹操厨か
自分のレベルが高いと思うなら、そんな煽りだけのレスは止めるべきだな
それと厨なんて言葉は使うな。阿呆に見えるぞ

526 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 21:24:09
>>520自体が建安文学すらも知らずにいる予感。
安土桃山文化の一方で、三国志関連の重要事項である建安文学を
知らずにいることを、むしろ誇っているかのような態度は、あまりに惨めだ。

527 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 21:28:37
曹操どころか曹操信者も誉めてやんなきゃいけないらしいぞ

528 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 21:51:46
>>521
荘子って世捨て人のくせに愚痴ばっか言ってた人物でしょ?
2人と比べるのもなぁ…

529 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 22:30:04
http://www.takatobbs.com
打ち込んでみたら、すごいものがみれるよ!

530 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 22:33:09
スルー

531 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/01(木) 23:15:34
>>528
荘周は陶淵明、李白、杜甫の中国詩聖が深くを影響を受けた思想家
詩を語りたいなら曹操のような小物など比べ物にならない偉人だよ

532 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 00:39:35
哲学の壁を越えられない儒学者?

533 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 00:43:55
>525


大丈夫だよ。曹操厨を見てたらこれ以上阿呆はいないだろうなって思えるから。

534 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 01:16:52
いや、どんな阿呆でも建安文字は超えられんよ。なぜそうは思わない?


535 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 01:38:03
>>494
「文字なんてのは過去から存在しつづけており単なる表現法の一種。」
文学と入れ替えたところで日本語が…

536 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 01:47:14
焚書坑儒とか考えたら、感謝して貰っても良いと思うのだが…
思想を文学の域にまで高めた功績は認めてあげてもいいんじゃない?
老荘思想→建安文学の流れは無視してよいものか…。
科挙に落ちた人もそう思っているよ。

537 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 08:41:12
認めるべきだけどそれを「李白杜甫」までに発展させるからおかしくなる

538 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 11:09:34
おかしくないよ。「李白杜甫」の詩人としての活躍のステージすらなかったかもしれないんだから
それに文学として詩が広く普及してたおかげで後世の詩人達もそれについて多く学べたわけだしね。それまでに残されてる詩(むろん詩聖とされていた曹植やその父曹操の作も含む)にだって影響を受けてたわけだし。
そう考えると曹操とそのお抱えの詩人達ってのは後世まで伝わる「文学」としての詩の世界の基礎のスタンスを作ったパイオニアだよ?
李白や杜甫が荘周の影響を深く受けてたとしても建安文学がなければその思想を根底とした芸術的な詩が作られることはなかった。
草分けの存在ってのはその文化が消滅するまでずっと影響するもんだよ。



539 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 11:14:48
ええと… 曹操以後李白らまで何年ほど人類は歴史を刻んでいるのだろうか…
曹操がやらなくても、誰か別の人が草分けした可能性が否定できない以上
そこまで年代を超えた結びつきを論じることはできない。

540 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 11:33:03
そりゃちと苦しいな
ライト兄弟が飛行機を作らなくても、いずれ誰か似たようなものを作ったろ
でもだからと言って、ライト兄弟が後世に与えた影響は大したことない、なんて言ったら笑われるだろ

541 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 11:43:08
>>539
それいったら究極的な話、曹操や信長なんぞいなくとも天下統一はされてたんだよな
もっと大物、例えば劉秀や朱元章だって居なくたって代わりに誰かがその役を担っただろうし

まあ劉秀や朱元章まで飛躍する話じゃないけど、誰かがやっただろうって理由で草分けの存在を否定することは出来ないと思うよ。
一番最初の基礎固めをした人達だからね。
競馬でノーザンダンサーの血がなければ今の競馬はありえないって言われてるのと同じだよ
そこまでの影響力があるかは知らないけど、確実に後世まで影響すると思うよ

542 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 11:45:40
>>539
それってエジソンが電球作んなくても誰かがそのうち作ったろってのと同じじゃね?

543 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 11:48:48
>>540
いや、おれが言いたいのは
「「李白杜甫」の詩人としての活躍のステージすらなかったかもしれないんだから 」
というところに、曹操と彼らの時間の差を指摘し、その間にステージを整える者も出るだろう
ということで、曹操はたしかに草分けをしたが、だからといってその功績がいきなり
数百年越えた偉人と結びつくなら、その間に試行錯誤し模索した人らをないがしろに
する極端な論に聞こえてしまう。
建安文学の華やかなりしサロンやそれを模倣した清談に対しての多大なる影響を論じるなら
むろんわかる話だが。

544 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 12:01:10
>>543
あーなるほどね
確かに俺の話はそういう極端な印象を与えるかもしれないね
むろん俺は曹操一人が今日の詩をすべて作ったとは思ってないよ
現に李白、杜甫の時代と曹操の時代は当然スタイルが変わってるしね
その間に数百年分の詩人がいてその人達が詩を少しずつ進化させていったのだから

ただ俺は詩という完成された文学の雛型を作った人間として無視は出来ないということ言いたかったんだよ。



545 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 12:03:05
>>541
おそらく、時間はかかるかもしれないが、誰かがかわりに天下を平定したであろうと思う。
別に劉秀や趙匡胤や朱元璋といっても、天から特命を受けた人を超越した存在、という
わけではないから。
あるいはそうなのかもしれないが、それを確認するすべを持たない。
人の集団的意思の流れで、その中で特に賢明だあったりするから、ぬきんでる。
そういう人らが衆をまとめ、乱を鎮める。
劉秀でない人の場合には、劣悪な政権かもしれないし、良い政権かもしれない。
しかし劉秀が後漢を起てたからといって、曹操の台頭の原因になったわけではない。
それはやはり、そのときを生きるものたちの責任であって、劉秀のせいにできるかどうか。

546 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 12:05:47
天寿をまっとう出来たのと部下に裏切られた死んだのは大きな差があるとおもわれ

547 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 15:29:58
もと部下?の関羽に呪われて死にますた…。


548 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 15:31:17
呪いなんてそんなのアリ〜?

549 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 15:47:18
>>545
劉秀云々の話を何故取り上げたいのかが分からないんだが?
家康を持ち上げて明治維新を語られたとしてもね…。

550 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 16:00:59
いずれどころかライト兄弟の時代に飛行機作ろうとしてた奴一杯いるから。
成功しかけてた人もいるから。

曹操は代替がいるかいないか別にしてやった事がそんなに大きくない。
文学への影響なんてこじつけもいいとこ。
こんな古代の歴史書まんま鵜呑みにするのは学問じゃない。
詩という完成された文学の雛型を作った人間なんてどうひねくれても読み取れないが
そう読み取ったとしてもそれ以前の問題。
曹操の詩自体後世の偽書の可能性だって考えるべき。

551 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 16:36:39
>>550
こんなこと言い出したら、世の中に評価に値する人間なんているのか?
やりかけてた、ではなく成し遂げたからこそ、そこに意味が出て来るんじゃないの?

552 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 16:48:48
オマエ馬鹿だろ?
そんなこといったら歴史の文献のあやふやさなんて全部そうじゃねーか
「文献が残ってるからそうらしい、100%じゃないけど」でみんな話してだよそんなこといまさら言われんでもみんなわかっとる
いろんな文献見てきて総合的に考えて「こうだったんじゃないか?」って話してんだろーがよここに来るやつは

大体>なんてどうひねくれても読み取れないが>こじつけもいいとこ
なんて断言できるって事はそりゃ歴史の話するには全部オマエと同じ価値観じゃなきゃダメってこと?オマエがどんな歴史の勉強の仕方してきたのかしらねーけど
いきなり現れてなにワケのわからない暴言吐いてんだよ。人の話が聞けないんならさっさと帰れや

553 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 16:50:48
>>550
そんなこといったら事跡だのなんだのって考え方が根底から崩れる気が…

554 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 16:55:28
>>550
多分最近ある曹操アンチや正史アンチに感化されすぎちゃったんでしょーねえこの人は

ライト兄弟とかの実績まで否定しちゃったら誰々がすごいなんて言い方は出来なくなっちゃうのでわ?

555 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:01:28
>>554
同じ人じゃないの?
文体も影響受けてるのか?

556 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:05:10
>>551

どう考えたらそう思えるの?
曹操をそこまで万能の超人と言ってやらないと評価したことにすらならないのか。
魏の建国を否定してるわけじゃないんだぞ。


557 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:18:32
>>556
むしろ魏の建国より文化への功績のがでかいという珍説も2ちゃんではちらほら見るくらいだがな

558 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:22:23
>>556
どういう読解力してんだ?
>>551は曹操うんぬんのこと言ってんじゃないだろ
それ以降の書き込み読んでるか?
歴史より先に学ぶことがあるんじゃないか

559 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:30:15
てゆーかただのアンチだろどう考えても
この流れでそんな極論が出ること自体ふつうの思考じゃありえない
批判にすらなってないしょ

560 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:35:25
>>549
曹操などが生きた時代は後漢という王朝の時代ではなかったですか?
後漢を開いたのは劉秀ではなかったでしょうか?
「王朝の存続した年数の偉大さは開祖の功績に帰すが、崩壊の責任は当事者にある」
とするなら、初代からその崩壊すまでのあいだに登極した皇帝や朝臣を無視した極論
となる一方で、崩壊の責任だけはきっちり当事者に委ねている。
あくまで、開祖などの功績は草分けとせいぜい子か孫くらいまでの影響で、
百年なにもせずに安泰の体制などないのだから、あとはそのときそのときの指導者なりが
状況に応じて改善あるいは失敗などして、王朝などは続くものだ。
後漢朝200年の基は劉秀だが、200年続いた王朝の始祖だから劉秀は特別偉いと安易に
結びつけるのは短絡思考だ、と言っている。
じゃあなんで、「曹操の台頭の原因になったわけではない」という一文が出るかというと
その逆の考え方で、功績を開祖に帰すならその結果としての罪も帰さなければ公平でないから。
しかしその罪を開祖に帰すには、暴論と思われるだろう?
だから、その王朝存続などの功績を開祖だけに帰すことが正しいとは思えない。
なぜなら、王朝を続かせた当時の人らのそれぞれの努力があるからだ。
それを無視して最初の者だけが偉いとしか読み取れない文面は、
間違っているのではないか、とそういうこと。


561 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:35:36
まさかの建安文字の人か?

562 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:40:09
>>557
その珍説は、結局のところ曹操が華北一帯と漢水流域くらいの版図しか拡大しえなかった
から、他の時代の指導者と比べられて、よく論破されてしまったことによるのじゃないか?
見かけるのは、劉秀、李世民を引き合いに出されて、窮する場面。
李世民は言いすぎだけど、劉秀は引き合いにだされてしかるべき存在。
なぜなら、曹操は劉秀を手本としていた節が多いから。
後漢の人らの多くは、身近な偉人として劉秀を意識していた面は大きいと思う。

563 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:42:13
魏の建国と言ってる時点で「建安文学」の功績を肯定しているのに気づけよ。

歴史的な感覚であれば魏の建国は曹丕の時代であって
文化・文学的な功績を讃えるなら魏の建国は曹操の時代と言われてるわけだし。
自滅乙

564 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:48:19
>>563
いやぁ、どうも「建国」とかを単に敵を倒した結果とか、大きな版図とか
そういう物差しでしか見れない人が、曹操をご贔屓していてね。
でも、そういうのってそのときの方向性や人の意思の勢いというので、多様化してしまうので
どうしても超巨大帝国とか、長く続いた王朝とかを築くに至る者もいて
曹操の成した後漢朝の再興では上回れない。
そういうところから出した「文学史に残した功績は、他の追従を許さないほどでかい」
という論で、これは他の対象者を出して否定されにくい功績だから、今依拠しているのではないかと。

565 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:48:53
>>561
じゃね?痛杉
誰か日本語訳してw

566 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:52:14
>>560
そりゃ時代が進むにつれて影響が薄れるのも当然だが…
少なくともお前の言う
>なぜなら、王朝を続かせた当時の人らのそれぞれの努力があるからだ
はすでに同じような事を>>544が言ってるだろう。
それに今はそもそも詩っていう一つの文学芸術の世界観の話だろう。
李白、杜甫までに形体や社会性、存在意義まで全部一新されるような大改革があったのならまた話は変わるが
ずっと詩は立派な文学としての社会評価をうけ続けていたわけだろ
だったら一番最初にそれをやった人間の功績をないがしろにはできないし、影響してると考えられると思うが
代々加筆修正しながらそれを受け継いできたわけだし

567 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:53:36
>>565
おれがか?
そんなヘイトコメントでは、なにがどう間違っているかなど指摘できないぞ。
おれだって別に万能ではないし、必ず正しいことを言っているとは思ってはいないから
間違っているなら正せばいいじゃないか。

568 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:55:30
>>566
その考えで結構だが、最初に劉秀やらなんやらで王朝のことを持ち出したのは
おれではなく、>>541だぜ?
なんでおれにばかり当たりたがる?ちゃんと読んでるか?

569 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:00:46
>>562
俺その光武帝を引き合いに出すってのはむしろ曹操はこんなにすごい、偉大だって信者に押されて苦し紛れにアンチ側が出してるんだと思うんだよな
だって三国志の中やこのスレの信長みたいに結構近いヤツらと比較してるのに、不利になったらいきなり2ランクくらい上の大物出すんだもん。歴史がどうというより弁士として負けてる気が…
まあ今の話題とは関係ないし、曹操自身が光武帝には憧れまくってたみたいだからこの件に関しちゃどうでもいいけどね

570 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:06:08
>>568
いやあたりたがるって…
あんたが書き込みするからそれについて「こうじゃねーの?」っていっただけでしょうが

少なくとも>>541は自分から「極論だけど」的なこといってるしそれ以上何も言ってないんだからなんか言う要素がないだろ

571 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:09:29
っか何度も言わせんなよ曹操アンチ(なんでんなもんにアンチが付くのか知らんが)
曹操がすげーすごくねーの話するとこじゃねえんだよ。信長と比べろ。あるいは比較対象をあげて話せ

なんで詩の世界だけの話してるの?
曹操の業績の一つに詩があるだけで、誰も詩だけで曹操を評価してないだろ

この場合は、曹操は信長より文化面で功績があったか?イエス・オア・ノーだろ

…だから言ったんだ。曹操誉めると変なのが沸いて来るって

572 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:10:54
贔屓=ひいき 依拠=寄りどころ
とか、読めないと思うよ。


573 :541:2008/05/02(金) 18:12:54
>>568
俺は「草分けは他の誰かがやる」って意見に対して究極的な例として反論したんだけどな
それいったら俺競馬の話までしちゃってるしw
見ていただければわかると思うけどそこまで突っ込んだ話はしてないし

それをいきなり「こんだけの議論に発展した諸悪の根源だ!」みたいな言い方されてもな…
正直困るよw

574 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:15:39
>>560
日本語訳キボ〜ン

575 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:17:53
んーと、こんな人別のスレで見たなあ
知識は抱負だけど、根本的に日本語の読解力に問題があるから、長文なんだけどやり取りがズレちゃう人…

576 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:19:38
>>571
それではあなた様は 我々に曹操様をお褒めになるなと おっしゃられるのですね
信長様のみを崇めよと おっしゃられるのですね
>>573
あれだ、末裔の跳ねたドロは開祖も一緒にかぶらなきゃならんってことなんだよww

577 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:20:12
>>574
曹操はえらくない
建国は開祖だけの功績じゃない
曹操キライ

578 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:24:16
>>576
ごめんごめん。俺も両方の話したいよ
…でも、誉める人が出た途端、こんなことになったろ?

579 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:32:18
なんでだろうね?曹操にはアンチがたくさんつきすぎるのかね?



580 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:34:55
>>577
いや、おれ、別スレの曹操家臣団VS信長家臣団で、曹操の個人能力は非常に高いと
誉めてるんだけどな…
どう読んだらおれが曹操アンチ(とやらいうもの)になるんだ?
もしかして、曹操のことを誉めないと受け入れられないのか?

>>573
それは正直悪い。乗り遅れたけど、間違った認識と思えたことには訂正も交えるのも
公平な議論だろうと思うしだいだ。
だから、「こんだけの議論に発展した諸悪の根源だ!」は、そうは思っていないし言っていない。
そして君はすでに、>>544という答えをだしているじゃないか。

>>572
きょうび、それは日本語ではなくなったのですか? 会社勤めしている間に時代は変わった…


581 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:37:49
>>579
曹操を評価することでどんな不利益があるかよくわからんね
比較も〜〜の方がさらに凄いならわかるけど〜〜に比べると劣るから大したことない、って結論の出し方だし
曹操ファンに論破でもされたことあんのかな?
光栄スレにも家臣スレにもいたんだよなあ

582 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:40:35
>>580
ごめん。最後の一行は間違いだ
×曹操キライ
○曹操誉めてる奴がキライ

583 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:47:30
>>581
ひとつ思うのだが、評価という中には、当然、いい評価もあれば悪い評価もあるわけで
ある特定の人物なりを評価する場合、その両方に言及するのは公平な態度ではないか。
ファンが皆、その人物のことを誉めなければならない、ってのは幻想だし押し付けじゃないかと。
おれなどは、いいところもわるいところも見て、曹操というのが、個人的にやはり傑物だと
結論付けるけど、そうじゃない人らが多いってことなのかな。

584 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:48:59
>>538
李白や杜甫が荘周の影響を深く受けてたとしても
建安文学がなければその思想を根底とした芸術的な詩が作られることはなかった。


言ってる意味がよく分からん。
なんで建安文学がなかったら、良い詩が生まれないんだ?
詩ってのはその人の心の思いのようなものをそのまま文字にすることなんじゃないのか?


585 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:52:05
>>583
はっきり言わせてもらうが
君の書き込みに反論したり非難したりしてる人間が、
みな曹操好きだという思い込みからまず抜け出した方がいい
その態度がまず非難を集めるんだ
家臣団スレでも妙につっ掛かるような態度と言われたろ

586 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:53:45
>>582
二行目もちと違うかな。
建国自体は開祖とそれを取り巻いたちからによるけど
その政権が存続できたのは、開祖だけの功績ではない
という感じ。
よくいる(た)でしょ、劉邦は漢朝400年の基を開いたから偉いといって譲らない論をぶつ人。
それを現出せしめたことは、「当時」では比類ない功績だけど、それが400年続いたことまで
一人の功績にしてしまうのが、評価としておかしい、という話。
これは例えなんで、ここには食いつかないでねw

587 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:54:51
>>585
それは違う人じゃないか?
なんで?おれは曹操好きだっつってるのに。

588 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:55:39
>>584
きみ、詞や小説を書いたことないだろ
カルチャーってのは常に前人の積み重ねたものの上に立っていくんだ
その前人を否定しても肯定しても
ゼロから何か出来てるなんて幻想もはなはだしいよ

589 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:56:13
信長だろ

日本人が信長のコピーみたいに見るから
曹操も偉大に見えるだけ
日本人も忠義に疎い薄情な人間が大嫌いな種族だったら
信長も今頃は曹操みたいにボロクソに言われてるぞ




590 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:59:31
>>588
生粋の馬鹿だなw
天然にしても痛すぎるぞ
李白や杜甫もゼロから詩を書くわけ無いだろ
それに深く影響を与えたのが荘子の思想ってこと

591 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:59:36
曹操が……
信長のコピー?

592 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:04:07
>>590
>>584の書き込み、ちゃんと読んだ上で言ってる?
もしかしてさっきからいる日本語の不自由な人?

593 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:04:19
>>590
それを詩という形にすることができない、ということなんだけどな…

594 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:12:12
>>593
ようは「文字」さえあればいいんだろ?
それがなんで詩を作れないことになるんだよ
どんな文字でも代用なんて効くだろ


595 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:13:39
>>592
日本語の不自由な人って、もしかしてさっきから長文書いたりしているおれのことか?
かくも文章とは難しいものだ。
そういうおれも、べつに曹操の興した建安文学を否定などはしない。
けど、それが李白や杜甫に直接結びつくほど不動の影響かどうかには懐疑的なだけ。
それを説明するのに王朝のはなしを例えにだしたのだが、まぁそれはいい。
だから評価としては、中国の文化の様相を変えたというあたりでいいじゃないか。
超有名人たる李白らが、曹操の恩恵を受けているみたいな言い方はどうかと思う。それだけ。

596 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:13:56
>>594
……もはや言葉にならんな…

597 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:14:24
とりあえず曹操信者は「建安文学」の偉業ってのを書いてみるべきじゃね?
兎角、詩のことになるとそれの一点張りで何が凄いのかさっぱりだ。

598 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:19:00
>>595
>>594が君と同じ人物だとしたら、君は基本的に文化のことが何もわかってない。はっきり言うとゼロだと思う

たぶん他の事柄についても同じように、根本的に自分に都合のいいようにしか解釈してない可能性がある

ここへ書き込む前に、誰か現実世界にその意見をぶつけることをオススメする

文字さえあれば詩ができるなんて、ここ数年一番のビックリ発言だ。マジで

599 :592:2008/05/02(金) 19:19:20
>>595
ごめんな、幼稚な戯言しか語れない俺で。
すっかり俺みたいな愚物と同一視されちゃったみたいだな。
俺もそういいたかったのよ。
そもそも曹操の詩と李白、杜甫の詩って全くテーマ性も、内容も違うのにどうして曹操の建安文学がそこまで関係してるって言い張れるのか謎なんだよな。

600 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:21:58
>>598
では、「文化」とはどういうものなのか
詳しくご教授しておくれ
お前は人の意見を否定してるだけで
人を頷かせるほど納得の行く意見を言ってない

601 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:23:44
>>599
すげーわかりやすく言ってやる
漢字がないとカタカナも生まれなかった
ってのと同じ理屈だよ
カタカナに似たものは出来ても、それはたぶん今と違う形になるの

602 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:27:05
>>600
>>599を読め
それでもわかんねーならJラップとビートルズの関係を考えろ。それでもわかんねーならエラリークインやエドガー・アラン・ポウと村上春樹について考えろ

603 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:28:55
>>601
その似たもので詩を書けばいいだろ
漢字じゃないと、人の思想まで変わっちまうのか?


604 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:29:21
そもそも建安文学の第一人者は息子の曹植でしょ

605 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:31:14
>>598
そこまで喧嘩腰になられると、こちらも虚心ではいられなくなるな。
本日のおれのレス
>>539 >>543 >>545
>>560(ここで、流れとズレた。すまん)
>>562 >>564 >>567 >>568 >>580 >>583 >>586 >>587 >>595
以上。そちらも抜き出してみなよ。
自分でも何が間違っているか反省してみるし。

>>601
そう、その違ったものになっている「だけ」なんだ。
今はこうなっているが、それがベターなことかはわからない。
曹操の文学が影響を与えてはいても、誰かが言ったように変質もしている
その変質している部分を担った人らの功績を度外視して、すべて根本の曹操だけを
評価するのは、不公平な評価のしかたなんだ、ということ。

606 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:32:24
>>603
ホントに理解してないのな。いいわけねえだろ
芸術は思想だけが重要じゃねえの
形にも意味があるんだよ
形が変わったら評価だって変わるの
よい思想家がみんなよい詩人になると思うのか?


607 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:33:51
>>603
李白「え!?
   建安文学って実はなかったの?
   ふーん、まあ、俺には関係ないやな
   なに?詩を書く時も漢字を使うな?
   じゃあ、他の文字で書くか」

ってことだよな。
何の問題もなさそうだな。

608 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:34:33
臭いξ

609 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:37:37
また文字か

610 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:37:59
>>606
荘子は思想家
李白、杜甫は詩人

なんで思想家が詩人になっちゃうんだよw

611 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:38:11
>>603
馬鹿
ばか
バカ
ばーか
どれが、しっくりくる?

612 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:39:38
>>609
曹操厨を釣り上げる絶好の餌だなw
ガノトトスを釣りカエルで一本釣りにするより
効果があるみたいだ

613 :603:2008/05/02(金) 19:40:57
>>611
せめて変態と言え!

614 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:41:38
釣り上げられた曹操厨とやらに、まともなロジックがないような気がするのですが…?
>>611のことですよね?

615 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:44:23
【目標を達成しました】

:報酬
 曹操厨の妄言、曹操厨の戯言、曹操厨の必死さ

616 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:47:08
>>610
何言ってんだ?

617 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:47:17
本人なら>>613の大器に感服でワロタww


618 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:48:05
おれは手放しで曹操を褒めちぎることはないが、曹操は好きだから
分類としては曹操厨になるのか? う〜む…
ちなみに、日本の戦国では信長が一番好きだったりするw

619 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:50:04
信長が茶の湯を擁護した結果、利休などの人物が後世にも伝えられる様になったと言えばいいじゃん。
全てが信長の功績だと言うのも暴力的だけど…結果として貢献したわけだしさ。
文化への貢献は二人ともあったでいいでしょ。

620 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:50:41
>>619
正解。

621 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 19:52:50
>>619
大正解

622 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 20:02:02
>>619
正論だね
曹操厨には李白、杜甫の詩は曹操あってのもの
らしいけどね

623 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 20:03:28
>>622
不正解

624 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 20:04:04
いや、あってるだろw

625 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 20:06:31
本日のベストレス
>>611

まさか、これほどとは

626 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 20:07:15
>>622は曹操と李白らの詩にほとんど関係ないと言ってるんだから、>>619の言わんとしてることに反してるだろ

627 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 20:11:26
そろそろ信長についても語ろうぜ

151 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)