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関羽は愚将か名将か

1 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 18:02:35
関羽ってイマイチ凄い奴なのかショボイ奴なのかよく分からないんだけど、
皆はどう思う?

2 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 18:06:50
名将

3 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 18:10:07
性格は愚
将としては名

4 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 18:18:07
仲間に殺されるような奴は欠陥品

5 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 18:21:12
少なくとも徐州時代からの古参にすら見捨てられてる事から、性格はそう素晴らしい物ではなかったらしいな

6 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 18:55:48
見捨てられたんじゃなく、見限ろうとしたら裏切ったって感じだろ

7 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 18:58:43
荊州を任せた劉備が悪い

8 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 19:01:27
劉備軍最古参のプライドが将器をも鈍らせたってカンジ。

9 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 20:40:50
もともと傲慢だったが、ピンチに陥った事で余裕がなくなり更に傲慢になったんだろう。
一部将としては優秀だったが、諸将との兼ね合いが必要な司令官としての才能は
それほどでも無かったんじゃないかな。
優秀な補佐役がいればって事になるが、関羽を御する事ができる人なんて
劉備ぐらいしかいないだろうし。

10 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 21:56:59
名将と言えよう


だが学徒出陣公には遠く及ばぬ

11 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 23:14:43
>>10
三戦板粛清名簿
http://ex21.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1195201294/l50

おまえみたいなアホがいるからこんなスレが立つ。

12 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 23:41:09
関羽の長いおヒゲをチョキチョキと切りたいなあ

13 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 23:48:22
>>12

おっきなハサミを用意しないとね♪

14 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 23:56:16
関羽のヒゲって売り出したら、1本何円で売れるだろうか?

15 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 00:57:17
チャンコロなら億でも買うだろうな

16 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 01:14:05
名将の定義は?

17 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 02:09:13
俺のおヒゲ

18 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 02:09:56
関羽はしょうゆラーメン派? 味噌ラーメン派? 塩ラーメン派?

19 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 02:40:41
名将というより猛将ってイメージ

20 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 10:45:32
>>18

塩ラーメンに決まっておろーが。

氏にたいか?

21 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 12:22:30
しょうゆトンコツラーメン最強説

22 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 13:28:40
坦々麺に一票。蜀だし

23 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 14:24:06
唐辛子

24 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 19:51:14
まあ俺が指揮するなら関羽を大将に使うが、直接指揮できない太守や都督なら張遼のほうを選ぶ、そういうことだおまえらもそうでしょう

25 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 04:17:05
張遼もええかげん、偏屈な性格だと思うが

26 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 04:43:11
李典こそ至高

27 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 09:49:21
誰かBSジャパンの中国歴史ドラマ「関羽」観てる奴いない?

28 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 10:15:08
見てるけど?

29 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 10:44:48
>>4


30 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 11:41:57
関羽は武人としては一流だが、指揮官としては二流が定説。
呉に隙を見せたり、裏切りが続出したりしたことがその根拠。


31 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 12:05:35
関羽は天下無双の豪傑ではあるけど
自他共に認められてる中原を震撼させたほどの武威ゆえに
性格に傲慢な部分があることも指摘されてるからね。
それでも兵卒、民のような身分の低いものには優しかったらしいから
俺らみたいな者には有難い人だろうな。
恐らくキツイのは同僚だろう。

32 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 12:07:27
>>18
日本人ならしょうゆラーメン

関羽もきっとしょうゆラーメンを選ぶはずだ

33 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 12:11:58
指揮とかで見たら張雲の方が優れてそうだ

34 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 12:53:02
>>32
関羽は日本じゃないだろうw
だから味噌ラーメン

35 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 14:30:30
関羽は和歌山ラーメン

36 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 19:32:24
関羽は戦は強いけど、器が小さい
人間としては狭量だった感じ

37 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 19:57:36
結構負け戦も多いし、強いイメージもないなw

38 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 19:58:18
http://captain.jikkyo.org/img/ribbo/src/1190118023668.jpg

コリアンの漫画w


39 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 20:16:02
>>30
それは指揮官の責ではなく、
政治家の責だ。
指揮官としては有能だが、
政治家としてはアホ、と記すのが正しい。

40 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 20:24:25
無理に指揮官と政治家に分けないでも、
後方に敵を作る行為は指揮官として無能だし。

41 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 20:44:34
つまり曹操や劉備も無能だと言いたいわけか

42 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 20:54:41
なんで関羽厨はすぐ他者と比べたがるんだろ。
関羽がどう優秀かを語ればいいのに。

43 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 20:58:30
表面的なことですぐ無能とか極論に走るただのアンチよりはマシだろ

44 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 21:07:14
指揮官の資質を表面的?
なにを基準で語るんだ。

45 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 21:15:55
資質が無いという理由が表面的だと言ってるんだが

46 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 22:37:55
戦慄のオナニー将軍関羽

47 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 23:08:19
関羽は自慰なんてしないよ。

48 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 00:31:03
気持ち悪いからマジでやめてくれそういうの

49 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 00:46:51
関羽厨はすぐ下ネタに走るから嫌いだ

50 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 07:19:10
愚将

51 :漢の献帝:2007/11/19(月) 07:59:18
少なくともタイマンで関羽に勝てそうな奴はいない。


52 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 08:35:01
関羽ザコだよ、呉にもっこもこにされてるし

53 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 09:06:07
>>47
関羽は辞意しない

54 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 09:33:24
個人的な戦闘力なら優秀、将としては落第点

55 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 09:43:45
愚将とか無能とかだけじゃなくちゃんと理由も書いてほしい

56 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 10:51:51
おヒゲ魔神関羽ちゃん

57 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 12:30:45
いい所も少しはあるが悪い所の方が多い

58 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 13:19:40
>>46
関羽の夜のおかずは実は周瑜タソ

59 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 13:37:54
夜な夜な関羽にレイプされる悪夢に悶えて逝った周瑜……

60 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 15:07:49
ヒゲがズリズリしていて、頬擦りされたら痛そう。

61 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 16:16:55
曹操に情けをかけて
取り逃がしたのは、愚行


62 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 17:41:35
>>60
じゃあチューだ

63 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 18:05:21
>>61
でもそこで曹操を斬ってたら今日の関羽信仰は無かっただろうな

64 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 18:36:47
関羽率いる兵って(本拠地ガラ空きでハン城攻めに逝く位だから)そんなに多くはなかったと思う。

そんな関羽相手に魏呉とも大軍で潰しに来たからにはしゃ〜ないゆーたらしゃ〜ないでしょ…

魏呉と同時に戦うきっかけ作った関羽も悪いが…

蜀の勢いは本物だし、さらに関羽がそのまま荊州守り抜いたら天下は蜀のモン…っていうプレッシャーが魏呉にもあったと思う。

魏呉揃って大軍と奇襲を持って関羽を潰す位だから、確実に倒すというよりも勝負をかけたという印象が強い。

魏呉にそこまでさせたからには、それだけ関羽という男の強さと大きさがあったと思う。

65 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 18:39:47
>>4

つまり信長、義経は欠陥品ということだな。

66 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 18:47:35
関羽は外交下手なだけで戦は上手い方。


67 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:13:42
>>55
それが書けたらアンチなんてやめてるよw
ようは単なる嫉妬でしょ。
失態を針小棒大に語りだすのはアンチの特徴だからね。
正史評に加え、演義での活躍っぷりも見れば関羽は十分過ぎるほどの
名将と言える。

68 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:23:39
キモい

69 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:24:21
野戦経験しか無いはずなのに、
ジョウヨウ陥としたりしてるからなぁ。
曹仁の居るハン城はダメだったけど。
少なくとも有能と言っても良いと思うんだが。


70 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:29:30
歴史語ってる時に嫉妬なんて言葉使う奴初めて見た

アンチ曹操もアンチ孔明もアンチ上杉もアンチ武田も皆嫉妬してるんだね

71 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:29:40
関羽は後世でも豪傑、名将の例えとして名が上がるくらいだしね。

72 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:33:58
>>67
おい!
>>70様が必死になっちまったじゃねえか!

73 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:38:17
>>72
おいおい嫉妬するなよ

74 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:39:14
>演義での活躍っぷりも見れば
関羽厨は、歴史書と小説の区別もできないんですねw

75 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:41:26
いや、>>67はちょっと改変すれば何にでも応用できる名文だ

76 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:48:46
>>69
普通に南荊戦であるでしょ。

77 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:50:34
>>74
関羽評には正史、演義共にそれほど差異はなし。
ただ演義には活躍場面が大幅に増えている。
正史と演義では人物像がまるで違うということはないよ。

78 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:54:29
関帝に嫉妬する小日本人乙w

79 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:55:02
関帝に嫉妬する小日本人乙w

80 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:55:15
関帝に嫉妬する小日本人乙w


81 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:55:59
関帝に嫉妬する小日本人乙w


82 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:57:54 ?2BP(3040)
関帝に嫉妬する小日本人乙w

83 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 19:59:26
>>76
あ、そっか。


84 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 20:00:36
関帝に嫉妬する小日本人乙w


85 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 20:02:20
>>69
ハン城にしても、その包囲網に曹操が関心したという記述があるから、
陣地の構築、城攻めのノウハウもしってったっぽい。
そういや水軍もつかっているんだよな、
なにげに多芸だぞ。

86 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 20:07:39
>>78-82おまえらどんだけ童貞脱出したいんだよw

87 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 20:17:58
関帝に嫉妬する小日本人乙w

88 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 20:42:06
関帝に嫉妬する小日本人乙でありますwwwwwwwwwwwwwwwwww
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

89 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 20:53:35
関帝に嫉妬する小日本人涙目で脱糞失禁wwwwwwwwwwwwwwwww

90 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 20:59:59
関羽たんはおちんちんおっきかったの?

91 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 21:22:30
323 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/19(月) 19:56:07.30 ID:enP9pwXlO
http://ex21.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1195203755/
このスレに
関帝に嫉妬する小日本人乙w
と書き込めば童貞脱出できます

皆の力を貸してくれ!

あーあ

92 :おっぱい(・人・)ぽいんぽいん:2007/11/19(月) 21:30:02
関帝国

93 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 22:19:29
>>90
コーンぐらい。

94 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 22:52:28
関羽とフレンチキス

95 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 22:59:02
>>51
いやいやw
張飛のほうが個人の武は上だからw

96 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 23:09:14
兀突骨にも勝てないだろうな
呂布と兀突骨が一騎打ちしたらどっちが強いんだ?

97 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 23:51:31
>>95
正史の話だろう

98 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 00:00:35
正史最強は典韋

99 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 00:38:38
関羽ビンビン

100 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 15:39:53
内政やらせても優秀だったようだし、
やっぱ問題点は傲慢なところと戦略眼か。
孔明が益州に行ったのが悔やまれるな。
とはいえ、鳳統死んだ時点で援軍の指揮官は
孔明しかいないし、そうすると荊州任せられるのは
関羽だけだわなあ。

101 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 23:19:02
むしろ
名将とまで行かなくても十分に驚異的な勇将で無い場合は
おべっかや司令官の配置転換までさせて油断させなきゃならんってのは
呉はヘタレすぎになるな

102 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 23:40:39
その程度で油断して本拠地ガラ空きしてるからなあ。
関羽の性格を完全に把握した上で手玉に取られただけだろ。

103 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 05:07:38
どの程度だよ!
この戦争で陸遜の評価がうなぎ上りになったのにか?
たいした事が無いと?

104 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 08:16:44
夷陵でも苦労してるし、うなぎ上りと言うほど評価はないと思うが。
この荊州戦は、ほぼ無血で一城どころか本拠地を手に入れてるからな。
世界史を見ても外交以外で損害を出さずにこんだけの成果は稀だしな。

105 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 10:18:57
>>104
これは同意だな。呂蒙や陸遜の評価が高いのは関羽を撃破したことよりも
損害の少なさと獲得した領土がでかい為だなw

106 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 13:41:04
関帝に嫉妬する小日本人乙w

107 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 18:20:00
関帝に嫉妬する小日本人乙w

108 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 23:12:11
誰か荊州で関羽が楽進によって撃破された戦の詳細を知らない?
兵力差とか、色々と。

109 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 23:31:12
>>108
関羽自身を撃破したのか、ある地域に駐屯していた単なる一部隊を撃破したのかすらわからないからなあ。

110 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 23:35:35
そもそも
「後從平荊州、留屯襄陽。撃關羽蘇非等、皆走之、南郡諸郡山谷蠻夷詣進降(于禁伝)」
ってことは楽進と戦う以前に劉備と分かれて江陵へ向かって関羽は逃走中だったんじゃねえの?

111 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 23:40:01
関羽に対して(A程度の損害を蒙ったが)、B程度の損害を与えて退けた=撃破した。
くらいのニュアンスじゃないだろうか。もちろんA≒B。
大体215年の3万から微増したとして、守備兵と孟達の部隊を引いた数だけでも曹仁、ウ禁らと渡り合えるのは脅威。
背後を衝かれたのは否定的な意見しか持てないが、
指揮官としては紛れもない猛将だったことだと思われる。

112 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 00:13:36
>>108
史料が少なすぎて兵力差なんかは分からんけど考察としては↓が面白い。
tp://blogs.yahoo.co.jp/antoine_henri_jomini/33866446.html

113 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 20:38:20
名愚将

114 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 22:00:47
>>109-112
おう、よく分かった。サンクス。

115 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/23(金) 18:04:55
>>111
幾つか質問があるのだが。

益陽に三万の軍を対峙させた時、公安、南郡の守備兵は置かなかったのか?
置いてのであれば三万から守備兵を引くのはおかしくないか。

215年から4年もたっているのになぜ微増しかできないのか?
208年頃2万程度の兵しかもっていない劉備が劉璋から兵を借りてる分を合わせても
212年で益州攻めと荊州の守りで少なくても5〜6万以上は増やしている。

孟達の兵は関羽軍のものか?
宜都太守になっているし、独自の軍では?

116 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/23(金) 21:58:00
A 208〜210:長沙郡、桂陽郡、武陵郡、零陵郡
B 210〜215:南郡、武陵郡、零陵郡、長沙郡、桂陽郡
C 215〜219:南郡、武陵郡、零陵郡

で兵役人口はB>A>C。
最多のBの時期に劉備、張飛、諸葛亮、趙雲ら数万が入蜀に動き、残りは3万。
既に大規模な徴兵と徴発を行い、母数自体も減っているので、
四年かけようがA、Bの時期のような急増はないのは確実。
「恩恵と威信が云々」とあるように、あまり過酷な軍拡はやっていなかっただろうし。

宜都一郡で独自の軍を編成出来るほどの地力があるとは思えず、再編成時の集合離散の結果と思われる。
公安、南郡の守備兵にしても、万余の兵を置けるほどの余力があるなら
三郡をあっさり掠め取られることもないだろう。せいぜい数千の申し訳程度。

117 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/23(金) 22:39:01
三国時代の人口比率は結構変わってるぞ。
治安の悪い地方は少なからず登録された人口が激減りしとるし、A>C
ではなくC>A、やはり南郡は交通のみならず人口が多い為、呉に狙われてる
わけだし。

>四年かけようがA、Bの時期のような急増はないのは確実。
215年から222年にかけて益州で大規模な徴兵と徴発を行っているが、
諸葛亮が227年で大規模な軍事活動ができるまで徴兵している。

>「恩恵と威信が云々」とあるように
あくまで過酷であってかなりの軍拡はありえたと。

>再編成時の集合離散の結果と思われる。
それは益州からの増加もありうるわけで3万から微増の根拠は?


118 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/24(土) 00:13:01
南郡は南半しか持ってない。
C>AだとしてもB>C。
治安云々で未登録の人口があったとしてもそういう連中の全てが徴兵可能とは限らない。
過半は入蜀と漢中戦に費やされただろう。連戦させるにしても指揮官を変えるなどありえない。

>それは益州からの増加もありうるわけで3万から微増の根拠は?
益州から増やすなら指揮官付で送ってくるはず。万余の兵なら必ずな。
仮に急募したとして、どんなに増やしても倍増はないだろう。よって微増。
維持コストというものを考えているのだろうか?

>諸葛亮
ああいう再建はそれ自体が奇跡。相当無理をしているのは間違いない。
夷陵クラスの部将の過半が戦死降伏するような壊滅的な大敗を食らうとたいてい滅亡に直行。
そんなものを当然の常識のように語ってもらってもな…

119 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/24(土) 18:04:13
移動にしても征蜀戦の荊州兵の帰還。
荊州兵全部をそのまま、漢中や益州の守備兵にするなんて考えられない。

>益州から増やすなら指揮官付で送ってくるはず。万余の兵なら必ずな。
夷陵での指揮官なんて重要な地位にある馮習なんて
名前ぐらいしかでてこない。
送っていても記録に残らないなんて蜀史では結構ある。

>仮に急募したとして、どんなに増やしても倍増はないだろう。よって微増。
一年で五千人徴兵しても四年で二万。
まあ、三万から五万になっても倍増以上でないと微増らしいのでこれはこれで。

>維持コストというものを考えているのだろうか?
呉は揚州一国で十万ほど南荊州と併せて二十万ほど維持できてた、
まあざっと国力が倍増しとるな。

>ああいう再建はそれ自体が奇跡。
別に荊州はあれほど酷い状態でもなんでもないわけだし、徴兵がまともに
できないわけではない。

三万から微増−守備兵−孟達から五万に変われば倍増してると思わないか?


120 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 16:59:01
>送っていても記録に残らないなんて蜀史では結構ある。
それはそうなのだが、馮習だのは劉備の本陣付の士官の筆頭に過ぎないだろ。
手勢が万以下の援軍をわずかな数だけ送っても助けになるとは思えない。
将一人兵千の部隊を十人単位で送るくらいなら
譜代の指揮官の軍団を新設するのでそれもありえない。

荊州に限っては領土(収入)が五郡から三郡に減ってるのに、
常備軍(支出)が倍増近くまで拡大しても運営が成立する、という仮定が理解出来ないんだが。
215年に必死こいて徴兵したであろう三万を維持するだけで大変。

あと漢中戦は地味すぎるが死闘といってよく国運のかかった勝負だった。
曹操相手に一度も勝ったことのない劉備が
貴重な主戦力を関羽に与えるほどの自信も余裕もなかっただろう。
前哨戦となる夏侯淵との連戦も、係争拠点を大軍の利を生かして締め上げる戦い方。
実戦経験も向背の定かも知れない益州兵をいきなり運用出来るとも思えない。

121 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 19:20:38
問題の益陽に三万の布陣。
于禁七軍にも匹敵する三万もの大軍。
当然に関羽一人が指揮できるはずがなく、関平と趙累?ぐらいしか名前が
出てこない。指揮官の軍団の名前自体がまったく謎であり、
将一人の一軍(だいたい五千人)を三、四人行き来してても不思議でもないでしょ。

>215年に必死こいて徴兵したであろう三万を維持するだけで大変。
これも孫権が攻めてきたから徴兵ではなく、最初からいた守備兵かと。
でないと魏からの防御をしていなかったことになるし。

収入に関しては五郡から三郡で五分の三に減少してるように見えるが
メインは江陵や公安あたりの南郡。
長沙なんて太守に任命されても加増がほとんどなかった。

>あと漢中戦は地味すぎるが死闘といってよく国運のかかった勝負だった。
漢中戦が地味なんて思わないが、確かに国運の懸かった勝負だと思う。
しかし、荊州もいくら同盟したとは言え、狼煙台の建設など孫権が敵に回って
いたと考えていた。本拠地である荊州を手薄にできるはずがない。

益州兵にしても、征蜀戦しながら徴兵を行っていたし、降伏兵もいる。
新兵ならまだしも実戦経験も向背の定かも知れないではない。

122 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 21:35:13
>益州兵にしても、征蜀戦しながら徴兵を行っていたし、降伏兵もいる。
>新兵ならまだしも実戦経験も向背の定かも知れないではない。

荊州兵は戦術教義の理解と信頼性において『知れないではない』どころではない。
使えるかよくわからん連中に囲まれて、
夏侯淵と曹操率いる中国最強の陸軍相手に勝てると劉備が思う根拠を考えてみればいい。
荊州の地を割かれたのは益州が危うく、益州が危うい原因は漢中が魏の手中にあるからだ。
関羽が領していた3万では確実に押さえられたのは南郡だけ。
結局兵力の及ばない範囲は失ったのに、3万で守りきれる土地にどうしてそれ以上の遊兵を置くのだろうか?
呉は合肥を攻めにいき、蜀は漢中を攻めにいくのに、だ。
片方だけ均衡を崩すような兵力を抱えていれば、
荊州方面での軍拡競争をせざるを得なくなり、結局は二正面作戦になる。

南郡 戸数16万 人口74万
武陵郡 戸数4万 人口25万
零陵郡 戸数21万 人口100万
長沙郡 戸数25万 人口105万
桂陽郡 戸数13万 人口50万

後漢書郡国志がどれほど三国時代の参考になるかは知らないが、
これを見るとどう見ても南郡はメインではない。
劉表治下で伸びたといっても、呉蜀が押さえていたのは南半分だけだから実数はこれ以上に少ない。
また蛮族の縄張りである武陵郡以外も当然増えてるはずだろう。
五郡で350万が二郡半で200万未満になった計算になる。
税収が減った以上、規模を維持出来れば上出来なはずなのだが。

『3万から微増』なのか『4、5万にまで増えた』のか、
あるいはそれ以上なり以下なりになったのかは、史料からは読み取れない。
だが、荊南に二度も三度も大軍を徴兵出来るだけの地力と人口があるなら劉ソウは降伏しないし、
そんな苛政を敷いていれば侯音に期待されるどころか南郡自体が危ういのは自明の理であろう。

123 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 23:08:37
>後漢書郡国志がどれほど三国時代の参考になるかは知らないが
ほとんど当てにならない。
Wikiで失礼だが後漢末期(永寿3年、西暦157年)は5600万を数えた人口が、三国末期(西暦263〜280年)には
760万人台にまで減っており、およそ七分の一になるまでの減少である。
南郡を七分の一迄減らすと十万、とても三万もの兵力を養えるはずもなく、
逆に長沙郡なんて減らしても三十万以上いる。
この時期だいたい一割が軍人に徴兵してるから三万以上養える。
それなのにそんだけの大都市を軽い扱いしてる。
そして豪族や難民の大移動や、人狩りに近い移住。
党錮の禁なんか起きてるが賄賂による地方の採取が尋常ではなく
人口の空白地帯ができていたのだろう。

124 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 23:15:30
>人口の1割を徴兵
これ本当に国家として成立するのか?

125 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 23:37:37
蜀末期だと百万の人口に十万の兵士と四万の役人。
蜀はちと異常だが人口の14%が公人だった。

126 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 06:04:11
中国の人口は把握できている分だけだよ。
反乱が起こったり、新たに占領した土地とかは、当然調査がおざなりになる。


127 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 14:25:09
ゲームじゃないんだからそんな簡単に徴兵出来るはずがないわなあ

128 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 01:26:58
徴兵はわりと簡単にできるよ!
維持できないだけで

129 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 19:48:55
ていうか益州がそんなに人口少ないわけないやん。
んなの刑州の一部の郡とそんなに変わらんぞ。
100万ぽっちで戦えるかいな。

魏にしても、たったの50年たらずで、黄巾の乱のときの、
中国の全体の人口の三倍にまで増えるか、ねずみじゃあるまいし。

130 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 20:10:32
>>129
魏だと陳羣や杜恕が十分の一になってしまうほどの全国的な人口減少してると発言が
あったり、魏は10州の地を領しているが、戦乱の疲弊により、戸口を計れば昔の1州にも満たない
とか、あるんだぞ。
荊州の一部の郡とそんなに変わらんとはどういう意味ですか?

131 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 21:59:08
だからそれは調査漏れ。
官憲の支配が及ばない土地になってんの。
周辺諸国に移民したものもいるだろうが、それは少数派だろうな。
あとは家屋敷が焼失してしまって、親戚の家にご厄介になっているとかだろうな。

ていうかたったの数十年で人口が一割近くにまで減るなんてあるわけないだろ。
独ソの殲滅戦だってそこまで減ってない。
そしてその後数十年で何倍にもなるわけねーだろうが。
昔はぽこぽこ産んでも、二十歳前に大半が死ぬのが普通だったんだから。

>荊州の一部の郡とそんなに変わらんとはどういう意味ですか?

後漢末期の刑州では一郡で100万程度の人口がいた。
中原とは違い、刑州や益州はそこまで戦乱に巻き込まれたわけではなし、
また中原から避難民が大量に押し寄せたことを考えれば、
そこまで人口が激減しているとは考えにくい。

132 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 22:01:40
あと、いちいち大げさにいう中国人の発言を間に受けるなw

当時の中国の軍閥が、みな項羽みたいに皆殺しにしてでもないかぎり。
そこまで減らんよ。

133 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 23:29:58
曹操が徐州、あとは司馬イがそういや遼東でやってたな。
このくらいかなあ。三国志を代表する大虐殺は。

134 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/02(日) 18:44:53
虐殺が全国的な人口減少の理由にはならんだろw

135 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/05(水) 00:27:29
14%なら北より低い。

そもそも魏晋寄りの正史に「曹操が遷都を考えたほど」とあるのだから、一軍を率いる将軍としては有能だったと見るべきだろう。

つか関羽の北上に合わせて中原では賊徒の蜂起が多発するんだよね。
そこで「侠客として関羽」の力を考えて行かないと本当の評価はできない気がする。

演義の侠客代表周倉は架空の人物と言われているけど、これは周倉的な任侠たちが関羽に従ったのが後世伝説化したという見方が出来るわけでね。

侠客や説客のネットワークや影響力というのは当時は無視できないものだし。そういう見方から関羽を見ると後世神格化していく理由も見えてくる。

136 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 10:18:56
>>135
蒼天読みすぎ

関羽が侠客だった何てのは俗説に過ぎない
賊徒との折衝は確かにやってるし上手く行ってた時期もあったが
彼らは基本的に印綬という劉備陣営の地位の確約あったればこそ魏への叛乱なわけで
それはつまり漢中王劉備の威光、関羽の武威とその名声のお陰であって
仁義とか侠客ネットワークだとかそんなもんじゃない

137 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 11:04:35
関羽タソの恋人はだあれ?

138 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 11:42:28
>>137
馬鹿ものがっ!


リュービ様に決まっておろうが

139 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 14:38:14
関羽が好き。。。

140 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 20:32:20
侠客は知らんけど、ネットワークは士人・大夫階級のものが侮れないよな

141 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 22:51:58
関羽コーポレーション

142 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 23:38:15
関羽はラーメンを作るのが上手いよ。

143 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/07(金) 01:13:00
>>136
> 彼らは基本的に印綬という劉備陣営の地位の確約あったればこそ魏への叛乱なわけで
> それはつまり漢中王劉備の威光、関羽の武威とその名声のお陰であって
賊徒は関羽に呼応して蜂起したわけじゃなくて
元々賊徒だった連中に関羽がお墨付きを与えただけだよ。
結局その賊徒を退治した人物の名前も一切残っていないから大した影響力もなかったかと…

144 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/07(金) 11:47:57
>>142
しょうゆ味? 味噌味? 塩味?

145 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/07(金) 14:29:11
関羽はねぎ塩ラーメンが得意

146 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/07(金) 18:05:37
やっぱり関羽って課題評価なんだな

147 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/07(金) 19:23:32
花台評価

148 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/08(土) 11:43:51
曹否にも関羽は認められてた

149 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/08(土) 11:49:01
関羽信仰だと思う
この人なら負けないって一平卒までも思ってて強いんじゃないかな

150 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/08(土) 12:04:13
こんにゃく関羽

151 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/08(土) 14:44:00
強いだけ腕力バカ、高慢で人の上に立つ人物ではない。
過大評価


152 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/08(土) 16:19:18
高慢で人の上に立つ人物ではない。


・・・曹操もそうなっちゃうぜ?

153 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/08(土) 17:06:41
関羽はジーコ
選手時代は凄かったけど、監督としては(ry

154 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/08(土) 21:04:26
換羽ってそもそも強いの?武勇と将軍の能力は別だろ
戦強くないんじゃねーの

155 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/08(土) 23:17:59
関羽はテレビ朝日

156 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 00:12:54
関羽は蜀将の中では充分有能だろ
他に人がいなかったんだよ

157 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 01:16:49
檸檬色の関羽

158 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 01:41:37
関羽ゴーイングマイウェイ

159 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 12:10:33
結局、関羽と張飛はどっちが強いの?

160 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 12:47:53
俺様関羽に決まっておろうが

161 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 12:54:38
関羽は最強だ

162 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 12:57:58
関羽は最強だ

163 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 13:17:46
関羽は最強だ

164 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 14:13:06
名愚将

165 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/09(日) 15:04:53
換羽は最強だ

166 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/10(月) 00:24:16
羽を換える?

167 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/10(月) 04:16:37
age

168 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/10(月) 16:07:13
関羽校則道路

169 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/10(月) 20:26:25
蜀の目的が中原の回復ならば
関羽が蜀を滅ぼした面もあるかなと思う
傲慢な面が少なければ曹様の首も取れたかもしれないし
曹様が死ねば魏なんてボコボコだし
関羽に諌言できる人がいなかったのが痛いですね
結果的に鳳雛を射ったスナイパーが魏を守ったに違いないずら



170 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/10(月) 23:40:12
曹操死んでも魏は安泰ずら

171 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/10(月) 23:44:17
おいおい、お前ら
関帝様がオーバーボディ脱ぐ前に謝った方がいいんじゃないか?

172 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/11(火) 02:00:13
関羽に愛の告白をしたい。

173 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/11(火) 12:52:54
関羽が慶州任せられたのは軍事的能力の高さじゃなく、荊州任せても独立したり魏や呉に裏切らないと劉備に信用されてたからでしょ。
武勇が優れてたといっても、武勇なんてのは歩兵の技術に過ぎないし、兵を統率して指揮したり戦術を立てたりする将軍や大将の能力とは違う。

174 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/11(火) 13:00:19
まぁ本来は、関羽の補佐に諸葛亮くっつけとくはずだったんがな。

175 :関羽:2007/12/11(火) 14:25:01
>>172
体育館の裏へ来い

176 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/11(火) 15:00:50
諸葛亮に荊州任せれば良かったような気がする。

177 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/11(火) 15:08:29
あれだ、劉備を二人に分裂させよう

178 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/11(火) 22:04:03
>>175
先生にチクるぞ。

179 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/11(火) 23:44:26
>>142
焼きソバ

180 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/12(水) 08:59:31
ソース

181 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/12(水) 23:23:18
ブルドック

182 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/17(月) 12:36:44
関羽は闘将

183 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/21(金) 23:29:35
ふわモテ関羽(笑)

184 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/22(土) 00:01:27
関羽は神様だ

銭の神様だ

185 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 01:12:22
関羽や張飛は程cに兵1万に相当する武勇の持ち主と
言われてたんだから、武勇に関しては蜀でも1、2を争うだろ。
問題は、指揮官としてだが、ビホウに裏切られてたり、ハン城
攻略中に呉に攻め込まれたりとしてることから、一流ではないと思う。

186 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 01:25:51
ツマンネ

187 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 04:02:41
名将ときどき愚将

188 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 06:43:32
裏切りが続出するのは強い者が出世する時代なら当然だし
戦国時代もそうだけど兵士の忠誠心なんて凄く微妙なものだったんだろ


189 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 10:19:27
兵士になれば飯が食えるって理由で志願してるやつが大半だろうからな

190 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 10:39:11
世間一般の認識=名将
ゲーヲタ、アニヲタの歪んだ妄想=愚将

これが事実だろう。
関羽を愚将扱いしたい奴は単なる関羽憎しで
1部の欠点をすべてのように誇大解釈してしまうからな。

191 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 12:27:13
>>190
世間一般の認識=忠臣、演技の関羽
史実=愚将

192 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 12:55:58
史実でも忠臣じゃん

193 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 13:39:25
史実では毎朝ちゃんとヒゲ剃ってたらしいね

194 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 13:50:20
世界史:三流の名将、神様
中国史:二流の名将、商売の神
三国志:一流の名将
馬鹿の脳味噌:グショウ

195 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 23:30:54
>>194
惜しいな。
中国史においては関帝はオールマイティな神様。

196 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 09:07:02
関羽を愚将とかいう奴は世間からもさけずまれるような
友人、彼女がいない孤独死確定の奴らだから気にするな。

197 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 10:16:01
>>181
関羽ファンドに乗っ取られろ

198 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 01:30:25
魏だと兵は世襲制で一般民よりも低く見られ、お互いの婚姻もままならなかったらしいが
呉蜀の兵制はどうだったんだろうね。

スレチ

199 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 02:14:21
 呉も似たり寄ったりだったらしい。
 呉の将軍が死んだり引退すると、その子か
縁者が部隊をそのまま相続したという。

200 :信玄:2007/12/25(火) 03:16:51
素直に考えて、関羽は名将だと思うが。
俺も三国志を知りたての頃は、演義への反発で、アンチ関羽、アンチ諸葛亮、アンチ劉備だった。
だけどきちんと正史の記述を読むと、やっぱり関羽は人物だと思う。
関羽、諸葛亮、劉備は、むしろ妙に贔屓されている演義への反感で損をしている。

201 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 04:17:11
 関羽は個人的な武勇では卓越していたし、曹操の
誘いを断って劉備の元へ帰った忠誠心は立派だと
思う。しかし彼はかなり傲慢で嫉妬深く、文官を
見下したり、馬超のような新入りの武将に敵愾心を
燃やしたりしていた。人生の最期に味方の裏切りを
招いたのもそうした人格的欠点と無縁ではないと
思う。名将というより勇将というべきでは。

202 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 05:09:56
相変わらずツマンネ

203 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 11:25:51
半歩ほど上の将軍職になっただけの黄忠にさえマジギレする
許可なく脱走して、仕事を全うしようと関を守る罪の無い役人を次々と殺す
無防備な顔良を不意打ちで殺す
最後は同僚に見捨てられて乙

張飛以下。こいつが故郷を追われたのも納得
顔良の地元では、未だに関羽のことはタブーらしい

204 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 12:12:57
そんな餌で俺が・・・

205 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 15:14:42
>>204
無知乙
顔良の祟りが畏れられて、どこにでもある関帝の銅像がないのは事実だよ

206 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 15:48:44
トリビアひけらかしたいだけならよそへ行け

207 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 17:28:32
関羽マンセーしてるやつって、スイーツ(笑)と同じ臭いがする

208 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 18:35:27
捏造、過大評価されすぎて本当の姿がわからなくなってるよなあ。

209 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 19:02:43
>>208
つ正史
万人敵、当代の猛臣、国士の風紀ありとは正史評にも書かれており
顔良を討ち取った話もちゃんと書かれている。
人柄に関しても「曹操は関羽の立派な人柄を評価した」ともあり
演義でのルーツともなる骨格的な人物像は
正史においてもそれほどの違いはない。

過度に過小評価に徹する連中の方が
よほどものを知らないんじゃないかな?
まあ、だからこそのアンチなんだろうけど。

210 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 19:19:01
>>209
都合のいい点ばかり並べて陳寿評なんかは無視してるおまえさんはどうなん?

211 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 19:30:56
欠点といえば、士大夫には傲慢で自滅を招いたという点か?
でもそういう部分しか欠点がないんだよな。
しかも、士大夫ってのは立場の高い高官ってことだから
俺らみたいな庶民的な目線から見ても好感が持てる。
劉備は元より、曹操にも認められた豪傑でもある。
性格の欠点のみを針小棒大に
見て取るからアンチ扱いされちゃうんだよ。


212 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 20:00:04
>>211
まあ、ああいえばこういうのもアンチだから
あんまり構わない方がいいよ
関羽アンチは視野が狭すぎて演義、伝説化は問題外扱い
正史でも評価されてる大部分の点は除外
そんな奴に何を言っても無駄

213 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 22:58:54
>>205
しかし、顔良の出身地以外は
中国のどこにでもある関帝廟ということか。
やはり、名将たる証だな。

214 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 23:12:12
関羽信者は関羽の銅像がいろんなところに立てられてる理由もわからんの?
女叩く→キモヲタ童貞乙、と同じようなレッテル貼りに逃げるしかないの?
この馬鹿髭にこの信者あり、ってこと?

215 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 23:39:04
だからそういう安っぽい釣りを言ってしまうから
アンチ扱いされてしまうんだよ・・・。

廟が立つというのは偉い人を祭った証拠ということ。
関羽は出身地が塩の産地ということあり、商売の神として宋代に祭られたのが
道教神としてのルーツとも言われているが、仏教においては既に隋の頃から
関帝菩薩として祭られていた。
そして、それ以降も関羽の様々な性格から武神、財神、学問神などオールマイティな
神格となり宋以降からは地位も向上の一途を辿り、清代ではついに民間信仰における最高神ともなる。
しかも、清代ではその信仰を宗教政策として実施しており、政治的にも関帝信仰は
非常に有意義であったとも言える。
明と清が中華の覇権を巡って争った際には、両軍が武神である関帝に祈りを捧げているという光景を
キリスト教の宣教師が目撃していたという記録もある。


アンチ扱いされて悔しい気持ちはわからんでも無いが
何か言う時はそれに伴う証拠もちゃんと意見しようね。






216 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 23:47:57
>>215
正論でアンチを叩き潰すなw
もう少し泳がせれば、更にアホな妄言を連発してくれる
チャンスだったのにww

217 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 00:57:25
>>211
>欠点といえば、士大夫には傲慢で自滅を招いたという点か?
>でもそういう部分しか欠点がないんだよな。

 蜀の元長沙太守・リョウ立がこんな事言うとる。
 「関羽はその勇名を恃んで、戦の場合も戦術を無視して、ただ一意
進撃することのみに急である。そのためにしばしば損害を蒙ったこと
が多い」
 一対一の勝負では最強でも軍の指揮に問題があった。結局関羽は一
侠客から一軍の将へと脱皮できなかったのではなかろうか。


218 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 03:40:21
カンウの軍事能力はチョウヒ以下でしょ

219 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 07:08:17
張飛が北伐しても寝首掛れそうだが

220 :.:2007/12/26(水) 09:12:46
中国人から見れば名将+神なんだろ
他から見ればぼろ負けして失地して殺された愚将でも(w

221 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 09:41:13
>>218
張飛と魏延は蜀の中では軍事能力のみ考えたら優秀すぎるから仕方ない

222 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 10:28:31
何が仕方ないのか知らんが張飛とは役割も規模も全然違うので一概に比べられんと思うが

223 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 10:31:10
>>220
当時の人から見ても普通に名将だがな
ぼろ負けして失地した後でもその評価は全く変わってない

224 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 10:55:19
うわ宗教臭いw
池田大作先生をマンセーしてる創価信者とかわんねw

225 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 11:12:01
普通に正史に記載されてる事実を言っただけでなぜ宗教なのか
このスレのアンチは特に痛いな

226 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 11:40:20
「俺らはいたって正常。おまえらがおかしい。」どんな宗教に染まった人でも、みんなこういう同じ事言うのはなんでかなあ

227 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 11:59:04
>>226
スレ違い、よそでやれ

228 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 14:15:51
傍目にはアンチも信者もアホにしか見えない

229 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 14:29:32
三戦住民たる者、アホでなければならぬ

230 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 15:38:43
関羽が後に神格化されたのは名将だったからと言うわけではなく、その忠義心の厚さのためだろう。
関羽ぐらいの名将なんて中国史上いくらでもいるが、一旦敵に降りながらまた自分の意思で元の主君の下に戻った奴なんて中々いないからな。

231 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 15:42:12
独断専行で呉に攻め入ったこと以外はOKなんじゃないかねぇ
名誉挽回しようと焦ったんだろうか?
まずは素直にやられたと相談しにいくべきだったかな、と

232 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 16:12:02
>>222
>>221はまさにそれを言ってるように見えるんだが

233 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 18:17:10
>>232
そうは全く見えんが
軍事能力って言っても幅広過ぎだし

234 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 18:45:49
もう名将ってことでいいだろ。
正史でも、演義でも名将扱いなんだし。


235 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 19:00:49
正史を読む限り猛将とは言えるが、名将とは言い難いと思う

236 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 19:06:43
>>224
それは宗教そのものを誤解してる意見でもあるな。
現代の日本における新興宗教がそんな風に見えるのは
所詮、金儲けを企む程度の集団だからだ。
古くから存在する原始宗教の数々はどれもこれも物欲からの解脱そのものを
美徳と説くものが多い。
あんまりものを知らんようだし知ったかぶりはやめた方がいいよ。

関羽?
名将でしょ。
三国時代ではトップクラスの存在じゃないかな。
落ち度より、活躍度の方が圧倒的に上。
正史での記述は簡素なものだが、逆に尾びれがついてるようなエピソードがないだけで
当代の名将だと思える記述は十分に見て取れる。

237 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 20:14:13
でもケイ州失陥はかなり痛いな

238 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 22:39:43
>>235
関羽伝だけ読むとそういう感想になるのは分かる
魏や呉側の記述を読むとまた印象は変わって来るんだがな

239 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 22:58:06
カンウの愛

240 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 23:20:11
>>238
関羽は後世でも豪傑の代名詞に
使われるほどだぞ
魏や呉から見れば、所詮は敵
そりゃあべた褒めするわけにはいかんだろ

241 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 23:26:55
>>240
いや、俺は関羽をフォローしてるんだが…

242 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 01:33:28
髭将じゃね?

243 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 02:11:56
>>242
それ以外ないな

244 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 02:36:09
関帝廟ってのは中国各地にあるが、他の武将の廟は聞いた事が無い。

245 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 03:08:04
劉備、諸葛亮、張飛、趙雲、ホウ統、姜維、蒋エン、甘寧、ケ艾くらいしかしらないな
黄忠は文革でぶっ壊された
他にも聞いた事あった気がするが思い出せない

246 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 08:45:12
馬超ないのか、意外だ

247 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 10:46:40
中国では岳飛廟が一番有名なんじゃないかい

248 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 12:43:51
八戸のぶなが vs 関羽

249 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:34:54
>>246
蜀での微妙な立場と親を見殺しにしたのが大きいんじゃないかな?
武名なら蜀では関・張と並んで傑出しているはずだが

250 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 18:34:21
>>247
関羽、岳飛の二大武人を筆頭にした
関岳廟という武廟もあるぞ。

251 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/28(金) 00:11:33
関羽SEED

252 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 17:57:55
カンヌが名将の一人であるということを認めるにはやぶさかではないが、
真面目に論議するなら「後に神として祭られたから」と理由ははずしてくれ。

253 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 23:04:31
テンプレに入れたいってくらいのもんだよなw

254 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 23:33:16
二郎真君の方が強い

255 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 10:52:36
>>252

唐代の史館が選んだ史上64名将のうち三国志関係の人(『新唐書』巻15から)
    
関羽 張飛
張遼 ケ艾 羊コ 杜預 
周瑜 呂蒙 陸遜 陸抗
王濬 皇甫嵩


廿二史箚記 卷七より
http://www.project-imagine.org/search2.cgi?text=zhaji7
96:関・張の武勇の項参照

これなんかどうだろう。
名将として申し分ない理由だと思う。





256 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 15:08:30
>勇者を称える場合
勇者としての評価ならいいんでない。
やっぱり、評としても劉備いての関・張みたいな感じ。
曹操、周瑜、ケ艾みたいな将と比べるより
張遼や甘寧みたいな軍団長に近いんだろうな。

257 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 21:49:36
関羽、張飛、馬超は名将であり威信があった。

黄忠と趙雲は微妙。個人的な武勇だけな気がする。

258 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 10:22:28
実際、関羽や張飛は有能な指揮官の下で働く上ではとても優秀じゃないかな
ただ、一方面の軍全体を任せるなら呉の都督達や諸葛亮には及ばない


259 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 19:35:35
>>258
方面軍の総督としてなら関羽は十分優秀だろ

260 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 05:44:48
>>1「あえて関羽愚将説を唱えるあたりが俺様ってカッコイイよな〜」

261 :抗菌族LV7:2008/01/05(土) 15:07:07
関羽ラーメン

262 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 16:02:27
関羽はウンコマン

263 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 00:26:20
部隊を率いる能力の面では趙雲のが上だろ。
単純に相手を威圧するだけじゃなくその武威を計略にも活かしている。

264 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 13:12:34
関羽別伝があればなあ

265 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/10(木) 00:21:42
マッスルブラザーズ(関羽&張飛)

266 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/11(金) 04:08:07
2万人の敵パワーズ(関&張)

267 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 20:19:26
スマブラ参戦だって

268 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/18(金) 19:00:44
関羽は残念武将の代表格

269 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/18(金) 23:22:52
スマップが参戦?

270 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 00:07:04
劉備も義兄弟に 恵まれなかったね
やっと 持った徐州を 張飛のポカで 呂布に取られ
荊州も 関羽のポカで 取られ

271 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 00:37:40
アニキの教育が悪い

272 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 01:01:49
しばらくこないうちにひどい釣りが増えたのか
それとも本当にそう思い込んでいるアフォが増えたのか

例えば>>258について出すら見抜けない

273 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 01:06:43
個人能力は抜きん出てたんじゃね


274 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 01:30:13
>>272
魯粛を含んでいたら問題だが、そのメンバーなら妥当だろ。
少なくとも、周瑜と陸遜は議論の余地なく格上だし。

275 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 18:41:06
>>274
まあ、知将としてはな。
関羽は豪傑としての名こそが本領。
なにを持って「名将」かは知らんが
武勇寄りに見るなら関羽は名将。
そもそも、>>1が適当すぎ。

276 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 19:42:10
勇将よりに見たら関羽には勝らないのかもしれないが
名将の基準を知将よりに見れば周瑜と陸遜の方が名将と言えるわけで
>>275は何が言いたいんだ?

277 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 00:00:48
自分で結論出してるのに疑問とは如何に?

278 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 04:34:40
>>274
魯粛舐めすぎw
演技じゃお人好しの馬鹿扱いだが、正史では孔明以上の天才戦略家で腹も据わってる
呉の太守程度の孫権を煽り帝位に上らせ曹操と戦わせたり、天下三分の計も魯粛がやったこと

279 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 04:57:57
簡潔に言えば、個人の武勇なら当時で最強の一人、兵を率いる才なら優秀だが最高ではないってとこだろう。
問題は、後者で人によって全く意見が分かれて難しいが・・。
無難に魏で立場の近い張遼ぐらいに評価しとけばいい気もする。

280 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 11:59:06
最後の一文が余計だったなあ・・・。
さすがに張遼程度と同等は酷い過小評価だろw
関羽の武勇は後世でも誉れを受けるほど。

281 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 12:18:42
関羽は愚将か名将かとかいう次元じゃない

ネ申

282 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 14:36:38
もしも関羽が後世で愚将だなんて評されてるのを
知ってしまったら、涙グショグショになってしまうよ

283 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 14:58:35
>>280
張遼も後世で武勇について誉れを受けてるよ
それ以前に関羽と張遼の立場が近いかが微妙だが


284 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 15:03:51
まぁ、しいていうなら、火口縁?

285 :279:2008/01/20(日) 15:48:53
ああ、すまん。
同じ五将軍の筆頭という意味でだ。
思ったより張遼の評価低いな。
武勇を全面に押し出す猛将で、他国にその武勇が轟き功績も抜群、なおかつ頭が使える(妙才も考えたけど、ここでこっちの方がいいかなと)という事でこの辺が無難かとおもったが。
関羽ほど後に名声を得たわけじゃないが、蒼天航路とかで関羽のライバル的存在に扱われるだけはあると思うけどな。


286 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 17:05:33
>>284
正しい変換は最低限のマナーだぞ

287 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 17:08:10
>>279
どうせゲームや漫画やちょっと正史読んだだけなんだろ?

288 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 18:45:01
>>285
蒼天航路はフィクションだよw
それにあの作品でも張遼自身が「呂布、関羽の武名には及ばない」と言ってたぞ。
関羽の場合は後世に置いても猛将、名将の例えとして扱われるくらいだ。
日本の戦国時代に置いても本多忠勝を関羽・張飛に比肩しうる将と呼んだりしてる。

289 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 19:09:00
つーか、関羽の場合は武勇よりも忠義のほうが先に立つからな。
かの国は忠義の士だけで名将と言われるからな。

290 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 19:15:59
>>288
だ〜か〜ら〜、
後世の評価を当時の実力の引き合いにするのは馬鹿

291 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 19:22:22
>>290
正史くらい読め
正史なら評価が低いとでも思ってるのか?
関羽アンチは大概正史にも目を通してないんだよな
それに当時の実力なんてどうやって推し量るんだよ
記録として残ってる史料を当てにするしかないだろ

292 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 19:35:11
>>291
正史なんてとっくに読んでるし、
そもそもなぜ>>290の一文から正史読んでないことが結論できるの?
当時を推し量るに「後世においても」はNGだと言ってるだけだ
それは関羽大好きだからこそだよ

293 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 19:52:37
岳飛とかそうだよね
楽毅は名将だと思うが、軍事の才に関しては白起の方が上だと思うけど、後世の人が諸葛亮をはじめとして名前を出したがるのは前者
これは忠に関するエピソードが大きいよね


294 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 19:56:57
当時を推し量るためなら
正史を読めば十分に名将だと分かるんじゃないか?
それでも演義の補助程度に読めばいいんだが
後世で高い評価を受けるのは、三国志随一の猛将であると
世の中で確信されてたからだろうな。
そうでないとその時代で引き合いに出したい秘蔵の名将の名を汚す事にもなる。
中途半端な武将と比べられて自尊心を傷つけるより、天下一の武という誉を
与えるために関羽、張飛の武名は後世にも光り輝いていたということだ。
当時を推し量ることは出来ないが、まあそういうことだろう。
>>291の意見に少しトゲがありすぎたかな?

295 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 23:53:43
後世において武神の比喩・代名詞として使われただけじゃないの
中国人は長らく、歴史を西洋的な論理的考察の対象にするよりも、漠然と心を雄大にするための英雄譚として見て来たのでは
だとすると、名だけが一人歩きするケースは多そうだが

296 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/21(月) 00:15:12
>>295
ちとちがう気がする。
293も書いてあるが称されるのはその能力のみではないということ。
例えば、郷土の英雄、姿が似ているなどもいろいろあったりする。
髭が立派で忠の者であれば武力がそこそこでも関羽の相があるか言われたりする。

297 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/21(月) 10:58:01
正史はごく一部しか一騎打ちなんてしてないから派手な敵の討ち取り方した関羽の武勇が輝いてみえるのは分かるが、将軍としては負けが多いから評価が下がるわな
演義の関羽は少ない兵でも卓越した働きをするが、正史では寡兵では普通に負ける
多分、当時では武勇において最高の評価を得ていた事は確かで、演義でいう呂布のポジションじゃねぇの?


298 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/21(月) 18:24:51
そもそも後世についての云々言ってるが
ここで話してる事自体がすでにそれだろw

299 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/21(月) 19:10:11
名将
今や多くを語る必要もないほど有名なので

300 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 00:03:44
>>298
正史も後世評価だろ。
何言ってんだ?
当時の評価ってのは評価したい人間が
まだこの世にいる時にするもんじゃないのか。


301 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 00:20:07
そもそも一人で一万の敵と戦ったりするのは不可能
戦闘に強い軍は統率が取れてる軍で将個人の武勇なんて意味がない

302 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 00:27:30
それはどうだか分からんぞ
なにせ大昔の話だからな

303 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 01:34:25
>>301
可能。武勇は威名となり、敵を怯ませる

304 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 01:34:48
何百回も出陣して常に生きて帰ってくるってのは凄い事だよな。
しかも数で言えば相手>>>>>>>>>>>劉備軍の戦闘がほとんどだろうし

305 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 01:45:11
>>301
呂布が百人単位の子飼いの精鋭だけで万の軍の張燕を退却に追い込んだってのがあるが、実際一人じゃ無理だよな。


306 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 02:35:48
>>303
可能じゃねーっての、三国志はお話だから可能
将が目だって弓で撃たれたらおしまい、猛将というのは個人の武勇をさすものじゃないし

307 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 03:25:16
>>300
お前こそ何言ってんだ?
俺が見る限り>>298は正史にも演義にも言及してないだろ

308 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 03:30:32
いくらなんでも見えない敵には万夫不当でも勝てねーよなw

309 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 03:30:51
途中で書き込んでしまった

>>300
お前こそ何言ってんだ?
俺が見る限り>>298は正史にも演義にも言及してないだろ
それに
>当時の評価ってのは評価したい人間が
>まだこの世にいる時にするもんじゃないのか。
これは完全な後世評価だろ

310 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 03:46:58
>>306
実際、矢関羽にされたしな‥
それで平然と生きているのはある意味凄い威圧だがw

311 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 05:32:04
戦国乱世には猛「将」といわれる型の将がいるけが、あれは個人の武芸を指してるんじゃなく自分の兵を勇敢に働かせられる将のこと。

当時の軍隊は将が死んだらお終いなんだから、将が一人で突っ切っていって直接戦ったら的になるだけ。

312 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 07:32:21
勇敢に戦う個人スキルも大事かと
というのも現代のように武器の質もさることながら
戦闘力が個人スキルに依存されるため。
簡単に言えば、勇猛な将というのは
航空機の攻撃力の無い時代の戦艦の役割を為す巨砲

313 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 14:29:58
関羽には是非とも、白鳥の湖を舞ってもらいたい。

314 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 16:27:09
猛将について、少なくとも戦うフリをしたり、危険に身を投げ出すのはしてるだろーな。
そうでないと兵がついて来ないし。

さすがに万人相手は無理だが、兵卒2〜3人は問題にしない強さはあっただろうし5〜10人に囲まれても何とか逃げ延びられるくらいのスキルはあったろう。
屯田兵なんか言ってみりゃ柔道の素人と黒帯くらいの差はあるだろうし。

プラス周りを動かす技能や声の大きさ、風説に大きくなった噂による威圧恐怖。
おそらく早い段階での情勢で末端は逃げ出して波及するだろうしな。

今でもそうだが、中華圏はそういった良い意味でのハッタリを最大限生かす文化だと思う。

315 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 18:57:42
関羽はその上2メートルを超えるからなw
巨大な獲物を手に威圧されたら普通はびびって動けなくなるな。

316 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 19:01:44
高身長も巨大な獲物も創作だよ

317 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 19:30:15
高身長は正史記述。
獲物は宋代の儀式用に作られた武器。
本来は剣、または戟を使用してたらしいな。

それでも戦場でそんな猛将がいたら
怒号を上げ突っ込んできたら普通は逃げ出すわな。
俺が兵士なら失禁、脱糞して腰抜かしてる可能性もある。


318 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 19:36:48
9尺なんて書いて無いけど

319 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 19:43:38
>>317
俺なら失禁、脱糞、嘔吐までいくな。


320 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 19:50:56
>>319
甘いな!
俺なんて発汗、失禁、射精、放屁、脱糞、嘔吐の上に失神

321 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 02:04:38
いくらでかくても弓の的になるだけやん

322 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 02:31:02
おい、俺の盾になれ

323 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 02:42:05
>>321
そこでマワシウケですよ

324 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 09:32:16
>>311
古代地中海世界の将軍は前線に立って特攻するものだったなんて…

と後に知るであろう

325 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 16:04:38
というか、孫親子とついでに周瑜にはよくある事

326 : ◆N.XDNEwC4g :2008/01/23(水) 18:09:52
gusyou

327 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/24(木) 02:04:24
>>324
前線に立って特攻というよりパフォーマンスじゃね?

328 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/24(木) 08:03:00
航空機の無い時代の艦隊戦で、戦艦を使わずに駆逐艦だけで戦争しよう
だって戦艦が傷付いたら勿体無いからって感覚は如何な物か

329 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/24(木) 21:16:46
>324
つーか現代でも小隊長や中隊長は先陣をきるのが普通。
第二次世界大戦じゃ軍団司令官が先鋒集団に入って陣頭指揮とるなんて珍しくない光景。

330 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 02:06:18
戦に個人の武勇が必要なら秀吉見たいなのは出世できん

331 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 05:49:46
>>330
武勇は重要もちろん知力も重要

332 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 07:31:49
>>330
秀吉の出世エピソードを考えればそんな発想は出ないと思うのだが
戦に勝つというより機転や人たらしだし
たぶん戦場ではどんな武将より、前線には出てそう
百姓上がりだし、そうしないと将兵はついてこないだろうしな

333 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 11:27:33
>>330
武勇に長けた将がいなかったら戦にならんぞ。
敵にもそういう武将がいた場合、誰かが勇奮させ
それに負けない武勇を見せなければ兵が散り散りになって逃げ出す。


334 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 12:12:48
それって歩兵の役割でしょ将は関係ないやん

335 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 12:23:23
じゃあお前は集団でもいいから
仮にヴァンダレイシウバとその一党に立ち向かえって
言われたら出来るか?
仲間が目の前で何人も悲鳴を上げて
惨たらしく殺されてたら恐怖のあまり逃げ出すだろ。
だから武勇に長けた将は必要なんだよ。
相手の武勇をはじき返すくらいのな。

336 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 12:34:15
今も昔も戦争の死傷率一位は飛び道具なんだぞ。
相手よりも多数兵力と大火力、有利な地形が得られれば
シウバだろうが誰だろうが勝てるだろ。それが戦争の基本なんじゃないか。

337 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 12:45:35
機関銃に囲まれればヴァンダレイシウバとその一党のほうが
小便撒き散らしながら命乞いすんじゃねwww

338 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 15:12:23
>>336
まさに机上の空論だなw
お前、喧嘩とかやったことないな?

339 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 18:35:04
>>336
戦況によってそれは変わる
例えば奇襲などの場合弓などより兵士による突撃の方が有効な場合が多い
地形や戦術によって兵科が異なる
大体それのみで考えるなら多様な兵科があるわけがないだろう

340 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 18:41:36
>>336
      ____    
     /_ノ  ヽ、_\
   o゚((●)) ((●))゚o  ,. -- 、     
  /::::::⌒(__人__)⌒::::::/    __,>─ 、   
  |     |r┬-|    /          ヽ
  |     | |  |   {            |__
  |     | |  |    }  \       ,丿 ヽ
  |     | |  |   /   、 `┬----‐1    }
  |     | |  |  /   `¬|      l   ノヽ
  \      `ー'ォ /    、 !_/l    l    /  }
           {       \     l   /  ,'
           \      ´`ヽ.__,ノ  /   ノ
             \     ヽ、\ __,ノ /
               ̄ ヽ、_  〉 ,!、__/




341 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 22:54:19
>>339
なにを言っているんだ?
本軍などのメインの部隊の話をしてるのに奇襲部隊が出てくるんだ。
正奇の用兵で奇が中心で話してどうするのか?
上の喧嘩君じゃないが奇の用兵を正の用兵で語るなんて机上の空論なんじゃないか。

342 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 23:56:57
>>341
それこそがまさに机上の空論。
兵法ってのは表裏一体の生き物なんですぜ。
決まった形なんかあったら、寡兵で大軍を打ち破れるわけがない。

343 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:14:30
だから奇が応用なんだろ。
だいたい、寡兵で大軍を打ち破るのが当たり前のように語られても。
基本を無視して、応用のみを重視で語るから机上の空論といってるのだが。

344 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:24:18
兵法の基本ってなに?

345 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:32:06
孫子の形篇でも読めば?
所詮、個人武勇なんかは匹夫の勇でしかないんだから。

346 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:34:10
孫子にそんな事書いてあるか?

347 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:38:53
なるほど、そうやって
油断してやられるタイプの将が
昔は大勢いたんだな
兵法がどうのこうの言ってる割には考え方ガチガチだなw

348 :347:2008/01/27(日) 00:39:57
すまね、>>345向けね。

349 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:45:27
顔良「数万の大軍の奥に控えてる俺はまず安心だな。
   こんな場所に突っ込んでくるアホが居たら見て見たいわ」
関羽「ここにいるぞ」
顔良「げえっ!」
ドカーッ!
関羽「敵将討ち取ったり」
兵士「あわわ・・・」

正史でもこんな感じだったんだろ。
十分に兵は詭道なりというべき動きだったと思うなあ。
しかも、こういうことをやってのけたのは
三国志では関羽しかいない。

350 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:46:17
347みたいな話の流れが分からずただ噛み付くだけのクレーマーを
納得させるのはメイドイ。

351 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:50:35
>>349
顔良は荀攸の策で混乱してたみたいだが?

352 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:51:23
>>343
シウバとかの話題のどこに本軍とか出てんだw
大体当時なら射撃は弓として
弓兵だけの兵科で戦争出来ると思ってんのかお前はw

353 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:53:04
>>350
>>341が元凶だろ。
流れを読んで意見してるならしっかり流れ見とけ。

354 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:55:06
>>351
それでも当時の戦闘は大将は陣の奥深くに
構えるのが基本だったらしいよ。

355 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 00:58:38
というかさ、個人武勇がなければ兵が逃げたすぜって話なのになんで
奇襲の話がでてくるの?

356 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 01:02:40
>>355
>>399がした例えばの話に>>341が異常なまでに反応したからじゃね?

357 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 11:05:46
勝手に論点を変えた>>341が悪いな。
>>339は兵法の道理を語ってるのに
顔を真っ赤にして戯言を撒き散らしてる。


358 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 12:25:36
つか将に武勇が必要かだろ、関羽は将だし

薩摩人とか強かったらしいが、それは将じゃなく薩摩兵全員が強いんであって
薩摩人一人で10人相手は勝てないでしょ

将が持つ勇と武勇は別物でしょ、将に武勇が求めれるなら秀吉みたいなのは出世できんし

359 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 13:36:13
だな
武勇の有無の話で>>339が兵法の道理で話をずらしてるように見えるし。
ドヨとか馬にもまともに乗れない将でも活躍できるのに。

360 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 20:19:36
まあ一般的には自分自身が兵の心をつかむために豪傑で
あることは有利だけどな。

とは言っても、いくら曹操が武芸達者でも、戦闘で自ら白刃
を抜く場面はほとんどなかったし、とにかく胆力と機略、戦局
を見抜く目があればいいと思う。
あまりに超絶的な武芸者は、成功したとは限らないし、関羽
も典型的な失敗例だろう。古参の旗本に離反された点でも、
三国一級の名将とは言えないと思うよ。

361 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 20:52:46
だが神になった。

362 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 21:47:01
西郷さんみたいなもん

363 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 21:52:54
将にとっての勇は個人の武芸というより、攻めるべきときはいくら危険でも自軍を叱咤し進み、自軍が押されて崩れかかっても一歩も退かないと言う類の勇だろうね。

項羽なんかはどうだったか知らんけどどうなの?

364 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 21:52:58
馬超も呂布も結局成功しなかったよな。張遼はうまくボスに仕えたけど。

項羽みたいに超人が戦局をコントロールしちゃうっていうのはやっぱり
稀少な例だと思う。項羽自身も戦術的能力や統率力は非常に高かったし。

365 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 21:57:04
>>362
西郷は劉備じゃね、カンヌは篠原でチョウヒが半次郎みたいなもの

366 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 22:06:05
劉備は中国では偽善者で通ってる

367 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 22:16:20
>>360
曹操はがんがん戦って
個人的武勇で名声を得た男ですよ?
何言ってますか?

368 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 22:18:21
個人的武勇って言っても、首いくつ取ったとかそんなんじゃないだろ

369 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 22:19:16
>>366
まじ?なんで?

370 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 23:27:52
向こうで買った三国志漫画(基本演義だけど、正史のエピも入ってる)で、
劉備はかわいい顔してるけど物凄くしたたかで時折冷酷な表情をみせたりして、嫌な感じ。
あと、内容うろ覚えだけど、
街の婆さんが立ち話か何かで、ある政治家の行動の正当性を劉備の行動に例えて主張するけど、
言われた人が「その理屈で言うと劉備のあの行動はどうなるんだ、結局劉備とその政治家は相当な不徳義・狡猾じゃねーか」と切り替えして、
婆さん何も言えない…みたいな4コマ風刺漫画が昔あったらしい。三国志関連書2冊くらいで読んだ覚えがある。

つまり、彼の性質はネタにされるくらいに基本的な教養なんだろうね。
まぁ、演義であれ、一読すればあんなの誰もが偽善者だと思う罠。

371 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 23:29:11
名将としては当代の2流。
豪傑としては世界史にでも通用する中国の雄。
神としては釈迦、キリストに迫るほどの存在。

名将の定義を軍略に置くのなら関羽は名将ではないだろうね。
個人武勇に重きを置くのなら名将。

ニュアンスの差にも思えるなあ。
日本の戦国時代でも上杉謙信を軍神と称すこともあるけど
三国志の軍神と呼ばれた関羽とは意味合いそのものが違うし。

372 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 23:47:57
神や宗教だって
そのニュアンスは文化によってだいぶ異なるからな

373 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 01:59:37
当時の認識としては英雄で有り名将だったのだろう。
じゃなきゃ神として祭られる訳がない。

374 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 02:17:18
>>373
神になった経緯はそれとはまったく関係なし
塩の密売人が各地に広まる際に
地元の有名人として担ぎあげてコミュニティの拠り所にしたのが元

当時は名将としては認識されてたようだが
現代から見て名将かどうかは別問題

375 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 02:37:06
関羽が神として祭られるに到った意味を明らかにするには、関羽本人の分析だけではダメで、当然彼を神とする側の分析も必要なんだよ
それやんなきゃ歴史研究じゃないぜ?
神や武神や軍神や名将という言葉の用いられ方がかつて(〜現在?)の中国と現在日本とで違っていたら事実と完全に食い違うよ

現代日本人による関羽名将愚将論においては、何故彼が「中国的な神etc」として祭られたかどうかは除外して良い
まずこのスレなりの名将・愚将の定義から始めなければならない

376 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 13:34:26
陸遜伝を見る限り民政、軍の統括には才能はあったんだろ。
けど、性格は悪くて同僚との折り合いが悪かったと。
戦術面では曹仁、楽進とかにも負けてるし、一流じゃあなかった可能性が高い。
個人的な武勇はやっぱ相当なもので(これに関しちゃあ史料からは完全には分からん)
そして、当時の中国ではかなり高い名声があって印綬をばらまけば、豪族達があっと行う間に関羽に付くほどだったと。

史料から分かるのはこんくらいか。

377 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 17:27:31
しかし、民政は潘濬が取り締まったとあるし、降伏後の扱いから見ても微妙だが。
印綬にしても、関羽なのか?それとも劉備の配下の関羽なのかがあるしなあ。

378 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 18:49:34
>>374
その認識は宋代になってから。
関帝には当然、武神としての役割も備わっている。
関羽、岳飛を筆頭にし歴代の武人を神として祭った
武廟である関岳廟というものもある。

現代において神化した偉大な尊格という面を省きあくまでも
正史から読み取れる人物像をから名将かといえば、個人的には>>371の意見に概ね同意。
豪傑型名将と言う事でどうだろう。

379 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 19:29:24
>>378
豪傑型名将か
いいな、それ!
分かりやすいw
今まで散々、名将の定義がどうのこうの言われてたが
一向に平行線だったからどう判断していいものやらと
思ってたけどいい答えもらった気がするよ



380 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 20:26:54
関羽という人物の死が歴史の分岐点になったのは、スゴイと思う。
それが、荊州方面を一任されていたからだとしても。
少なくとも、愚将とは言えないだろう。
将を軽んじて兵を慈しんだ性格にしても、彼の死の直接的な原因ではなく、
呉の狡猾さと行動力が蜀の予想を越えていた事が大きいのでは。

381 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 20:35:31
国が取られればそりゃ歴史の分岐点だろ。
曹操が劉表の土地を得たり、劉備が益州を取ったのが歴史が動いてないとでもいうのか?

382 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 20:59:07
関羽だけではないが最近見たこのスレ向きの松浦静山の言葉で
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。」
負けるべくして負けた、ただそれだけだろう。

383 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 21:11:54
>>382
何だそれ。。。?

思いっきり矛盾してね???


384 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 21:29:08
いや、荊州まかされてわずかのうちに失ったミスが大きすぎる
から、戦略家としての能力は評価無しだろ。
攻勢に出たのも、一時は曹操が遷都も考えたというくらいだか
ら当時の評価でも名将の誉れは高かったんだろうが、やっぱり
長い目で見れば呉の陰謀や魏の反攻を裁ききれず、わずか数
年しか守れず、荊州閥を根無し草にしてしまった罪が大きすぎる。

やはり豪傑ではあっても兵法や政略面はだめだな。

385 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 21:32:31
とりあえず戦は強くても軍人として有能だったかは疑問。

荊州で戦うなら孫権との関係が一番大切なのは誰が考えたってわかるのに何も手を打ってない。それどころか孫権との縁談を蹴ったり食料を略奪したり外交にまったく気を配ってない。

荊州をうしなったことで蜀の中央進出が絶望的になったことを考えると蜀滅亡の最大の原因は関羽かも

386 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 21:37:52
少なくともモニターの前の俺達よりは性格も将軍としての強さもよし

387 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 22:36:40
>>385
孫権との縁談は断って正解だが?
どうやったって孫権は劉備と関羽に対して難癖を付けられる

388 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:02:07
かも、じゃなくて関羽のせいだよ。馬超登場ですねたかなんだか
しらんが、無茶な北上策勝手に進めてからに。

荊州は地の利だけでなく、当時最も人口が多く富沃な地帯だから、
それがあってこその蜀だったわけで、それを失い三国の鼎立を不
可能にした関羽は歴史的には名将どころか三国一の馬鹿将軍と
なるわけだw
孔明始め荊州出身の連中が関羽をどう思ったか、想像に難くない。

389 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:21:56
無茶な北伐か?
効果的じゃないかな?
あれほど魏が激震したのは無かったんじゃないかな?
呉が裏切るまでは

390 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:27:40
と、なるとやはり関羽は豪傑型名将か。
沈尹戌や項羽も同系のタイプだな。
当代では並ぶ者なしとまで称された豪傑であるがゆえに
その剛を頼りすぎてしまう。

個人的にはこういう将には憧れるけどね。
単純だが、純粋に強いからw

391 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:28:25
呉が虎視眈々と狙ってるのはわかってたはずだろ

ましてそのまま荊州北部から更に攻勢かけてハン城や許都付近
まで押し出してしまうと、せこい呉がバランスが崩れてヤバスとばか
りに南郡取りに行くのも目に見えてる。
どう考えても、呉との連携無しの北伐は劉備軍首脳部との打ち合
わせなしの単独策としか思えん。

392 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:35:30
>>384
>攻勢に出たのも、一時は曹操が遷都も考えたというくらいだか
>ら当時の評価でも名将の誉れは高かったんだろうが

曹操が遷都を考えたのは、許以南で関羽に呼応した反逆者が出たからだよ。
最初は、大軍を指揮した経験の無い愛息子の曹植を派遣しようと考えたくらいだから、
曹操自身が関羽を高く評価してたかどうかは微妙。

>長い目で見れば呉の陰謀や魏の反攻を裁ききれず、わずか数
>年しか守れず、荊州閥を根無し草にしてしまった罪が大きすぎる

曹仁との戦い以前に、魯粛軍に気を取られてる隙に速攻で呂蒙に3郡を奪われたことあるけどね。
この時、関羽は孫キに敗北したらしい(呂蒙伝)。成長しねえなあ…
でも、荊州勢を根無し草にした責任は劉備にあるかと。

393 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:39:44
>でも、荊州勢を根無し草にした責任は劉備にあるかと。

んー、これわからん。
無理してでも取り返しに行ったのが悪かったとでも?
荊州閥の要請としても、至上命題だったわけで。

394 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:44:03
なんかまたまた果てしないループになってきたなあ。
>>371の意見がすべてでよくね?
褒める(肯定派)→粗を探して貶す(否定派)の繰り返しだもん。
飽き飽きしてきた。


395 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:51:18
軍事的には成功で
謀略に負けただけでしょ?
軍事は誉めてあげればいいやん
それとも、陸遜、呂蒙という当代一流の知恵者が
時間をかけて、おべっか言って、おだてて機嫌をとって油断させ
同盟をやぶって挟撃してきたので、北伐が崩潰したのが
軍事的敗北なの?

396 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:53:02
>>393
いや、逆。取り返しにいったのは良い事だと思う。
でも大敗して、荊州に帰れる機会を永遠に無くしたのも劉備だから。

>>394
否定派は単なる”粗探し”で”貶める”ことですか。
議論する気無いのなら、ここに来る必要ないよ。

397 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:54:00
>>395
それを軍事的敗北と言わずして何と言う

398 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:58:15
>>396
議論?
そんな高尚な響きが似合うスレかな。

399 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:58:41
>>391
この時点で、関羽は蜀首脳と打ち合わせる必要無かったんじゃない?
そういう権利みたいのを貰ってたと思うが(違ってたらスマソ)。
それと、北伐というよりも局地戦程度の進軍だったんじゃないのか。
樊城を落とせば、その周辺の反乱分子と連携も取れるし、大きな布石になる。
実際、前年から反乱が頻発している地域だった訳だし。

しかし、関羽の話をしてると呉が糞野郎に思えて仕方ないw
俺が初めて触れた三国志が、NHKの人形劇だったからか・・・・・
あの呂蒙は外道過ぎた。
農民人質に麦城から関羽を投降→農民虐殺→怒った関羽をリンチ殺害

400 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 00:00:46
三国志正史、抹消の方向へ?-中国

1月24日19時0分配信 時事通信
【北京24日記事】中国政府はこのほど三国志正史の抹消を考えている事が
明らかになった。理由としては、中国本土における三国志演義の圧倒的な
人気によるものだという。
三国志演義は宋代から語られて始めたと言われており、明の羅貫中の手に
よって完成し今でも、中国、韓国、日本などで幅広い人気を有している。
その内容は三国志正史を踏襲しながらも優れたアレンジによって、読み物
というレベル留まらず正式な歴史書としても十分に通用する。
天才軍師諸葛良孔明や関公など主人公目線の蜀の武将もまた国民的人気を
博していることなども三国志演義を正式な三国時代の史書として認めた要
因かもしれない。

【関連用語】 「三国志演義とは?」
【関連用語】 「諸葛亮孔明」
【関連用語】 「フランスにも関帝廟」

最終更新:1月24日19時3分

http://koutetujeeg.hp.infoseek.co.jp/gazou052.jpg


401 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 00:04:50
>>400
また文革ですか?
しかし、これだけお前等に愛されている三国時代の英雄英傑の子孫が
今のチャンコロなのが一番謎だ。

402 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 00:08:51
>>400
そんな餌でこの俺様が・・・





くそw
吹いたw

403 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 00:18:42
豪傑型名将ってわかりにくいな
これから来る人に向けて、もっと簡潔にならんか?
単に豪傑でも意味は同じじゃないか?

>>398
お前みたいな空気至上主義がこの国をダメにしてんだよ
マジで日本10年で滅びるぞ
>>400
まさに「文化は周辺に保存される」を地で行く展開だな
中国文化は漢字をはじめ、何から何まで日本に移したな…おそらく無自覚なままに

404 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 00:19:31
豪将、でいいや

405 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 00:30:26
>>403
いや、もう日本は死んだも同然。
こんな深夜にCPに向かって戯言を掃きまくってるんだからな。

406 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 02:38:23
関羽の勝敗って何勝何敗なの?
名将なら8割は勝たないとな

407 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 02:59:18
一発屋有利すぎwww
激戦区で劉備が弱小勢力だったころから別動隊任されてまくってる上に
名前が下手に売れちゃってるから敗戦の記述が多いのは仕方あるまい

408 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 03:01:16
ばかじゃねーの、ちゃんと軍を引き連れての戦績だよ

409 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 03:03:52
ちゃんと軍を引き連れてと言われてもな…
まあ君の基準でいけば関羽は名将じゃないと俺も思うからそれでいいんじゃね

410 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 03:34:28
その理論なら曹操より周瑜辺りが神か・・
まぁ、周瑜ならありか

411 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 05:41:02
樊城襄陽を落とせなかったのは軍事的勝利とは言えない。
折からの洪水にもかかわらず長期化して食料不足に陥ったのも
相手への過小評価があったのだろう。
正面突破の統率力は秀でていても、総合的に計画し戦局を動か
すには経験不足だったのではないか。遺漏なく軍を進めることの
出来る将軍は三国志ではごろごろいるからね。
ホウ統が生きていて、孔明が補佐についていても、性格上話を聞
いたかどうか怪しいし、ビ芳に背かれたのもマイナス。
やはり呂布タイプで、ランクも同じくらいだろう。


412 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 10:14:53
イメージだけで語るのはなんとかしてくれ

413 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 11:22:41
>>411
呂布をどう評価してるのかは分からないが、呂布は騎兵の指揮は傑出してると思う
正史なら関羽ほど武勇の見せ場はないが、兵の指揮に関しては関羽より優秀と思わせるエピは多い
ただ、計画性のなさや疎の場しのぎの考えしかないのは確か

414 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 11:26:06
親殺し、弓の話しといい、武勇においての見せ場はあるんじゃね?

415 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 16:08:27
関羽も呂布もなんとなく遊牧民的だよな

真正面で向かい合って戦うような個々の戦闘じゃ強いけど
大軍を指揮したり長い間対陣したり城に篭ったりするとどうも分が悪くなる



416 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 19:00:31
豪傑の武威がなかったら相当戦況にも影響すると思うけどね。
君主や軍師も豪傑に頼らないと作戦の立案をしたところでそれを
実行しれくれる人物がいないことになるんだし。
どうにも大局を変えうる人物のみを名将扱いしたい気風が強いみたいね、ここ。
脳が幾ら回っても、手足になる剛の者がいなけりゃそれはそれでなにもできんでしょ。


417 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 19:08:24
多分に創作的な蒼天ですらその辺りちゃんと描いたのにね
漫画も読めない人が多い、もしくは漫画よりも机上の空論の方が地位が上なんだろう
あくまで名将という言葉にこだわるなら、彼が名将であるかどうかは結局
「作戦立案者の言う事に聞く耳を持っていたか」「そもそも立案者はどのような意見を持っていたか」だ

418 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 19:14:03
中国最弱の時代である宋なんかは武官よりも文官重視だったからな
豪傑を軽視したらそういう弱い国になっちゃうかもねw

419 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 19:38:33
>>418
現場(豪傑)の意見を軽く見て取り合わない上役(軍師、君主)みたいなもんか?
とにかく自分達の言うとおりにやれよ、お前らは駒なんだから。ってか。

420 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 20:27:10
>>417
漫画だけで語るのは余所へ行ってやってくれ

厨臭くてかなわん

421 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 21:51:19
豪傑がどうこうだからってイメージじゃなくて具体的な話でないとな
例えば、今まで幾度となく小競り合いを繰り返していた地方に太史慈が行った途端にその武名を恐れて戦闘を控える様になったとか

422 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 22:52:21
そんな逸話を遙かに上回るのが関羽の顔良斬りなわけだが?

423 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 23:19:29
>>422
ありゃあ、まさに伝説に残る本陣突撃だったらしいからな。
失敗してれば、匹夫の勇と呼ばれかねない恥をかくところだったが
当時の常識からいっても不可能かつ無謀ともことやってのけてしまったため
万人敵だの、当代の猛臣だのと一豪傑と呼ぶには生ぬるいほどの賛美も受けたんだよな。

424 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 23:24:05
>>423
あれってだまし討ちだったんじゃないの?

劉備が袁紹のとこいたから投降するするふりして斬ったって説が

425 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 23:28:26
どんな説だよw
聞いたことないぞ。

426 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 02:19:07
>>424
それは演義
このやりとりもうお約束だな

427 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 02:39:16
実際、そういった武勇を勝敗に結び付けれるだけの能力があればもっと戦績いいとおもうけど
孫策は最初はダメだったが、程普、黄蓋、韓当らが帰ってきただけで快進撃をする事になった
呂布も高順や張遼らがいれば最低限の兵でも強かった
もちろん、戦い慣れた兵の存在も大きかったが
何故、劉備だけ万人の兵が二人いてダメなのかね?

428 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 03:03:08
>>427
相手が悪かった
流浪に次ぐ流浪で質の良い兵卒を育てられなかった
武将だけ強くでもダメ
兵卒が弱いと曹操や孫策でも全滅する

429 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 03:09:04
結局将と言うより部隊長クラスの切り込み役立ったんじゃないの?

430 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 03:36:14
>>428
呂布も同じ条件だが

431 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 06:23:22
最大の謎は関羽張飛に趙雲がいて何で呂布と同等以上の領主になれなかったのか
ということなんだよな。黄巾以後乱れに乱れて中央の命令など役に立ってない。
呂布も孫堅も袁術も劉表も結局切り取り次第と変わらなかったのに、なんで劉備だけ
がそれを出来なかったのか。

・劉備が本当に「仁義の人」で、朝廷の命でしか動かなかった。
・劉備軍団の能力(そういった絵が描けない)
・関張が実は無能

432 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 06:45:10
結局戦略家や戦術家がいなかったんだろうね
関張は個人の武芸は強くても、軍隊の指揮者としては平凡だった

433 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 07:08:08
>>428
軍隊の強さは、兵卒の質より率いる隊長の力量にかかってくる


434 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 13:54:54
>>431
劉備が義兄弟とか旧知の武将達ばっかを重用して名士層との繋がりをスルーしてたからでしょ、
その状況を打破するための三顧の礼だったわけで。

435 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 16:07:31
>>430
張楊から兵を譲り受けてる
ぶっちゃけ呂布軍の強さは張楊から譲り受けた河内兵による所が大きい
それ以前の黒山賊撃退は親衛隊以外は袁紹から借りた兵
被害も甚大だったので袁紹もお冠だったが

436 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 17:06:55
>>433
一定の質があればな
士気が低くてすぐ逃亡する兵なんかじゃどんな名将が率いても勝てっこない
兵卒の質は重要だよ

437 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 18:43:14
>>427
関羽は曹操軍に居た時は
精強で唸る顔良を見事に打ち倒してたよな。
張遼でさえ見守る程度の事しかできなかったのに。
前期の劉備軍は軍として圧倒的に惰弱すぎたんだよ。
万人の武も活かしきれないほど絶望的な弱さだったんじゃないかと。
それでも、正史評で関張は万人敵と言われたのだから
個人個人は名将としての素質は十分だったのでは。

438 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 20:38:33
でも、中華一の流浪人に付き従い続ける根性はスゴイと思うがなぁ・・・・
中原の劉備軍は、大半が侠と民兵だったんじゃなかったっけ。
精神的には、惰弱とは言えないだろう。

439 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 20:48:35
案外私兵として流浪したという演義そのままだったのかもな。

どうも劉備軍団の流浪そのものがよくわからん。

440 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 22:18:40
各地の侠勢力や風評で集まった民を集めたのが、劉備軍だった気もする。

441 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 00:36:13
>>420
低脳ハケーン
対偶と裏と逆って知ってる?

442 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 00:39:16
>>441
よし、殺しあえ

443 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 01:04:38
そもそも関羽が名将って何が根拠なんだ?
個人の武勇が凄かったらしいのは知られてるが


444 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 01:12:01
みんながその武勇に尊敬してた
知将や勇将とかとの違いでは無いかと思う

445 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 01:22:59
>>1に書いてあるだろ

446 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 01:53:31
>>443
マジレスすると正史な

447 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 02:49:02
>>446
だからどの戦が根拠で名将なんだ?

448 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 02:50:00
tikaramoti

449 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 03:33:38
張飛共々その武勇が中華全域に轟く猛将と言うのがぴったりだと思うが
演義ならともかく、さすがに正史で十指に入るほどの名将(軍の総帥、もしくは将軍という定義で)ではないな
水軍なら呉との比較はおいといて、蜀では傑出して上手いのかもな
張遼が呉を武勇から来る名だけで威圧していた様に、関羽の武名は曹操さえ迷わすだけの価値があった事は確かだが

450 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 07:02:26
張飛の場合更に怪しいもんな。武名だって実績じゃなくて虚名臭い。
当時も「ソースは?」「関羽言ってたし」だけだろ?

そもそも張飛自体豪傑の類ではなくて、簡擁と同じ富豪か名士で
劉備の義挙に手を貸した人って説もある。

451 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 09:01:26
>>450
劉備の旗揚げ時に一緒に居て後に分かれる田豫、牽招は豪族のボンボンだしな
案外と劉備一党って最初から名士や豪族の集まりだったんじゃないか?

452 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 19:00:18
>>450
当時なんてもんは存在しないけどな。
陳寿の妄言をどこまで信用するかだ。


453 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 19:02:04
顔良斬りにしてもそうだがそもそも関羽の売りって腕っ節の強さだろ?それか局地戦の強さか。

なんで曹操や周喩みたいな大局を見て軍を動かすような能力まで期待するのかがわからん。



454 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 19:25:55
名将の定義は今だ不鮮明のままか
こりゃ、どこまで行っても平行線だな

455 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 19:34:03
>>451
流れ切ってスマンが、牽招もか?

456 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 19:53:10
「戦闘」を指揮するなら名将、「戦争」の指揮官としては凡将
人間には向き不向きあるしいいんじゃねーか。完璧じゃなくても。

457 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 19:56:00
そうだよな。
曹操だって単騎なら凡人レベルだしな。

458 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 20:22:13
名将って普通全軍を動かす人間に用いるもんだろ
剛勇とかは関係ない

459 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 21:07:36
そこまで行くと極端だと思うが
普通そんな風に限定して用いることはしないだろ

460 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 23:30:09
>>458
お前の中ではだろ?

461 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 23:30:58
原文ではどうなってんの?名将の箇所は
当時の中国語でのニュアンスだとどういう意味になる?

462 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 23:44:31
>>461
日本語でおk?

463 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 23:50:40
わかるだろ

464 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 00:12:18
ワカンネ

465 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 00:39:21
>>460
一般的にだよ、将って一軍を進退させる将軍クラスからだからな

466 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 00:54:24
関羽の敗北原因である、呉の挟撃が関羽の将軍能力の帰趨であるとすれば
赤壁で同盟成立させた諸葛亮は
曹操より軍事能力が高いでOK?

467 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 01:02:55
一軍ってどの程度の規模を言ってるんだろ

468 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 01:28:49
>>467
兵が万を超えなきゃ軍とはいはない

469 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 03:55:23
>>466
あれは魯粛の功績も大きいだろ

470 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 04:56:43
だな
流浪の軍に勝手に同盟を申し入れる魯粛が最強だ

471 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 06:29:18
数だけじゃないだろ

千でも優秀な働きをするし、1万でも弱卒弱兵なら役に立たない。

472 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 07:22:41
>>469-470
それじゃ、関羽を討てたのは同盟してた事が大きかったので
同盟最強、あぁ、つまり魯肅最強か

473 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 08:26:37
あんまり最強最強言ってるとバカっぽく見えるぞ

474 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 10:10:14
偉大なる愚将

空気の全然読めない未完の名将

475 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 10:25:26
>>468
そこまで俺定義されてもな、大体関羽は普通に万の軍は率いてはいるし

476 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 11:29:27
>>474
気に入った!

477 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 11:46:27
>>468
古代中国の軍制では1軍が3200人だが?

478 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 19:07:15
相変わらず暗礁にのりあげたカオスなスレだな。

479 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 23:44:44
関羽の愚かなところは、命がけの呂蒙と陸遜の嘘を見抜けなかった事でFA?

480 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 00:14:15
全土的に見抜けてないけどな

481 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 00:35:45
まあ、欠点もそれくらいしかないけどな。


482 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 00:41:11
関羽から荊州を奪った呂蒙は名将。
その呂蒙と長年渡り合った、関羽も名将。
もしも、呂蒙が死むまで関羽が動かなかったら、どうなってただろう。
後継に陸遜が着くとして、呂蒙と同じ手で荊州を奪えるだろうか。

483 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 04:37:46
関羽は所詮一騎駆けの蛮将 by チョウヒ

484 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 11:01:57
曹操も周喩も豪勇の士を「匹夫の勇」なんて思ってなかったろ。
曹操なんて護衛の親衛隊長だって選抜に選抜した2人だったし。
それなのに、関羽アンチは曹操や周喩まで巻き込んで
豪傑の存在価値を否定するんだな。
お前らみたいな凡人が机上の空論で豪傑の武威を否定するのは構わんが
そこへ一級の戦略家である曹操や周喩を添えて未熟な自論を水増しするのは勘弁してくれ。
作戦を遂行する上で豪傑が居るのと居ないのでは大違いと分かりきってたんだからな。
だからこそ、関羽を名将と認めその存在にも警戒していたわけだろ。

485 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 11:04:26
優秀な幕僚を揃えようとしなかったことと
揃えたところで、聞く耳もたないところか

公孫さんみたいなところがあるな

486 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 11:49:42
>優秀な幕僚を揃えようとしなかったことと
>揃えたところで、聞く耳もたないところか
誰のこと?

487 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 15:50:01
それにしても、三義兄弟は良くこの歳まで生き残ってこられたよな。
ヤバイと感じたら、速攻で逃げ出してたんだろうか?他の国の将も。
マンガみたいに降ってくる矢を弾ける訳ないし、大勢の敵兵に囲まれたらアウトだろうし・・・
正直どうやって生き残ったのか凄く知りたいよ。


488 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 16:08:42
まあ、そういう機知もあったんだろうな。
突っ込むだけの猪ならその時点でくたばってたろうし。

489 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 16:18:58
劉備は逃げの一手だったろうが、関張は劉備を生かしつつだからなぁ。
関羽なんて、実際曹操の元に行く羽目になってるし。
やっぱり、運命みたいなもんがあるのかも知らんね。
別に死地じゃなくても、呆気なく死んでしまう人もいるわけで。
くぐって来た死線を考えると、この義兄弟の絆の深さもうかがえる。
そりゃ、関羽死ねば我を忘れるわな。

490 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 16:44:52
>>揃えたところで、聞く耳もたないところか
>誰のこと?

それこそ 公孫賛

491 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 16:51:28
家康を守り通した本多忠勝に似てる部分も多いな。

492 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 16:57:55
本多忠勝って戦上手やん

493 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 18:52:35
>>490
「公孫さんみたいなところ」として挙げてるのに本人のことっておかしいでしょ常考
あれ、釣られた?

494 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 18:55:58
>>492
関羽って戦上手やん

495 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 19:35:13
>>494
負けすぎやン

496 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 20:23:58
三国志の最初のほうは戦争つっても単純でそれこそ関羽みてーな強い大将が敵陣に突撃してって敵将を討ち取れば戦いはおわり。
兵はそこらへんの人間かきあつめただけだから大将いなくなりゃ逃げちまう。

けど後のほうで軍隊の統制がしっかりしてきて大将が後方で指揮するようになると兵を組織的に動かす能力が重要になってくる。

関羽が豪傑として有名になったのは個人戦の時代でハン城の戦いは組織戦の戦だった。
関羽は戦の種類によって評価が変わる人物だと思うよ。


497 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 21:14:24
だから将じゃなく部隊長レベルだったんだろ?
義経における弁慶みたいなもんだろ

498 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 22:59:52
>>482
渡り合ったもなにも、益陽での戦いでも、呂蒙が攻めに廻ったらあっさり3郡を奪ってしまったんだから
とても互角に渡り合ったとはいえねーよ。

>>487
簡擁を忘れるなよ…
こいつこそ謎。

499 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 23:10:11
「長年」でもないしな。渡り合ったの。
南郡の内部を冷静に観察して綿密に戦略を立てた呂蒙とは将としての格が違う
と言わざるを得ない。

荊州の戦略的重要性を本当に理解できていたのかどうかもわからんね>関羽
失えば単に中原への足がかりを失うのみならず、荊州出身の連中も立場無くし
て蜀が空中分解する危険さえあったのに。

だから、劉備の報復戦は必然性があったが、関羽の荊州北部争奪戦は、本当に
必要だったのか、蜀本営と緊密な連携や合意があったのか限りなく疑わしい。



・・・・・にしても、誰も関羽を無能とまで言ってる奴はいないのに、なんで関羽厨は
そんなに興奮するの?

500 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 23:17:42
いやさすがに荊州の重要性は理解できてたろ…
ひょっとして、最初は、ウ禁としばらく交戦して魏軍をある程度引き付けられたら
すぐに撤退するつもりだったんじゃないだろうか?

たまたま水害が起こりウ禁を捕虜にすることができ、ハン城が水浸しになったのを見て
欲がでて引き際を誤ったとか。

501 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 23:43:19
>>499
愚将とは言いすぎだとは思わんのか?

確かに軍略面がそれほど得意ではないのは分かるが
豪傑としては中国史、世界史でも通用するほどなんだぞ。
中国で豪傑と言えば、大概は関羽と言われるほどだからな。
将としての評価は豪傑としての武威のみかもしれんが
それがハンパじゃない。
様々な要素(軍略、戦略眼、個人武勇など)を将としての評価に入れるのなら間違いなく名将クラスといえるはずだが。

502 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 23:50:32
個人武勇なんて名将かどうかの条件にあんま関係ないでしょ
猛将≠名将

503 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 23:57:19
>>1が馬鹿なんだよ。
アンチの呼び水になるような書き出しが悪い。

「関羽は猛将か名将か?」でいいのに。


504 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:03:10
>>501
豪傑としては1流だろうけど、世界で通用するとか、武威が半端じゃないとかってのはありえんわー
どれだけ負けてると思ってんだよ

505 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:05:34
>>496
あのさあ、本気でそんな事言ってるの?
春秋戦国の時代からもうそんな戦争はやってないのよ?

三国時代の初期と後期で戦争の形態が変わって
大将が豪傑だと勝ててた時代と組織力の時代なんてそんなデマのソースどこだよ

506 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:08:56
それなりに組織が安定していた国々が争った春秋時代と
群盗に毛の生えたような不安定な組織の群雄が多かった
漢末動乱を比べてもしょうがあるめえ

507 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:10:10
そもそも中国史上「大将が敵陣に突撃してって敵将を討ち取る」戦なんて殆んどない
関羽信者は脳内ソースで勝手に話を進めるから困る

508 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:13:46
>>507
顔良斬りは相当に有名な正史での話だが?

509 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:16:30
つか、あれは荀夕の戦術で戦力分断されて
張遼とか徐晃とかが顔良軍をボコボコにできたから関羽は顔良まで辿りつけたんじゃないかな
どうも顔良をぬっ殺するまで関羽が敵の妨害を受けた様子無いし、顔良自身も迎撃をしたように見えない

510 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:19:57
>>503
アンチは否定的だからアンチなんだぜ。
演義は完全否定。
正史評さえも捻じ曲げて好き勝手に凡将扱いにしたがる。
こういう輩には何を言っても無駄。
極限まで過小評価に徹底するのを面白がってるだけなんだから。

511 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:23:15
>>509
法正の策に従って夏侯渊を切った黄忠の武功は
法正の策だから黄忠はたいした事無いとか
そんな感じの理屈ですか?

>>502
個人的武勇で100万の敵とか評価されるもんなんですか?

>>504
名前だけで荊州を保っていたのは無視ですか?

512 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:23:59
>>508
関羽は大将じゃ無いし、一人で戦ったわけでも無いぞ…
ホウ徳が敵大将の郭エンの首をとったり、
呉の兵フウソクが黄祖を斬ったりしたようなもんじゃないの。

513 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:24:51
演義を評価に加えないという見方自体がこの板のレベルの低さを物語ってるな。

514 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:27:21
そりゃ演義で言えば名将確定だし、今更語ることでもない

515 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:30:29
なら名将でいいじゃないの。
正史=演義という目線が常識だろ。

516 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:35:21
>>511
>そんな感じの理屈ですか?
武功としては素晴らしいの一言だよな。

>個人的武勇で100万の敵とか
どこから100万なんて数値が…?

>名前だけで荊州を保っていたのは
保ってません
呉が攻めてきたら2回中2回とも獲られました

517 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 00:49:07
>>515
演技はお話だろ
実際の関羽の能力の話なのにw

518 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:02:05
無双とか肥ゲーばっかやってると
演義すら正史程度にグレード高いのかもね

519 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:04:39
と、演義も読んで無い、2ch正史厨が言っております

520 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:13:55
将の定義によるとしか言えないね、相変わらず
それ次第では、名将愚将どころか将ですらない

521 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:15:21
>>520
将は一軍の統帥だろ

522 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:19:43
どういう極端な定義なら関羽が将ですらなくなるんだろう

523 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:21:04
1戦略戦力を率いる司令官じゃないの?

524 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:22:08
というより、正史に記載される軍人で将じゃないってのは希少

525 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:23:27
>>522
どういう理解をしたらそうなるんだろう?
関羽が将としてほんとに有能だったかどうだったかの話なのに

526 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:25:22
>>525
>>520を読めよアフォ

527 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:26:04
おいおい
ここでの定義の話だよ

528 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:33:54
ここでの将の定義って何だ?
はっきり認められたものなんて無かった気がするが

529 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:35:14
演義→定義→
と話題がスライドしてるから次は孫正義の話題と予想

530 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:36:01
だから議論になって無いんでしょ

531 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:36:32
>>530>>528

532 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:42:33
>>531
ちゃんと流れを読んでくれ
俺は>>520が定義によっては関羽が将ですらなくなると言うから
どういう極端な定義ならそうなるのか、聞いてるだけなんだが

533 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:46:07
将は一軍の決定権を持つ統帥だっての議論するまでもない
そして議論してるのは関羽が将として見て有能か無能かの話

534 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 01:47:35
話が噛み合ってねえなあ…、もういいわ

535 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 02:23:04
将の定義が「軍師を兼ねた司令官」だとしたら
関羽は将じゃないとも言いうる

536 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 02:29:34
要するに関羽は用心棒としては凄かったけど
軍隊の統率者や指揮者としてはまれに見る雑魚

537 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 02:35:04
マジレスはありかな?
名将の定義というか日本人の価値観として、例え戦争が強くても兵を無駄に死なす
関羽は名将ではありえないでしょう。
昔の中国の価値観では、その忠義から名将として唐代の史館が選んだ史上64名将
としてえらばれたりしているわけだ。
君主にしても五覇よりも三王のほうが上と、武よりも文が重要とされてるわけで。

兵の将、将の将としての名将ではなく、配下としての将での儒教的な
忠義方名将なんでょう。

538 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 02:53:45
>>537
関羽はどのくらいの数の兵を無駄に死なせたってことになってる?

539 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 03:04:46
>>537
いや戦争が強ければ普通に名将だろ?w
個人的武勇はあっても戦争は弱いから名将じゃないと言ってるんじゃないか

540 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 03:14:23
>>539
そんなわけがない。
ただ戦争に強いと言っても、勝ち方が悪かったり詰めを誤ったりすれば
その価値はぐんと下がるし、第一関羽が戦争に強いなんて一言も言ってない。

541 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 04:57:39
関羽の主な戦歴
黄巾の乱:義勇兵として参戦
董卓討伐戦:義兄弟で呂布を襲う
徐州戦:袁術軍と戦う
官渡の戦い:顔良斬り
赤壁の戦い:曹操追撃
荊州戦:呂蒙に南郡奪われる
樊城戦:于禁、鳳徳を捕らえる

他にもあったら頼みます。
これだけ並べると、名のある将を倒してはいるがパッとした勝利に乏しい気が。

542 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 05:06:42
歴史に名を残し、愛する人がたくさんいるんだから名将でいいんじゃない?

543 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 06:14:15
>>541
演義混ぜるな
話がややこしくなる

544 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 07:03:21
>>541
混ぜるなとか言うのはさすがに心が狭すぎると思うが
演義なら演義と記載しておくと見る人に対して優しいな

545 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 07:16:46
>>541
正史限定だが、楽進と戦って負けてる

546 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 07:49:27
三戦板もここまでレベル落ちたのな。まともに議論も出来ないのか。
無双厨つうより小さい子みたいだなw

関羽は、例えば曹軍麾下のように大軍を調練して長年鍛えるような
経験をどれだけ積めたのかがまず怪しい。劉備軍団自体があまり
にも不安定なので、実際初期からずっと付き従うこと自体不可能だ
ったのではないか。当時流亡の民は本当に数百万をいたとも言
われるが、「食わせる」ことも出来ない軍に兵はつかない。
まとまった軍と呼べるほどの人数を恒常的に指揮訓練できないハン
デは大きかっただろう。曹操が孫呉の兵法を現代化して将軍達に教
育したことは間違いないから、集団兵法や歴史についても相当練度が
高かったはずで、ハン城攻防戦でその自力の差が出たと考えられる。

野侍から身を起こして、以後劉備という軍事ダメポのおっさんに従事
していた期間、兵法を学習する機会はあまりなかったと思われる。
別に関羽は嫌いじゃないし、豪傑としては相当だったのだろうが、名
将とは言えない。魏が震撼したという記述は、蜀建国、漢中での敗北
と続く一連の流れ、そこに不運なハン城包囲、于禁降伏、内乱などが
重なって出てきた空気だったんだろう。

結局、洪水の幸運は実は兵站を無視した長期逗留を招き、魏呉の挟
撃にあう結果を招き、関羽にとって不運な出来事だったのではないか。
「武名」も実力を越えて大きくなりすぎたから魏呉の同盟を招いたわけで。
小出しにしてすこしずつ切り取るか、漢中から出る、関中へも牽制する、
呉との同盟を再確認する等の大きな連動が必要だったな。

547 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 07:52:07
>>541
荊南四郡制圧で活躍。
文聘に尋口で敗れ漢津で輜重が襲われ荊城で船を焼かれる。
樊城で徐晃に敗れる。

548 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 09:11:04
>>536
用心棒に魏が震撼
どんだけへたれなんだよ

549 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 09:23:10
>>546
うん。どんと構えて動かない方がはるかによかった
んだよね。
魏も呉も内乱も大変だし、そんな中荊州・巴蜀で一つ
の国ができちゃったんだから。漢中じゃ夏侯淵死ぬわ
ガチで曹操敗北だし。

関羽自体の武名(虚名?)も当時最強の将と恐れられ
てたんだし、それをもっと上手く利用すれば良かったのに。
孔明も、蜀建国後すぐ荊州に帰れなかったのかな。

550 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 10:18:58
>>542
例えば乃木や長嶋は名将か?
>>548
>としては
こんな簡単な日本語もわからないのか?

少しは誠実にスレに参加してくれ

551 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 10:47:49
>>547
荊南は演義だけだったような……
正史でそのエピソードあったっけ?



だいたい関羽がその戦闘の総指揮を執った時の戦績は
負け VS曹操(劉備がとんずらこいた状況で勝てる訳ないし、戦うまでもなかったのかもしれないが)
負け VS楽進・文聘
勝ち VS于禁・?徳
負け VS徐晃
負け VS潘璋・朱然(まあこれは敗走中だが、文字通り致命的)

仕方のない状況があるとはいえ、負けが込んでるんだよなあ
それに仕方がないを言い出すと、于禁相手の戦勝にケチがつく

552 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 11:42:32
なんで正史基準でしか見れないアホが多いんだろ。
正史評の顔良斬りのエピソードにも散々ケチつける奴までいるし。
三戦板の住人は関羽に恨みでもあるのか?

553 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:01:50
アホはお前だろうが。演義準拠でどうやって議論しろと。
じゃあ平話は?とか横光がとか議論するのか?ええ?

554 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:09:16
>>553
正史、演義の両面からでいいだろ。
まさか、正史が歴史の事実なんてわけのわからんことを抜かすんじゃないだろうな?
正史も作り物の領域を超えてないことをまずは理解せんとな。

555 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:17:05
>>554
そんなことも分からないのがこの板のレベル
それでいて関羽には正史評をも勝手に歪曲解釈したがるみたいね
まあ、世の中ではそんな迷惑な戯言を撒き散らさないようにお願いしたいな

556 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:18:34
>>541
江陵包囲戦に参加
寡勢で北道を固めるも、李通に破られ曹仁に脱出されてしまう

>>546
>野侍から身を起こして、以後劉備という軍事ダメポのおっさんに従事
>していた期間、

お前に三国志の軍事を語る資格一切ないよ
劉備は三国志の中でも最強の精神力を誇る不屈の名将
クラウゼヴィッツも「戦争ってのは相手の物資を無くすか精神を折るかすれば勝ち」って言ってるけど
劉備は精神的に絶対折れない
この折れない心の強さってのを理解できるまでもうちょっと軍事に関するお勉強した方がいいね
一流半の戦術能力に無限の精神力を持った将帥がどれだけ凄まじい存在かって事を理解しないと劉備の凄さが判らない


557 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:20:02
最近そういう議論増えたなあ
正史がどうのこうのという話は正直よそでやって欲しいんだけど
ここでは正史の関羽を語るってことで

558 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:22:29
>>556
>劉備は三国志の中でも最強の精神力を誇る不屈の名将
>一流半の戦術能力に無限の精神力を持った将帥がどれだけ凄まじい存在か

やれやれ。もう厨房通り越して赤ちゃんだったんだな。

馬鹿にレスする必要もないから一抜けするよ。あほらし。

559 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:22:46
もうただ単に住人同士が貶しあうスレと化してるな
歴史の評価なんて解釈の仕方で変わっちまうもんだってのにまるで人の話し聞きゃしねえ

560 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:22:53
>>547
徐晃に敗れたのは樊城じゃなくて四チョウでだな
さらに言うとこの時点で関羽軍は後方の江陵が落ちてて半壊状態
単に負けたわけじゃないぞ

561 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:24:18
>>557
いつ誰がそんなことをいった?

562 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:26:01
>>559
誰も引く事を知らんからな・・・。
いつきてもカオスな流れになってるし。

563 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:27:11
>>558
いや、まて
本気で劉備の諦めなさを理解してないのか?


564 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:29:36
お前ら、いい加減にしないか!

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565 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:31:37
>>561
演義では名将ってもう確定してんじゃん
じゃあ正史だけならどうなのかって話だろ

566 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:33:14
>>552
演義にしても関羽指揮の大規模戦闘もそんなに増えないし、結果が大きく変わる戦いも多くは無いから、将才の評価はあまり変化しないんじゃないか?
あと将というより兵の評価点になるだろう顔良切りなんかの武勇伝は外して考えてるけど、ここ重要?

567 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:33:48
>>565
付け加えるならいつものメンバー+趙雲と最強を争うほどだ

568 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:36:04
さあ、>>564の仲裁効果もさして効力を示さず
更なる醜い罵りあいに突入だw

569 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:43:49
なんだかんだいっても関羽は愛すべき英雄なんだな。
興味がなかったら、まずスレが盛り上がらんし。

570 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:44:16
>>566
将を斬って軍を破るような世界で武勇伝を外すとかいってもしょうがないだろう
大体演義では于禁らは破ったのはすべて実力だし楽進や文聘に負けるなんてこともない
五関突破やそれ以外の功績もかなり水増しされてる
演義基準で名将じゃないというのは無理がある

571 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:48:31
極端な話、信者は都合のいい話を正史と演義と後世の評価などから集めて回る、アンチはその逆
普通ぐらいにしか関羽に興味がない人は関心がないからあまりこのスレに来ない
更にこの状態だから尚更
だから、相手を説得しようにもそれぞれ関羽マンセーか、関羽雑魚だから相手の言う事なんてハナから聞く気がない
ですので、このスレは眺めてニヤニヤが一番無難かなと思われる

572 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:50:02
>>570
確かに演義は、優れた将は優れた武勇を持つか優れた知略を持つかする世界観だから、これは重要だわな
俺のミスだ
(しかし陳慶之みたいなタイプは住めたもんじゃないなw)

573 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:51:22
>>571
き〜さ〜ま〜!

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574 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 12:54:10
>>573
               三 |┃┃
                  |┃┃
             三   |┃┃
                  |┃┃
               三 |┃┃ :   「う゛ぇっ!!」
            三    |┃┃゚ ∵
                  |┃┃ゞ゚:;..:
             ∧∧ ..|┃┃ ゞ ゚ .;
           三 (  ;)  |┃┃゚;:.::;ビシャッ!
            /   ⊃.|┃┃:; ゚




575 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 13:00:39
>>571
あー、それある
しかも悪い事に、信者寄りの人はアンチ寄りの人がその悪い所の集大成を基準としてるとか思いがちなんだ
(逆もまたしかり)

576 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 13:10:37
関羽信者はいままで良スレをいくつも荒らしてきた過去があるから
関羽信者アンチを沢山作ってきてるからなあ。

577 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 13:18:29
>>575
うん、最初から完全肯定か完全否定で議論にならないもん
確かに、少し意見が違うと信者orアンチと見なす感があるね
>>576
一部の人間がやってるんだろうけど、特に評価スレとかで関羽の名前が出ると荒れるよね(´・ω・`)
他にも趙雲とかあって関羽だけじゃないけどね

578 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 13:35:14
>>577
一番荒らしてる奴は「〜だと荒れる」を連呼する奴な罠
実際問題よほどのキチガイ以外は信者もアンチもいい議論になるよ

579 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 13:54:36
とりあえず関羽の能力云々より
ここのスレ住人の狭量さじゃ議論にならんって論は正しい

580 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:11:25
>>560
おいおい、そのまま包囲網に突撃されて破れてるぞ。
さらに言うと、その時点では江陵陥落情報を魏にリークされただけで、まだ半壊状態にはほど遠い。
それだけで半壊状態だとしたら、関羽は統率力無さ過ぎだろw

581 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:25:02
>>580
敗れたのは四チョウにおいてで、破られたのは包囲網だろ
漢文文化を扱う以上言葉はもう少し吟味しようぜ

元々中国の兵士ってのは士気が低いのでちょっとした事でボロボロ脱走兵出ると言われてる
士気が低い分兵法を発達させる必要があったとも言われてるね

582 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:31:11
趙厳伝によると、呉が関羽の後方を襲撃したのは、徐晃らが関羽を破った後になる。

ちなみに関羽は徐晃に敗北した後も襄陽を包囲してるけれど、
これは関羽の船団が無事、襄陽周囲の水がまだ引ききってないからだと考えられる(趙厳伝に、船団が漢水を占拠し襄陽を包囲してることが記されてるから)
ので、騎兵部隊を主力をした徐晃軍では関羽水軍に対する攻撃手段が無かったんだろうな。

583 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:32:15
関羽が捕われた説どれが本当なん?

584 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:35:08
>>581
意味が分からん。
四冢での敗北→徐晃そのまま攻撃→樊城包囲網撃破だろ。
関羽が樊城の戦いで敗北したのは明らかなんだが。

585 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:35:25
>>583
本当なんてないよ。
正史も事実を書いてるわけじゃないし。
まあ、自分の信じたい論でいいのよ。

586 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:35:47
>>582
我々は関羽を語る時、陸戦が得意と演義のイメージによって思い勝ちだが
俺は最近、関羽ってもしかして水軍の運用こそ本領だったんじゃなかろうかとか妄想してる

587 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:37:27
荊州兵は呉と戦い続けたおかげで、呉に次いで水戦で強いってのはありそう

588 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:47:14
周倉の存在を当たり前のように認めてる
俺は他人の意見に左右されない勝ち組。

589 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 18:56:42
荊州兵は昔から水戦が強かったはずだが。
しかし、劉備は平地や水戦がメインの荊州兵で
山岳地帯の益州を取ったわけだから戦下手とは思えないな。

590 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 19:00:35
>>589
だから速攻で高沛と楊懐の2人を切ってその兵士を吸収する必要があったんだろう
またその前段階で老兵を送られたらしい
経験豊富な老兵は戦力にこそならないが部隊の山岳野営等の指南役、風土への理解と色々利点はあるさ

591 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 19:04:38
>>588
この流れでそんな事をいうとは。
確かにお前の器の大きさを感じたw

592 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 20:36:44
>>581
つまり、関羽による兵卒指導は士気を充実させるには至らず、
その兵法も発達する以前の旧来のままに過ぎなかったと

593 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 21:31:18
>>592
何を言ってるのか知らんけど中国兵はこの前の第二次大戦ですらその調子だったんだが…
よくネットで曹操以前と以後で兵法を発達して戦いの様相が違う!っていう論調見るけどそれを信じちゃってる口?

594 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 21:32:01
>>592
まるでその後の中国兵が士気が充実して、兵法が発達しているような言いぶりですね

595 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:20:04
>>593
>>592じゃないが横レス
> 何を言ってるのか知らんけど中国兵はこの前の第二次大戦ですらその調子だったんだが…
全ての兵がそうな訳じゃないだろ。
将にとって兵卒を纏め上げることは基礎中の基礎。

> よくネットで曹操以前と以後で兵法を発達して戦いの様相が違う!っていう論調見るけどそれを信じちゃってる口?
発達する以前としか書いてないから曹操以前と以後は関係ないんじゃね?
普通に春秋以前のままという意味にとれるが。
ていうかそんな論調があるのか…

596 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:24:48
関羽は所詮匹夫、戦で勝ったことのほうが少ない。
所詮用心棒クラス、名将でもなんでもない。

597 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:26:06
その手の釣りにはもう反応する気力さえ萎えた。
もっと勃起してしまうようなネタをおくれ。

598 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:27:06
匹夫に病人に無理をさせて、おべっかに御機嫌取りする呉
匹夫が攻めてきただけで震撼する魏
へたれ2国

599 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:31:35
へたれも糞もないよそれが作戦と言うもの。
関羽は匹夫だから卑怯と言ってやられたんだろうが。

600 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:33:23
だからその手の意見は俺がインポになると何回言えば・・・

601 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:35:28
匹夫なのに多大な警戒
匹夫相手に戦布告の堂々とした戦争よりも、汚名をきてでも裏切りの計略
匹夫相手に婚姻で懐柔を目指す

602 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:39:58
匹夫相手に大国2国の名将総掛かりでようやく討ち取る。

603 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:42:35
太守が匹夫じゃなければ、形州はあんなあっさり落ちないでしょ。
孫子の兵法にも勇敢なのは罠にはまって殺されるとあるがそのまんまだな。

604 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:46:07
匹夫相手だろうが南郡という要所を攻めるのに警戒し過ぎってことはないからな
正直関羽相手じゃなくても同じ対応をしたと思う

605 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:50:27
同盟国と自国より強力な敵国との挟撃を受けて挽回できなかったから匹夫
土地は得たけど人材不足に悩む呉

606 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:52:02
匹夫を虎と恐れる呉首脳陣
でも匹夫相手以外でも同じ程度しか警戒しません

607 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:52:59
>>603
ナイス生兵法!

608 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:53:45
少なくても荊州は人口も多く益州より豊かな地でしょ。
よほどの馬鹿太守じゃなきゃ、他国からの侵略で簡単に落ちないでしょ。

609 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:55:04
匹夫相手でも集団戦である戦争は
おべっかを使って、油断させてなお、同盟を裏切る計略を使わないと全面攻勢はしません

610 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:55:44
>>608
荊州南部をあっさり手に入れる匹夫達主従

611 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 23:56:24
匹夫は猪みたいなものだから真正面の敵には強い。
そこを避けるのは作戦として当たり前。
自分の浅はかさで罠にかかり、負け惜しみしても匹夫のたわごとでしかない。

612 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:00:09
>>611
生兵法2発目w

613 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:00:43
関羽が匹夫なのか超絶天才なのか凡人なのかは最後に決めること
彼以外の要素を洗って行こうや

614 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:01:12
匹夫相手に汚名を着て、名将が二人がかりで騙す大戦略
得た土地の人士にはそっぽを向かれ
共に魏を討たんとした当初の大戦略の崩潰で
国の崩潰の危機を迎える
計略にひっかかったので、同盟国を信じた匹夫は匹夫

615 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:03:56
冗談では無く、最強国に大打撃を与えるチャンスに
最大国では無く最弱国から領土を掠めて御満悦
報復が恐くなって協力要請するも、無視されて国の崩潰危機を迎える

616 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:05:40
最弱国と大戦争で、最強国の争乱を納めるチャンスを与えた大戦略

617 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:06:29
>>595
発達する以前って「春秋時代には発達してた」って話なのにどう読んだらそう受け取れるんだよ
無意味な横レスすんなよ

>>608
人口多かったのは劉表時代な
赤壁以後は流民はそれぞれ三国(の元になる勢力)に吸収されてそんなに人口は多くないと予測される
そもそも荊州が人口多かったのは流民が流れ込んだ為で流民ってのは戸籍で管理できてないので
いるだけではあまり意味がない
さらに豊かというけども、荊州の富を生む鉱山地帯は孫権支配下
劉備が抑えた南部の4郡は疫病に溢れ反乱の続発地帯
かろうじてまともなのは南郡の江陵だけ

これでどうやって堅くできるんだかな

618 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:08:35
その後も
「今さら合肥を攻められても・・・」
戦力比が変わらないのでまったく打撃が与えられない、な、大戦略

619 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:12:27
結局蜀は人材不足で荊州は守れなかったと思うよ


620 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:14:47
関羽ってどこを見ても名将なんて見るところない。
戦で負けなしどころか負けてばかり、荊州はあっさり占領される。
部下には簡単に裏切られ。
要するに匹夫の勇の達人に過ぎぬ。

621 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:15:57
>>619
人材不足ってどこが?

622 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:17:05
ageて下手な釣りしてる奴は全て同一人物のようだな
相手にするだけ無駄かと

623 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:18:59
>>620
さすがにもう突っ込まんぞ
ちょっとちやほやしすぎたな

624 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:21:01
関羽以外にしかるべき人材がいなかった
しいて言えば孔明だが、その孔明が本国蜀の経営で動かせない
人材不足以外の何物でもないだろ

625 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:24:01
>>624
いや、あの時点で誰が荊州に居ようともあの時点での呉の裏切りは避けられない

626 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:27:36
呉が裏切った以前に匹夫が軍隊引き連れて猪のように北上しすぎたんだろ。
そのため慶州はからになり。
守りの人間には匹夫めがと愛想つかれ。

627 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:28:38
蜀の呉に対する外交が既にまずかったってことかね

628 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:30:45
>>626
そろそろお前向けにAA貼ってもいいか?

629 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:44:10
>>624
ただ人材が居たとして、プライドの高い関羽が自分を外してそいつを使うことに難色示しそうだな
関羽がそれで劉備を裏切るなんてのは有り得ないから致命的にはならないだろうけど

>>625
確かに北上後だとどうしようもないが、しかし北上自体が不用心だったとは言えないか?
孫権が荊州欲しがってることは、劉備勢力首脳陣は知っててしかるべきことだし
ここは関羽(もしくはその上=劉備)の戦略ミスだと思うが

630 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:44:39
孟達に援軍を求めるのは無理。
彼は領土を少数で拡大してるのに、さらに呉と戦えというのは
無茶。
しかしながら、関羽は一代の英雄であることは間違いない。
白馬で張遼と並んで先鋒だったことを考えると、同格ではないか?

631 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:46:21
匹夫「ふん ふん ふん ふん」

魏軍「匹夫がきやがった」

匹夫「ふん ふん ふん ふん」

呉軍「いまだ!匹夫が去った」

荊州「匹夫めがわが国が空ではないか・・・降伏しよう」

曹操「やはり匹夫よのう」

孫権「ははは、匹夫めが」

劉備「匹夫に任せたのが間違いであった」

張飛「所詮匹夫よのう〜、孫子の言葉に勇猛なるは罠にかかり撲殺されるとあるのに」

632 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:48:47
呉と講和するにしても系州に軍事力がないとできないからな

633 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:50:22
>>629
不用心なのは確かだけども
魏の軍事システム上、あそこで攻めないと次の機会来ないぜ

634 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 00:55:06
陳寿が関羽を蜀漢五将筆頭にしたのってつまり、
彼なりの晒しageなのかもしれないと思った事があるが、
このage厨の猪ぶりはまさに彼なりの関羽の体現なのかもしれない

635 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 01:11:53
呉ってなんで裏切ったのかね?
猫の額の領土が欲しくて、魏への打撃を諦めたの?

636 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 01:31:59
>>635
最低でも
・いい加減泥沼化していた合肥ルートからの進軍以外に進軍ルートが増える
・敵は荊州から攻めてくると考えられるので、防衛上にも有効
・ここで恩を売ったことで最終的に王が貰えた
 これで孫権支配の正当性が高まり、後の皇帝即位への第一歩となったといえる
 (孫権はもともと正当性を後漢から受け継いだ曹丕や、劉氏の血に求めた劉備に比べて正当性が弱い)

まあ、劉備の反撃を退けることが最低条件だけれどもね


その後、適当な時期に独立してなれるはずもない皇帝になり、蜀漢との関係修正にも成功するんだからデメリットも少なかっただろ

637 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 01:35:32
にしては、その後も合肥から攻めてるし
王から皇帝への道のりに正統性も無さそうなんだけど
無理矢理なってるし
そのメリットなさげじゃね?

638 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 01:35:58
>>636
追加で長江の水運を握る鍵は江陵にあるので仮想敵と化してた劉備には持たせておけない

639 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 02:16:26
呂蒙や魯粛の戦略上、魏に対する防衛戦をしく上で江陵は欠かせない土地だからだろう
蜀に譲渡したのは周瑜が亡くなった影響もあり、魏と別方面でやり合う事を考えての問題児らしい魯粛の策だろう
後で取り上げればよいと

640 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 03:38:06
荊州を奪った呉に、魏とやり合う気があったかは疑問だな。
ただ蜀にビビっただけだろ。
魏蜀に比べて、呉は天下統一の姿勢も意思も希薄過ぎる。
孫権が守りに秀でているって評通り、ただただ現状を保持したいだけの
国だったと思うよ。
少しでも安定した防衛線確保したいから攻めて、ダメだったら媚びる。
その繰り返し。
ある意味、忠義に生きる関羽の思考からは外れた国だろう。
だから、戦略を読み誤った気がする。

641 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 04:25:15
戦うって言葉には防衛戦争を含むぞ
正直、荊州を保持してなかったら呉はもっと早く滅びてる
ただ呉朝成立後には天下取りなんて考えていなかったっていうのには同意だな

そういう意味では関羽以後も、諸葛亮や姜維が国是といわんばかりに北伐を繰り返した蜀との対比は面白いね
江南経営に成功し、その後の六朝時代の先駆けとなった呉(そもそも六朝に呉は含まれる)
魏晋南北朝や六朝時代なんかの数え方からは無視されたが、異民族に圧迫され南に逃れた人達から正当とまで評価された蜀
現実的な功績を遺した呉と精神的な功績を遺した蜀と言っても良い

642 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 05:35:16
まあ人口が少なくて沖縄やもしかすると九州まで奴隷狩りに
行ったぐらいだし、反乱も日常茶飯事でまだ中華の国とは
言い難い「南方」だったからね>呉

なによりも生産拠点、人口密集地として喉から手が出るほど
欲しかったんだろう。防衛上も攻勢点としても。

643 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 07:37:40
>>641
「荊州を保持してなかったら呉はもっと早く滅びてる」
詳しく

644 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 12:50:41
>>643
晋時代に呉討伐の決め手になったのが、大量の水軍
荊州を魏が領有し、強力な水軍を手に入れれば呉は水上での防衛戦を維持できない
赤壁の勝利で一番大きいのは魏の主力な艦船をまとめて焼き払った事
それ以降、羊コが軍船の大量製造を行うまで呉は水上の有利を不動のものとし長江を防衛ラインとしている
実際、曹丕や曹仁などがフルボッコにされてる

645 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 12:58:08
蜀陣営も同盟の維持には最低限江陵の返還(もともと周瑜が奪った土地)が必要なのは分かっていたはず
呉が魏と戦っている間に勢力拡大している以上、このままやりあうと蜀だけが有利になるという空気の中で魏と呉が停戦して、それでなお呉に何もメリット与えなければ最悪の事態を迎えるのは当然


646 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 13:40:06
>>645
そういう意味で「涼州取ったら荊州返す」は出任せじゃなくて確約だったんだと考えられる
もし劉備にそのまま奪ってやるって気があるならすっとぼけるから
むしろ劉備が奪った二郡を分け与えるってのは物凄い譲歩

647 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 14:50:22
>>646
漢中も確保してないのに、そんな事言われても挑発にしか聞こえない


648 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 15:00:31
>>647

649 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 15:12:47
>>648
劉備がその発言したのは成都攻略後
それがきっかけで、呂蒙が三郡を奪い蜀呉の睨み合いがおき曹操の漢中侵攻により和平している
蜀擁護派はそういったのを何も調べずに憶測だけでものを言い過ぎ

650 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 15:19:07
>>641
確かに、呉蜀の対比は面白いな。
歴史の前後を逆に読み解くと、両国に対する印象も変わりそうだ。

無双だと呉=情熱の炎的な感じだが、一番熱く燃えてた国は蜀だな。
その分、燃え尽きるのも速かったわけだが。
呉の炎なんて、周喩と陸遜の火計くらい。
精神的功績というのも含め、蜀の盛衰は非常にドラマチックだった。
関羽の声望や評価には、そういう背景も少しは含まれてたと思う。

651 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 15:39:25
>>649
何が憶測?

652 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 15:47:27
>>649
蜀擁護派などという架空の存在を作り出さないでくれ
>>645の流れを受けて蜀の思惑はどうだったかって事を話してるのに
「そんなの不当」とか言われてもどうしようもない
「蜀が」どう考えどう行動したかを話し合ってるんだから

653 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 18:19:43
戦慄のオナニー将軍

654 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 18:35:58
しかし陳腐なスレだな。

655 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 19:07:19
三戦板に上等なスレなんてありません

656 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 19:55:07
しかし匹夫な大将だったな

657 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 20:03:19
sageることも知らないような匹夫に言われちゃあな
一気に色んなスレあげすぎ

658 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 20:11:49
関羽はなんで後の時代になってもあんなに人気があったんだろ?
イマイチ正史の関羽伝読んでても彼の魅力が分からない

659 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 20:38:58
みんな攻撃的だね。他人に対して

660 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 20:53:49
仕方ないよ。
今までの過去で関羽信者は敵を作りすぎたんだから。
関羽信者アンチの数が半端なくいるんだから。

661 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 21:14:18
>>645
そういう意味でも、孔明自身が提唱して実現した「三国鼎立」への
蜀首脳部自身の認識と見通しが甘かったんだよな。

蜀と呉が常に不動の同盟関係を維持できるというはずがないし、
かといってあっさり荊州を放棄するわけにもいかない。
そのジレンマが漢中攻略と襄陽包囲に駆り立てたのかもしれない。
前者は大成功だったが、後者は成功目前で潰えたという違いだけ
で。

呉がもっと遠くを見ることが出来る国であれば、関羽の攻撃に支援
したり合肥から出たりといろいろ出来たはずだが、漢中奪取で逆に
おそれが出てきたのかもな。ケツの穴小さいとは思うが、それが「三
国鼎立」の宿命だし、そんな理想が続くなら一緒の国にでもなれる。


662 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 21:33:21
そんなこといっても、荊州を取られた劉備に曹操が死んだ隙を狙って
長安を攻めれば良かったのにとか、遠くを見れないケツの穴小さい奴とは思わないだろ?
荊州は単独で魏と対抗するために必須なんだから。

663 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 21:51:40
そういや蜀って呉が合肥方面を攻めてる時に一度でも荊州から同時に攻め込んだことあったか?

664 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 22:18:26
それはなかったよな。長江を下る方が桟道より遥かに近道だけ
ど、それをやって仮に襄陽落とせても、漢中とつながるなんてほ
ぼ無理だし、蜀本国とはじめから孤立してしまう。要するに荊州
に援軍出しても領地が増える可能性がない。
純粋に兵力だけ貸すほど仲良くもないしな。


それと、関中に出るのと比較して兵力分散効果が小さい。



665 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 22:48:18
>>660
そうやって何でもかんでも他人のせいにするなよ
今こうやって選択して行動してるのはお前自身だろ
当人の言う仕方ないなんてのは言い訳か現実を誤魔化すための詭弁でしかない
仕方ないと言えるのは傍観者だけじゃないか
スレに参加した時点でお前は傍観者じゃないんだよ

>>661
諸葛亮の三国鼎立が「呉は信頼できる同盟者」という物凄い無理のある設定だから破綻も当然と言えば当然
というよりも207年時点では強引に呉を信用できるものとして行動しないとどうしようもない状況だったわけで
どうしても関羽の末路や蜀の逼塞は避けようが無いというか歴史の必然というか…

666 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 22:54:57
>>640
ひょっとして、呉が盛んに魏を攻めていたことすら知らない人がいるのか…?

667 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 22:55:52
天下の豪傑を匹夫の勇扱いか。

うむ、それが三戦板のレベルか。

668 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 23:02:12
ぶっちゃけ、あそこで死んだから、今でも神として崇められてるわけだな。

669 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 23:09:49
>>667
何もおかしいことないぞ
項羽も匹夫扱いされてたの知らんのか?

670 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 23:12:56
>>669
なるほどこんな奴がいるから
三戦板は馬鹿にされるのか。

671 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 23:16:00
わかった、わかった
ごまめの歯軋りは見飽きた

672 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 23:18:21
匹夫しか言えないアホもとうに見飽きた

673 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 23:27:17
>>665
>三国鼎立が「呉は信頼できる同盟者」という物凄い無理のある設定だから破綻も当然

そもそも、蜀側も呉から信頼を得るような行動を取ってなかったからな

674 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 00:11:58
涼州取ったら荊州返すって
蜀は涼州を取れる目処くらいは立ってたの?
それとも願望くらい?


675 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 00:19:00
持ち家買ったら養育費返すよ
って言うニートくらい

676 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 00:22:41
>>673
その前に呉が結構怪しい行動とってるからね
江夏とかいつの間にか劉備から勝手に奪い取ってるし

>>674
関羽の北上成功してたら取れる目処は立ってた
劉備が当時物凄い日の出の勢いだったのもあるから、本人達は多分マジメに取れると思ってた

677 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 00:56:38
>>644
それってもっと川上の益州取られたからじゃん

678 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:27:56
少なくとも、呉は諸葛亮時代は信頼に値する同盟者だったと思うよ。
諸葛亮は信用できても、劉備は信用できないってとこじゃないかね。


679 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:39:07
劉備・孫権の仲違いの歴史
・赤壁会戦前に魯粛が勝手に同盟
孫権(巻き込みやがって)
劉備(しょうがないから仲良くしとくか)
・赤壁戦後に何故か孫権が江夏に乗り込み本拠地に
孫権(巻き込まれたんだからこれくらい役得だろ?)
劉備(ふざけんな、勝手に江夏取りやがってとは言うものの今は仲良くするしかない)
・江陵攻めを周瑜・劉備共同で行うものの江陵を得たのは呉
孫権(主力はうちだしな、アレ?南部四郡取られてる?ふざけんな)
劉備(今は仲良くするしかないが、その間に南部四郡いただき)
・江陵貸与
孫権(あれ?魯粛勝手に何を…)
劉備(しめしめ、これまでの借りをノシ付けて返してやるぜ)
・蜀取り
孫権(何で俺に一枚噛ませない!)
劉備(よーし、これで独り立ちできるぞ)

()内部は俺の想像だが、これじゃあ信頼できるわけがねぇ

680 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:44:11
江陵なんか持ってても、劉備の為にせっせと守ってやってるようなもんだ

681 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:51:47
>>676
どうかね。
劉備は赤壁では参戦せずに美味しいところだけいただいたって説もあるし、
第一、劉備のそれまでの行動を考えたら信頼できないと思うのは普通だ。

682 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:59:30
>>681
続く江陵攻防戦できっちり周瑜と一緒に曹仁包囲して1年余りも戦ってるじゃないか
どこが参戦してないってことになるんだ?

683 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:12:44
赤壁じゃないのー

684 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:14:26
>>682
赤壁もちゃんと追撃に参加してるよ
水上戦そのものはやってないようだが

685 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:23:25
そりゃ勝った後の話じゃ
単なる美味しいとこ取りだろ

686 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:30:30
>>685
勝った後?
何を言ってるんだ
追撃こそ戦闘で最も相手に打撃を与える重要な軍事行動だというのに

687 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:37:28
曹操が「周瑜に負けたのだから悔しくはない」って演義だっけ?

688 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:39:54
>>686
いや、そんなことどうでもいいよ。
劉備は曹操にろくなダメージ与えられなかったんだから。
どちらにしろ、赤壁・烏林で敗北した後の話なんだし。


>>687
正史

689 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:40:51
周瑜伝の注釈には曹操が「病のせいで船を焼いて逃げたことが周瑜に虚名を上げさせることになった」って書いてるな

690 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:42:24
>>686
では、魏が正面から戦っている時に裏から荊州奪ってきっちり追撃して確実に関羽殺したのは大正解でつね

691 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:44:56
>>688
どうでもよくないだろ
武帝紀では曹操に赤壁で勝利したのは劉備
ロクなダメージ与えてないのに劉備に負けるなんて不思議な話だな
焼き討ちに遭って追撃を防ぐ為に自分でも船を焼きつつ逃げる曹操が
劉備の追撃によって絶体絶命の状況だったけれども一瞬の判断の遅れで曹操を取り逃がしたという事も注釈にあるじゃないか

692 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:45:37
>>690
局面だけ見れば正解じゃない?
ただ大局を見ると必ずしも正解とは言えないけど

693 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:52:14
関羽は役人とか高官に対してはきつく、部下や身分の低いものには優しくて
張飛はその逆だったという説をWikiかなんかで読んだ。

名将か愚将かというなら、名将としかいい様がないが、
関羽は名将というより豪傑という言葉の方が合ってる気がするな。

694 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:53:03
>>691
そりゃそうだ、劉備の抵抗にあったのは事実なんだから。
それはあくまで赤壁・烏林の敗戦で戦力を削がれたからであって、負けて逃げる敵を追撃するのは危険が少なく功績を挙げやすい戦い。
だから「劉備の美味しいとこ取り」だって言ってんだよ。

ちなみに劉備の攻撃で被害を受けたとは注釈に書かれて無いよ。
弱兵を踏み潰したことを劉備による被害とみなせば、そうなるけど。

695 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 02:54:48
荊州自体が、劉備が万全で備えていた呉に無理やり攻め込まなければ
いけないほどの重要な土地だったと証明してるからなあ。
夷陵が関羽の仇討ちとか、蜀には必要だが呉は荊州は重要では
なかったと言うには無理がありすぎるし。

696 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 03:03:00
>>692
呉からみれば大局的にも正解だろ。
どんなに頑張っても、呉も蜀もいずれは中原の勢力にほろぼされる運命。
だったら蜀を追い落としてでもNo.2になり、三国中、魏に対する影響力を増しておいたほうがいい。

697 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 03:07:56
>>695
荊州とった後は蜀には侵攻の姿勢みせてないよな
曹操死後のどさくさに紛れて魏に攻め込む割に、夷陵で壊滅状態になった蜀に追い打ちかけずに自分から和平切り出すし

698 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 03:13:49
>>697
魏が三方面侵攻してきてるのに追い討ちをしてどうすんだ?
それこそ関羽と同じ愚を犯せと?


699 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 03:17:27
>>696
南朝が北朝を併呑する事だって極少数ながら存在してる(南北朝時代ではないが)
三国志以前の世界では南北に分かれた中国の北が必ず勝っていたわけではないのだし

事前の経緯からしてまず無理なんだけども、協力して関羽と一緒に北上してりゃあ
もしかしたらもしかしたかもしれないよ

>>697
曹丕が荊州北部から圧力かけてたからね
魏としてもあそこで蜀に滅んでもらっては困る

700 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 04:29:34
>>679
そもそも赤壁は曹操と劉備の対決が主体で、孫権は劉備の助っ人程度の立場。
劉備軍と呉軍の兵力に大差はなかったし、孫権からすれば劉備を正面に出して
曹操の脅威から逃れたい所だった。

赤壁では、呉軍が主力だったとは言い難い。
劉備軍も常に戦線にいたし、呉軍の活躍は水軍が目立っただけかと。
荊州貸与の説も呉起源だし、厄介な国だった事は確かだな・・・・

701 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 06:04:14
>>699
南から統一したの朱元璋が初めてって言えるくらいじゃあ……
その頃にはもう国力は完全に南が北を追い抜いてるから、そんなに不思議な事ではないし
確かに北伐は一時的ならしばしば成功するし北の侵攻を防いだ例は多いけど、完全に覆した例は本当に少ないぞ


>>700
どんな脳内赤壁よ

702 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 17:39:54
>>701
三国時代、北方の疲弊っぷりは筆舌に尽くしがたい荒廃具合
それが回復する前に生産力差を埋める行動が必要
そして、関羽北上時には西の長安に曹操本体が、東には夏侯惇率いる二十六軍がいるものの
曹仁が包囲され、残る予備兵力率いる于禁は既に敗れ軍事的に荊州は完全に空白状態
軍事的にはここしかない好機
だからこそ関羽は判断を誤り突出してしまったし未練を残して退却もままならなかった
(関羽が物凄く未練たらしい性格って事は正史三国志から覗える)
国力差が出る直前の段階だからこそあまりにも惜しいんだよな

703 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 23:52:55
>>702
そもそも、蜀だって漢中や上庸が国力回復や統治に時間がかかる状況だから関羽独力でやらないといけないのに可能性があるか?
呉が協力したとしても、合肥方面からでは騎馬をどうにかしないと侵攻する目処すらたたないし

704 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 00:05:25
関羽北攻是非論の際に高い確率で言われる「劉備側の新地統治の時間的問題」ですが、
これ、実際はどの程度の時間が必要なのか、また、どのくらい重要なのか、キチンと説明できる人っておられますか

705 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 01:11:16
漢中は住民の大半を曹操が移住させているから北伐するだけの状況になりえない
まず、漢中を前線基地にするために蜀の他の土地から人を入れてという気の長い作業
後に諸葛亮が兵糧の維持にあれだけ苦心しているのに、この状況では考える迄もない
上庸は孟達が奮戦してようやく確保して戦後統治と維持だけで手一杯
そもそも、他に回す兵力など最初からない


706 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 01:56:32
>>703
別に関羽一人で魏を全部制圧しろってんじゃないんだが
南陽を制圧程度で魏は常に物凄い負担になるし

707 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 07:23:29
南陽でなんでそんな負担増になるんだ?
ハン城=襄陽ラインは難攻不落、人口流動で過疎地に陥った
河中、河北に比べれば人口も肥沃さも格別、将軍軍師は綺
羅星のごとく。
しかも、無傷で戦乱をくぐってきた癖に曹操南下時にあっさり
降伏するような連中だから統治にもさしたる困難はなかった。
元々人口が少なく土地も乏しく、五斗米道の難、曹操の住民移
動の後遺症等の劉備の漢中経営とは段違い。

余裕だろう。

708 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 07:50:41
曹操の南陽統治は過酷だったらしいから、関羽が入ったら解放者として歓迎されるかもな

709 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 10:38:14
>>707
守備兵をエン州に大量に置く必要が出てくるから
逆に南陽盆地は北側が山脈に囲まれててちょっと攻め込んだ程度じゃ落とせない
南陽をぐるりと囲う形で常時守備兵を配置しなければいけないのはとんでもない負担だよ

710 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 19:04:57
関羽がここまで皆に愛されてるとは。
さすが天の帝になるほどの御方だ。

711 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 20:11:14
なんだかんだでスレ伸びてるしな
ただ個人的には人格的に尊敬できるとはとても思えん・・・

712 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 20:16:42
俺は尊敬しまくってるけどなw
全国関帝廟巡りなんかも楽しそう。

713 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 20:22:49
呂蒙>関羽
陸遜>関羽
夏候惇<関羽

714 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 20:25:34
夏候惇<関羽は納得いかん!

715 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 20:53:49
つーか思うんだけど関帝って・・・・















ただの匹夫だと思ふ【´ゝ`】

716 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 21:15:24
関帝廟めぐりは楽しそうね
酔っ払いの神様としてどっかに張帝廟はないもんかな

717 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 21:50:55
むしろ暴力の神様

718 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:03:40
>>716
http://www.2nn.jp/news4plus/1191970266/

こんなイベントがあるw
今だ張飛もとても人気者だよ。
関羽&張飛はいつの時代でも数多くの人々の敬慕を集めてる存在なんだね。

719 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:10:44
そうだね、日本でもいまだに真田幸村が敬慕を集めて最近では
前田慶次もそうだね。

720 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:13:39
人格的にはダメ人間なんだけどな
なんとも言えず好きだ

721 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:21:02
豪傑の単純な性格は逆に魅力的でもあるからね
マイナスイメージに繋がる話なんだろうけど、個人的には
関羽が諸葛亮からもらった手紙を見せびらかしたりするような部分が好きだな
腹に一物も置かない高潔さのようなものも感じる

722 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:39:52
三国一の実力者だった曹操じゃなく、あくまでも劉備についてったのが当時の人たちから見ても愛された理由なんだろうな
道義とかにとにかくうるせー時代だったから

723 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:49:08
前田慶次は違うだろ。
小説と漫画がなければ誰もしらんw

724 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 00:03:26
>>722
抜け目ない権力者は確かに愛されないよな
豪放であり任侠にも厚い、しかしそれでいて
性格的に真っ直ぐすぎるのも欠点
民に末永く愛される英雄ってのはこういう人物なのかもしれないね
その清清しさこそ神なって然りの部分でもあるし

725 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 00:10:42
まあ演義はモンゴル支配への抵抗の賛歌だからね。
劉備と脇に侍する関張に判官贔屓で夢を託したわけで。
強者=曹操を元に見立てたんだから曹操の不人気はしょうがない。

でも、やっぱり正史も演義も曹操が英雄群像の頂点なのには変わりないし、
関羽についても熱烈な片思いと、相応の返礼(華容道)も描かれたし、董卓
みたいに圧倒的なワル扱いでもないところがにくいw

726 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 00:28:03
>>724
関羽は死後の方がよっぽど忙しいって書いてる
神話著者が居たけど夢があること言うなあって思ったよw
各種民間の話や雑劇なんかにも良く出てくるんだよね。
かつて黄帝が倒した邪神を倒したり、美丈夫を誘惑しようと近づいた性根の卑しい妖狐を一刀両断にしたり。
死後は強い霊験を持つ関帝として妖怪、邪神相手にその豪腕を振るい
ありとあらゆる厄災を取り払ってくれてるんだなというロマンも感じるスケールの大きい英雄神だよね。
道教の立場的なものを考えるとそういう神秘も本当に実在してるんじゃないかと思えるから不思議だよ。
まあ、だからこそ俺は関帝廟参りが止められないってのもある。
神話、宗教サイドから見ても関羽は魅力的なんだよなあ。



727 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 01:01:58
特に伝説化したのはやっぱり明期らしいね。
関羽の力で元を駆逐出来たということで。

その後、同じ北方民族の清が関羽を国をあげて祀ったのは
笑えるというかなんというか。

728 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 01:38:40
関羽はガンダムに乗るべき。

729 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 12:28:04
逸れ廃るビー印愚

730 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 19:34:47
>>727
明対清の大戦では、両軍が関帝の加護を求めたらしいからな。
中国にここまで根を降ろした大英雄というのも関羽くらいのものだろう。
思想家でもないのにこの影響力は凄すぎるw

731 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 20:14:26
>>726
ただそもそも関羽崇拝の文化圏から離れた日本に居るとその辺がよくわからないんだよな
日本人の崇拝対象としては鍾馗や李靖の方が上だろうし
(実在したかよくわからない奴や外来の神と習合した奴と比べるなと言われそうだが)
ご当地英雄の規模が凄まじく大きくなった奴というか

単に俺が宗教や土着文化に馴染みがないだけかもしれんがね

732 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 20:22:04
誰も関帝聖君としての活躍は否定はしてないんだがな。
中国の偉人達は神になるより仙人になりたがるから、いまいち信仰について
希薄に見えるし。
ただ、関帝聖君は名将だから生前の関羽も名将だと乱暴に結び付けるのは愚かだろう。

733 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 20:30:30
つまり関帝聖君は実際の関羽とは別の存在ということか

734 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 20:35:35
そりゃあ違うな。
成立道教の三清のような存在は道の根源とされる存在であり
人間の手に届かないようなポジションにいるまさに伝説的な存在だ。

しかし民間道教、特に英雄を神として祭るような習慣というのは
その神があたかも今だに自分達を監視、監督していて良く祈ればご利益があると
真剣に考えてるのが漢民族の伝統文化。
すなわち、今だに関羽ここにありということだ。
英雄たる英雄は神として永久に尊崇されような地位にいるのだよ。
そういう文化を理解できないと、馬鹿らしい絵空事と思うかもしれないがね。
関羽=関帝聖君であり、ここに生前、死後の区別などつけたりはしないというわけ。

735 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 20:46:33
>>734
もちつけ
>>733の言ってるのは実像としての関羽のことだろ
崇拝の話なら抜きにしてくれないか

736 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 20:58:15
そりゃ関帝様ってのは後世の人たちのイメージが膨らんでできたものだからね。実際の関羽とは違って当然。

737 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 21:20:10
>>734
しかしだな、たとえば端午の節句には人形を祭られ、戦国武将の旗印になり、大日本帝国の戦闘機の名前に冠せられた鍾馗は、
伝説じみた話ではあるが科挙の落第者だぞ
その二者をすんなり同じものと繋げられるか?

しかも俺たち日本人は別に鍾馗と違って関羽を崇拝する文化圏内にすらいないんだぞ

738 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 21:42:54
うーん天皇でさえ実際神様なんて思ってる人もいねーしな。
関羽への信仰心はちょっと理解しにくいもんがあるね。

まあ、いずれにしても千年二千年後の虚像ではなくて、あくまで
当時の名将度を考えるスレだからね。

739 :734:2008/02/07(木) 23:22:08
>>735
崇拝ではなくそれが現在の実像でもある。
史書の記述も勿論重みがあって信用するにたる内容だが
死後の関羽に尊格を与え、今なお健在であると主張する
人達の価値観も認めてはもらえんかね?

>>737
それは繋がるな。
関羽を崇拝する場所なら華僑ゆかりの関帝廟が日本にも
結構あるのよ。
有名どころでは函館、横浜、大阪、長崎など。
東京の立川にもある。
意外と身近でしょw
天后聖母もかなり人気の高い神様で中華街にはよく
共に祀られてるよ。

史書の評価も存分に認めたいし、その中にある豪傑として評に
傲慢な性格からの失敗談も勿論関羽の特徴だと思う。
しかし、その後に生まれた関帝への昇格人事(道教には人界のように神の昇格や降格、移転などの人事も存在する)も認めては頂けないだろうか?
>>1の意見を見る限り当時の評価のみではないと感じたので意見をさせてもらったのよ。



740 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 23:50:20
>>739
「日本で」ではなく「日本人が」だ
日本で華僑・華人以外で関帝を祭っている人がどれだけいるというのか
日本人が参る数では関帝は東照大権現には負けてるとは思うが、それだと日本人にとっては関羽は家康以下なのかね?

そもそも場所が近くても文化的断絶(とくに宗教がらみは)ってのは大きいよ
たとえ同じエルサレムに住んでいても、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒のナザレのイエスの評価が一致しないようなものだ
(ユダヤ教徒にとっては偽救世主、キリスト教徒にとっては神、イスラム教徒にとってはムハンマドに劣る預言者と一致する気配はない)
イエスほど宗教濡れじゃなくとも、十字軍関係だとキリストとイスラムじゃあ評価が割れてしまうだろうしな

だから中国人に崇拝されているという事実は確かに評価の一つにはなるだろうけど、それを日本人が意識過ぎる必要はないだろう
別にその辺を無視して史書だけから見ようが、歴史小説からだけ見ようがいいじゃないか

741 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 00:11:36
>>740
日本人は文化的断絶なんて無縁の民族じゃないの。
結婚式は教会で挙げるが、仏さんになれば坊さんが家に着たり
日本古来の神道は道教に寄る部分がかなり多かったり。
そもそも日本には確固たる国教もない。

別にいいんでないの?
関羽の評価基準を押し広げても。
そういう性格もあるんだったら史実のみに重点的に拘る必要もないかと。

742 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 00:18:58
>>740
お前ももちつけ
何をいいたんだかよくわからんぞ

743 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 00:28:51
>>742
いや、一つの文化圏での評価がその他の文化圏に適応出来るとは限らない、って言いたかったんだ
特に文化圏によって評価が変わる人だと、民間の評価を聞くだけだと訳がわからなくなるしね
(まあ関羽は中華文化圏から大きくはみ出す事をした訳じゃないから、比較的評価を聞く相手が少なくて済むけど)

744 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 00:31:46
関帝信仰はアジア圏では仏教をも上回るんだぜい?

745 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 00:47:28
>>744
それって関帝崇拝持ち出した華僑・華人の絶対数が多くて、仏教が東アジアでそんなに優越性保ってないだけのような……
タイ人とかマレー人とかインドネシア人とか関帝ってそんなに人気あるの?

746 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 01:31:00
多様な文化圏の人たちが書き込んでるんだから
その手の混乱はしかたない

と、最近思うようになりました。

747 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 05:28:19
もうスレタイとは殆ど関係ない流れじゃん

748 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 06:05:34
>>747
自分で議論してて「史的イエス」とかいう単語思い浮かんできたぞもう……
片棒を積極的に担いでいた俺が言うのもなんだが、せめて名将の処までは話しを戻そう
関羽=関帝聖君という人は、それがどう関羽の将の評価につながるか、名将とは何かという処に言及してくれ

史的関羽≠関帝聖君と思る俺は、関帝崇拝はそこから直接関羽の将才の評価に繋がらないと思ってる
名将とは広く軍事に優れた人だと思ってるから、俺は関羽は猛将であり良将だとは思うが名将とは思えない
(名将とするには重要な軍事功績の数が相対的に少なく、
 戦術も戦略も謀略もどれもそれなり以上にこなすが一流どころには及ばない)
ただ、人間性がどうかと思う点があっても、その生きる姿勢に惹かれる人が多いんだろうだあとは思ってる


749 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 06:12:42
名将って軍事に優れてて、かつ慕われている人気が必要と思っているので
関帝崇拝は参考になると考える

750 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 06:39:07
武勇を示すエピソードも少ないじゃん?
顔良のも近寄ってきたところをいきなり斬り付けたって話だし。
単に異様に威圧感のある風体で、こいつはきっとつえーなって思われてた程度だと思う。

751 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 07:46:18
そんだけで、周瑜や程イクや陸遜など、色々な方々をびびらしてるんだとしたら
凄い才能だな

752 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 08:05:05
>> 750
自分で敵陣に突っ込んでったんだろ。

753 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 09:12:31
>>728
関羽はガンダムじゃなくてエヴァンゲリオンの方が似合う。

754 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 10:57:20
>>752
そうだな
特に士大夫層に対するATフィールド(心の壁)は一級品だ

755 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 12:48:46
>>752
だから顔良は味方に付くものと思って戦闘の体勢に入らなかったんだろ
味方に劉備がいたんだからなおさら

756 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 13:32:35
>>755
他にも程遠志、華雄、文醜などたくさんの猛将を討ち取ってるんだが
何かしらちゃんと読んでから書き込もうな

757 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 13:44:31
……釣り?

758 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 13:50:57
正史と演義の区別はつけような、>>750>>755

759 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 14:38:39
>>753
関羽「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」

760 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 15:57:56
関羽ちゃんは逃げないよ。

761 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 17:20:08
>>750
川中島での上杉謙信(史実確定していないけどw)と同じで,敵将が単騎で突入してきて指揮官と組み撃つ事自体が異様なんだよ。
この時点で神認定してもおかしくない。
関羽の場合は討ち取ってるし,しかも相手は貴族のボンボンじゃなくて実戦指揮官。

歳をとっても,于禁を破り,?徳を切りと,まあ,倒した将軍の数は多い。

762 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 18:35:22
スレタイは史書のみの評価とは一言も書いてないので
「関羽」をどう見るかと言えば、道教神としての関帝まで語たるのも
全然アリだな。
神になってからは出世街道まっしぐら、天下無双の武神なんだよなw
玉帝の側近にまで昇格するなんて凄すぎる。


763 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 18:43:08
>>762
道教の神は関羽じゃなくて関帝だから別物だろ
関羽は人間だし関帝は神様なんだから

764 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 18:51:23
別物じゃないってw
関帝は称号。
呂洞賓の孚祐帝君などと同じ。
帝つまり天帝に称されるほど出世したってことだよ。
皆、関羽が好きなんだから別に幅広く語ってもいいじゃないの。
楽しくやりましょうや。

765 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 18:54:54
>>764
うん、だからその関帝は死後に神になっただけで関羽とは別
関羽は三国時代に死んでそれまで
ここは三戦だからそこから外れる話題は中英にでも行ってやってくれ

766 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 18:58:52
>>764
ところで、関帝って名将なのか?

767 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 18:59:22
空気の読めない奴が出たな
史書からの戦歴などで関羽の実状を推し量るのもよし
はたまた道教神となってからの関羽を語るもよし・・・だろ?
千差万別でいろんな人の考え方があるんだから
そういうものを否定するのは良くない

768 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 19:00:49
>>766
連戦連勝っていうか無敵

769 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 19:11:23
>>767
ここ三戦板なんで
三国時代以降のお話は中英でやってくれる?

770 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 19:13:30
>>769
三国英雄のその後なんだから
別にいいでしょうが。
嫌なら気にすんな。

771 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 19:15:58
>>765
残念ながら道教の神に対する価値観はそうじゃないんだな。
もう少し別の目線から中国の歴史を眺めて見よう。

772 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 19:41:34
関羽を語るなら関帝まで語らないと
関羽のことを語ったうちには入らないからな
スレタイが広義的である以上板違いにはならないね

773 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 19:41:41
>>768
詳細頼む
あまりそっちの民間信仰や説話に詳しい奴は、俺含めてあまりいないだろうし

774 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:06:59
一部信者の暴走が酷いな

775 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:08:16
>>773
関羽は死後、数百年地上をさまよったともいい玉泉山の普浄という僧に諭されて
成仏したとも言われ、その後その地域で霊験を発揮し数々の妖怪を退治したとも
言われている。

『関雲長大破蚩尤』という話では
三皇五帝時代の伝説的な王である黄帝と天下の覇権を争った邪神蚩尤
(石などを主食とし、牛頭人身、様々な武器を創造したとも言われる
 怪異な存在)
をあっさりと打ち破っている。
黄帝はこの邪神を倒すため女カ、西王母、九天玄女という上位の神から
様々な援助を受けてようやく打ち破っている。

城隍神という都市を守る神(その土地にゆかりのある人物を任命)を決定できる権利も持ち
民間信仰においては最高神玉皇上帝の傍に使えるほどの天帝でもある。
現在、道教の信仰がもっとも盛んな台湾の北部では次代の玉帝に関帝が就任したとも言われてる。

とりあえずこんなもんでどうだろう。

776 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:09:56
ここまでくると荒らしにしか思えないのだが
愚将か名将かを語るのに関帝の話なんぞ関係ないだろ

777 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:12:03
空気の読めなさでは通じるところがあるな

778 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:15:01
>>772
言えてるな。
関羽の事を語るはずなのに
関羽の事を知らない奴が結構いるんだよな。
そこまで情熱はかけられんのかな?
ミーハーっぽいのも居そうだし。

779 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:19:04
>>775
それでは関帝を含む関羽の評価は名将で結論がつきましたね
ならばその関羽についてはこの辺でお開きという事で

では、まだ議論の余地のありそうな史的関羽や演技関羽の評価についての議論に移りたいと思いますが

780 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:20:25
関羽と関帝は違う!!










間違ってもこんな恥ずかしいことは言えない・・・

781 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:29:19
>>780
ラディカルな無神論者や一神教信者なら言って当然だろう?
別に俺はそこまでは行かないがね

782 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 20:31:18
>>779
ま、関帝評のない関羽なんて
関羽じゃないようなもんだがいいんじゃないの。
これでその手の会話はお開きで。
ついてこれない人も多そうだからね。

783 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 21:56:15
関羽の戦歴は、確かに華々しいものじゃない。
ただし、劉備軍の中では仕方ないってのもある。
関羽の場合は戦歴だけじゃなく、劉備という弱将の傘下にいた事を考慮した
判断が必要なので難しい。

個の武は、名だたる勇将を討ち取ってるので疑う人はいないだろう。
春秋左氏伝が好きなので、文には通じていたはず。
又、下ヒで太守の事務を代行したり、荊州統治を任されているのも大きい。
経理・統治能力は優れていたと思う。
それを総合的に戦で発揮出来たかどうかは、別の話かも知れないが。
それでも、連戦連敗の劉備の元で前線を張り続け、生き残れたのはスゴイ。

当時の評価から見ると、魏の臣下の中でも名将としては認められている。
蜀の中では言うまでもない。
人格には欠点もあるだろうが、関羽の義理堅さは異常。
融通が効かないとも言えるが、これだけ我を通し続けた人も稀だろう。

784 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:05:30
ここは神になった関帝様を語るスレか
それとも劉備に仕えた人間関羽を語るスレか

785 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:16:17
当然、人間関羽を語るスレだろ
そもそもここは三戦板でオカ板でも宗教板でもないんだし

786 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:42:33
んー。
どうも春秋左氏伝とかを我流で読んで勘違いしちゃった
感じもする。

いつも「漢とはなんぞや!もののふとはなんぞや!」とか
男塾みたいな事言ってそうw

787 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:44:00
>関羽の戦歴は、確かに華々しいものじゃない。
関羽以上の戦歴の奴ってだれよ?

788 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:47:25
>>787
張遼楽進于禁張合β徐晃

789 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:51:34
>>787
両手の指より多いよ

790 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:59:45
関羽は死んでから神になったのではなく、
生きてる時から神だった。
だから多少無茶なことを奇跡的に行えたんだ。

791 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:59:47
万単位の軍勢を率いた経験がほとんどないうえに
それで敗れて捕らえられ、死んでいる。
名将でもいいが地方レベルだな。

792 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:12:53
>>788
そんな曹操軍団の煌星の如き名将達も一人で退けたんだよな。





張飛が。

793 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:15:33
張飛はダメだよ

794 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:19:26
>>789
そんなかでは,関羽以上の軍歴は徐晃くらいじゃね?
徐晃>関羽>=張遼>張合β>于禁

795 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:20:57
楽進はいずこに

796 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:24:44
>>784
だから両者は同一だっての。
分からん奴だな。

797 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:26:25
>>794
演義ならともかく、正史なら「軍歴」に限定すれば上回ってるでしょ
(関羽は劉備陣営のNo.2だから、軍歴以外なら関羽が上回るものも大きいだろうが)

798 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:28:54
>>796
同一の存在じゃないだろ
神というのがそもそも人とは別なんだから
また、神になったのは三国時代以降であるからして
この板では完全に板違い
関帝に関する話は中英でやれ

799 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:31:36
排他は三戦の華ってか^^;

800 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:32:15
800

801 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:32:16
>>796
神として扱われる実在の人物でもっとも高名なイエス・キリストでさえ
史的イエスとか言って、宗教的観点ではなく史的観点から語られたりしてるんだぞ?

それすら認めないとは、どれだけ道教信者はケツの穴が小さいのかと

802 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:36:12
関帝という神と関羽と呼ばれた人間は別個の存在だよ
同一視してるのは一部の宗教を信じる人だけ
信教の自由が有る場で特定の神が特定の歴史上の人物と同一とかふざけた事抜かすな

803 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:36:44
>>795
察してくれ。
まともに書いたら荒れるだろ。

804 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:39:59
>>801
はい、ダウト。
道教とキリスト教では神に対しての意識が全く違う。
比べて語りたいのなら道教も勉強することだね。

805 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:42:47
>>802
一部じゃない道教は中国の国教だ
人様の文化を自分の価値観のみで語るとは何様のつもりだ

806 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:45:09
>>799
中英板に人をとられるのも無理ないなw

807 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:49:20
お前らもう全員横に並べ。
関羽殿にまとめて吹き飛ばしてもらう。

808 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:49:33
>>805
盲信者はどっか行け
ここは信仰の自由が認められてる場なので歴史上の人物を神とする宗教を他人に強制するな

809 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:54:30
>>808
ペースに呑まれるな。
まんま神話板のノリだぞ。
愛すべき単細胞めw

810 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:58:40
>>809
余計なレスで大事なリソース消費してるんじゃねーよ、タコ
三戦で話していいのは中国とその周辺地域の2世紀末から3世紀辺りと
日本とその周辺地域の15世紀から17世紀だろが

811 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 00:04:33
>>810
その割には随分と荒れ(ry

812 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 00:10:53
今となっては
三国志・戦国・麻雀・ガンダム・エヴァ・キン肉マン・カイジ・ガンキャノン
ビッグボディチーム

となんでもござれなよろず板になっちまいましたとさ

813 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 00:13:39
>>812
昔は水滸伝あたりが精一杯だったのに、進化したんだなあ

814 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 00:24:47
やっぱり排他的なのが問題なのか?
関羽は人であり神じゃねーよ、ボケ!とかそういう狭量な意見を
強行して通そうとするから真剣に意見したい人が本当に他の板に
転居してここには人が居なくなるのかもな。
別に関羽の事なんだから神だろうが人であろうがいいと思ったんだけどね〜。
一部の派閥が強引にスレの流れを自分達の方向のみに引き寄せるのは
この板の伝統みたいなもんだが。

815 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 00:30:16
>>814
だって道教が国教とか真顔で言える人相手にまともな議論なんかできないもん

816 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 00:42:17
なるほど確かに排他だな^^

新しい方面からのアプローチを完全にシャットアウトw

817 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 00:49:31
>>816
>>810あたりが顕著な例だな
自分らの知らない事を語るな!と言わんばかりw

818 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 00:57:36
知ってる知らないじゃなくて板違い、な

819 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 01:04:24
ここは、関羽の「将」としての価値器量を議論するスレ。
関羽=関帝ではあるが、人間としての戦歴や評価=関帝の業にはならない。
そもそも、関帝となったのは六朝以後。
それまでは、道教でも神格化されていない。
この大きな時代の隔たりからして、まとめて考えるべきだろうか?

神格化されたという事実は、関羽という人物を判断する材料となり得る。
だが、一般的に言う「将」として、関帝を評価出来るのかは疑問だ。
神様なんだから。

愚将か名将かと言えば、名将だったと思う。
陥落という大失敗はあったが、荊州方面を一任されている時点で評価は
決まっているのでは?

820 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 01:04:32
>>814
人だろうが神だろうがいいなら、もう名将で結論がついた神としての関羽よりも、
まだ議論の余地のある人としての関羽を語らせてくれ

821 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 03:21:54
名将で結論???www
負けばかりのものの匹夫が名将ってwwwwwwwwww

822 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 04:01:19
また馬鹿が来たよ

823 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 06:56:44
日本じゃ千二百年前の聖徳太子が怪しいとか、それどころか
本能寺の真相すらわかってないのに、流石中国史は二千年
前でもこれだけ議論になるんだよな。


でも、裏を返せばそれだけ実像としては古すぎて曖昧にならざ
るを得ないのも確か。
まあ関帝信仰は唐時代から既にあったとはいえ、やはり仰々し
い名前で国教みたいになったのは明清時代だから、歴史的実
像と乖離してしまっているのは間違いない。
「神としての事歴」を議論もしにくいから、議論の並列は有りだと
しても、その辺区別して欲しいね。
正直、関帝支持派には内容で乱暴な人が多い。関帝の超能力
とキリストのそれとを比べれば、クリスチャンでも復活を真剣に
信じている比率の低下から考えれば、当然関帝の奇跡も信じて
る人は減ってるはずだろ、自分の考えを一般化する事が一番批
判されてるんだよ。

824 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 07:44:37
聖徳太子=1400年前 

まあ伝説化が始まったのが1200年前ということかも
しれないが。
伝説化したのが早すぎて実像と分離できない。
政治的意図ででっち上げられたとしか考えられないね。

関帝だってそういう面もあったわけだから、あまりにも
マンセー一色のカキコには違和感がありすぎるな。

825 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 10:58:39
ミラクルボディ

826 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 11:33:59
>>821みたいな奴がいるから
それに対しての別に見方みたいな話をしたんだろう
関帝信者は関帝に習って一本木で純粋のようだが
ただ、今はその方面に話が広がりすぎてるんだな
皆がついてこれなくなってるのも理解したほうがいい

ただ、荊州敗戦のみを議題にして関羽を匹夫扱いするような
机上の空論を喚き散らす馬鹿には自粛してもらうべきだ
過小評価に徹底するから、別の目線から見ようとする信者も現われる
それで荒らしだのなんだの言うのは芸がなさすぎ
まずは自らの無知を省みて、そこから引き起こされた事態だということも認識してほしい



827 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 12:02:38
アンチは脳みそが貧相だからね
称えられてる偉人が憎たらしいんじゃないの?

828 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 13:03:21
821はただの煽りだろ
反応をみて楽しんでるだけ
そんなのに反応するなよ

829 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 13:36:23
アンチは氏ねや、ごるぁ

830 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 14:17:07
上の方でなんの理由もなしに関羽の豪は匹夫の勇とか
わけのわからないことを連発してた阿呆が居たのは恥以外の何者でもないな
議論にすらなってなかった

831 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 14:40:00
関羽信者すげえな

832 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 14:49:24
今から3のつく数字と関羽を匹夫扱いした分だけ
アンチがアホになります。

833 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 17:43:41
匹夫の勇なあ……項羽と同じ扱いと言われたら良く聞こえないことも……無いか

834 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 18:08:18
アンチはアホだが信者もタチが悪過ぎ

835 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 18:38:26
信者ってどこまでが信者という境界なんだかも不明だよな。
関羽は基本的に(一般目線で)
名将なので、それを少し褒めただけでも信者扱いなのかな。
愚将と呼ぶには程遠いほどの将なんじゃないの?

836 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 18:53:27
>>835
俺もそう思う

信者ってのは昨晩ここで暴れてた連中や、評価の点で都合の悪い点は
見ないふりする様な輩とか、少しでも否定的な意見が挙がるとアンチ呼ばわりや
さも自分は分かってるとでもいうような悟った物言いをしたがる人
おかしなアンチもそうだけど、基本的に空気が読めず独りよがりなんでしょ

837 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 19:13:38
「名将関羽の足を引っ張って欠点を指摘してみよう」

今までのことを全体的に纏めるとこんな感じだよな
名将であることは否定しなくてもいいでしょ
将帥として浅慮な部分があったと議論しないのなら
別のスレを立ててもいいんじゃない?

838 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 20:06:51
やめろや

839 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 20:41:00
関羽ってなんで名将って呼ばれてんの?
正史見る限りじゃ名将ってイメージがわかない。。。

840 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 21:09:18
アンチ必死だなww

841 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 21:14:12
>>839
陳寿の春秋の筆法は凄いぞ
特に蜀関係の人物は事跡を書かない事によって逆に浮かび上がらせてる

842 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 22:49:47
>>840
おまえもおバカ丸出しのレスはやめとけ

843 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 22:58:38
関羽が将として無能なんて言ってる奴もいねーだろ。

ただ、項羽でさえ匹夫の勇って言われてるわけだから、どんな
文脈で言われたのかにもよると思うよ。要するに戦略機略に
乏しければいかな豪傑でも匹夫並という意味であって。

あんまり言葉尻に拘りすぎるのはよくない。どっちの立場の人も。

844 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 23:02:52
>>841
正史の場合、関羽評は魏や呉の将の伝にて
称えられてるんだよな、それも至高ともいえるほどの賛美w
これは陳寿のファインプレーだよな。


845 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 23:03:58
>>843
まあ無能って意味で匹夫という言葉を使ってる奴は多かったかな
関羽は語り甲斐があるとは思うが
極端な信者とアンチの罵りあいで終わってしまいそうで残念

846 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 23:10:02
実際、関羽の目の前で議論したらアンチは八つ裂きだろうな。
関羽は、すぐキレそうだし。
でも、愚将か名将かって議論は面白かったよ。
荊州戦略とか関羽の豆知識とか。

847 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 23:12:36
>>845
それは恐らくスレタイのせい。
極端な信者とアンチが集まるようなスレタイじゃないの。
名将であることは否定のしようが無い事実なんだから(世間目線でね)
そういう部分は了承の上で関羽の人物像を正史、演義、果ては神話に至るまでを
語っていけばいいスレになったと思う。

848 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 23:55:46
沢尻エリ関羽

849 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 01:13:13
魏を倒す最後のチャンスなのにKY孫権

850 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 02:00:32
>>847
まあそもそも名将の定義とボーダーどこに置くかで変わるしな
三国志でまあ上位の将は名将、ならばほぼ間違いなく関羽は入るさ
俺はもうちょいボーダーきつめだから当落線の少し下って感じだけど

>>849
あの状況で魏を倒したら蜀の子分になっちまうしな
あまり面白くはないだろ

851 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 02:10:27
ここで聞くのもなんだけど
演義ってのは正史を元にした2次創作?
同人誌みたいなものなの?

852 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 03:30:37
>>851
確かに下敷きにした創作物はあるけど、歴史小説と言って良いだろう

853 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 11:05:06
>>851
正史ではとりあげなかった民間の伝承も加えられてるみたいだから
ひょっとしたら演義にしかない事実なんてのもあったかもしれない。
正史は史実=その当時の王朝が正統として認めた歴史書なんで正史
も絶対の真実というわけじゃないのよ。

854 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 14:11:41
実際難しいよな
確かに荊州の敗戦は身から出たサビだし指揮官としては大失敗だが
攻めてるときは相当強かったしな(詳細は上のほうで出てるので割合させていただきます)

全体の戦跡も芳しくないけど顔良斬りとか見逃せないエピソードもある

有能か平凡かの判断が難しい
というかどこに焦点を当てるかですごい評価の分かれる人物だと思うんだが



855 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 15:46:02
思うに関羽はただの匹夫
一軍を統率する将じゃなくせいぜい切り込み隊長や
一番槍程度の匹夫の勇で蛮勇の類の器

856 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 17:16:33
周瑜伝に見られるように敵からの賛辞には計略の可能性もあるんだよな。
関羽を劉備から独立させようとか、増長を狙ったとしたとか。

857 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 18:35:54
>>855
そのようなレスは我々が200レスほどまえに通った道だ。




ループは芸が無いぞ。
分かるな?

858 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 19:06:24
結局、アンチが信者の呼び水になってんだな
アホらし

859 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 19:24:23
>>856
それはそれで面白いな。
ところで、曹操が関羽を気に入ってたのは、義理堅いってだけなのか?
将としても一流だったからだと思ってたんだが。

「項羽でさえ匹夫の評価」というが、そもそも関羽と項羽じゃ違いがありすぎる。
とても延長線上で語れるものじゃないと思う。
関羽に一軍の将器はあったと思うが、広い視野での戦略に欠けてたかも?
それでも、戦という一面においては名将だろう。
呉の裏切りってのは、関羽にとって全くの予想外だったのだろうか・・・・

860 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 19:42:24
>>859
項羽の場合は韓信の皮肉も入ってたんじゃないかな〜と
勝手に予想してるよ。
元々、項羽軍にいたが優遇されず散々
辛酸を舐めさせられた上での辛勝なわけだし。

関羽の将としての器量も曹操は買ってたでしょ。
曹操軍に人材広しとはいえ、顔良斬りのような豪胆な真似をやってのけるタイプの将は曹操軍には居なかったからそういう面もお気に入り
だったと思う。
曹操なら関羽を局地戦で上手い事使いそうだ。
数千単位での野戦なら恐らく関羽の強さは相当なもの。
個人の武勇がありありと生きるような数での戦なら
当代に敵なしかもね。
荊州での敗戦は明らかに関羽とって苦手なタイプの戦だったんじゃないかな。
呉との同盟堅持を重要視しなかったあたりが豪傑武将らしいボロが出ちゃってる。
まあ、でもあれだけの賛美があるってことは間違いなく名将であったんだろうね。

861 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 21:57:25
>>853
ただ民間伝承といっても、「日本で言ったら義経がチンギスになった」とかのレベルも含まれるし

関羽伝を読むと、曹操配下の時と劉備が安定した足場を持った時以降の記録が多く、それ以外の記述が少ない
それ以外の時期でも一応あれだけ評価高かったわけたから、幾多の戦いを経験しているはずなのにね
まあその頃は記録とってられなかったからだろうけど、そこを上手く埋めてあるのが民間伝承や演義
ただ、矛盾のない仮説なんて否定という行為自体の難易度が高くて無限に近く組めるから、
それがもっともらしくても正史とどっちが信憑性が高いなんて言えないわな

862 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 22:53:29
勝ちまくった項羽が名将と言うのは理解できるよ
負けまくった関羽が名将て?www
おかしいだろw

863 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 22:53:47
>>861
もう神様だもんな。義経伝説どころじゃないw

>>856
その可能性もあったかもな。
続々と曹操麾下のグレートジェネラルが終結する中、関羽一人で
互角に戦えるとは到底思えん。彼らにしても、単に于禁の仇討に
止まらず、すわ魏国存亡の危機とさんざん煽られたに違いない。
関羽に勝ち目はゼロだったと思うよ。仮に当代随一の名将だった
としても。

864 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 23:23:58
>>863
あの状況事態が既に積みだったんだよな。

865 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 00:08:45
>>864
魏蜀の正面対決ってだけならまだわからないよ
あの時点で呉が蜀と手を切る覚悟決めなければ二十六軍と夏侯惇、張遼は来ない
残るは曹操本隊と最後の本当に最後の予備兵に動員掛けた徐晃達
曹仁達が粘れたのも呉の江陵急襲の報告あったればこそだし
まだまだ詰みにならない
長安方面ガラ空きにしちゃってるから史実と違って劉備が無理に進出する事だってありうる

夢想にしかならないのはわかってるけど、呉が蜀と手を切る決断さえしなければ
西は涼州から東は南陽一帯の広大な漢帝国が出来てた可能性はある

866 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 00:53:42
名将の定義ってなんだい

867 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 01:32:22
もし、ホウ統がもっと長生きしていたら、燭は中国を統一できたと思いますか?

868 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 01:51:17
>>867
( ´,_ゝ`)プッ

869 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 02:01:15
>>863
陳慶之みたいなのだったらひょっとするかもしれない気はする
気がするだけだが


>>866
・戦闘に強い戦術眼
・一方面の戦争行為を指揮できる戦略眼
・ある程度の人間集団を統率できる統率力
・軍事実績

俺が名将と呼ばれる人に求めてるのはこのくらい
馬術の駄目な陳慶之や謝艾、虐殺やった呉漢あたりも名将とは思ってるから、特に個人武勇や仁徳は求めてないな

関羽(正史)は実績以外はそれなりにある(まあの記録のロクに残っていない時期が長いというハンデはあるが)
ただトップ層と見比べると見劣りする点があるだけで

870 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 05:23:58
芳樹

871 :869:2008/02/11(月) 06:34:15
>>870
芳樹の嫌いなタイプだろ、呉漢は
そして奴にはまあ好かれるタイプだろ、関羽は

陳慶之は北伐でミラクル起こした奴だからひょっとするかなぁ、とふと思っただけだ
現に北伐成功させてもその後は逃げかえるしかなかったし、後ろに仮想敵がいる状況だとさぞやりにくかろう

(関係ないが、中国史全体で「関羽は名将?」って話になるときの却下の理由って、大抵陳慶之達の北伐実績なんだよな
 せめて洛陽なり許都なり落としてから来いって無茶言われるが)

872 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 06:58:47
アンチは3行くらいしか書けない

873 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 08:37:45
冷静に関羽を名将として見る場合、やはりあまりにも最重要拠点を
守りきれなかったという点で疑問が残るのはやむを得ないな。だから
こその悲劇性なんだが、もし三国志演義が魏や呉視点で描かれたな
ら、関羽がどういう扱いを受けたか。

純粋に軍事的才能だけで局面を開いてしまう能力なら韓信をもって嚆
矢とするのが常識的には常だが、他にも王翦や章邯、馬援、衛青や霍
去病など、秦漢代の名将と比較しても、果たしてガチで勝てるのかどうか。
朱鮪や呉漢にも武の力では圧倒できるかもしれないが、より多様な戦略
政略面ではやはり勝てそうもない。まあ、他の名将と比較しようにも詳細な
戦記に乏しく、どうしようもないが。

一国を支えるに足る武勇はあったが、実際に守れたわけでもないし、個人
の武以外で優れていたとすれば統率力か?いや、部下に背かれたからそ
れもだめか。
結局の所、個人の武や侠などが尊ばれた、一種先祖帰りしたかのような時
代にあって、仁義を重んじる名将というところでいいんじゃないか。あんまり
いじると信者が怒り出すだろうしw

874 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 08:41:47
>>873
個人の意見としては別に問題ないが最後の一行が余計
信者とかアンチとか言うから荒れるんだ

875 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 09:11:42
そういう所にしか突っ込めないから信者呼ばわりされるんだよ。

876 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 09:18:52
最後の一行は俺も要らないと思う

877 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 09:35:31
>>875みたいなレスこそ「論点抱き合わせセット」の典型
信者でもアンチでも何でも良いけど、少なくとも議論のルールにはのっとってくれ

878 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 10:28:23
関羽の戦い方についての情報が少ないのは確かだな。
純粋に戦史として検証しずらい。

879 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 11:14:28
正史はそんなもんだろう
戦い方自体は堅実で地味なんで
演義のような派手な戦闘シーンは
誰であっても浮かばない
演義+正史で見るのが一番分かりやすいと思うな

880 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 12:15:16
むしろ正史では詳しく書かれてる方だが>襄城攻防戦

まあ三国志のハイライトのひとつだしな。
結構水軍が活躍してるが、元来北方の人間で水戦に不慣れな
はずなのに、指揮できるようになってたのはまあ流石といって
いいかな。

881 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 17:55:03
そもそも関羽は魏に敗れて呉に捕まったんだろ
軍隊保持できたまま荊州に行けばまだしには線買ったのに

882 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 18:43:32
>>881
は?
江陵奪還の時も手勢引き連れてるよ

883 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 19:47:47
江陵奪還?

884 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 21:25:28
>>880
特に関羽VS徐晃の会戦はどういう風に戦ったかがわかる稀有な例だ
まあ、みんな結果を知ってるからわかるだろうけど、凄さがわかるのは関羽じゃなくて徐晃なんだけどね

>>881
一応連れて帰ってきてるよ
ただ呂蒙が関羽軍の将兵の妻子を捕虜にしているが待遇が良いことを聞いて、関羽軍の士気はがた落ち
逃走するもその途中で軍が瓦解して兵士が投降、関羽は朱然・潘璋につかまってジ・エンド
(関係ないけど朱然・潘璋これで恨まれて、演義では死期を10〜20年も早めさせられてるなw まさに関興・張苞の逆)
……ってこのあたりの事情はかなり有名な話じゃないか?


885 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 23:11:33
>>884
徐晃は落ち目の関羽を追撃しただけという印象しかないけどな。
あの状況では寧ろ、魏呉の名将達相手に
孤立無援で奮戦した関羽の印象のほうが残るよ。
稀に見る豪傑の最後としてとても華がある。

それにしても、隋唐あたりまで
何故三国時代の名将といえば「関羽、張飛」だったんだろうな?
彼らの正史の記述はあまりにも地味でこの時代にはまだ演義も存在しない。
顔良斬りや長坂仁王立ちはやはりそんじょそこいらの名将の活躍よりも
インパクトのある話だったのかもしれないね。


886 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 23:25:06
>>885
まあ簡潔すぎていろいろ困るんだがな。
「仁王立ち」にしても、そもそも橋を落としたのか、どこで仁王立ちしたのか?とか。
橋落としておいて向こう岸から「いざござんなれ!」ってただの馬鹿だしw

顔良斬りにしても、詳細がさっぱりわからないしなー。

確かに唐の頃既に、関張だったのも不思議だよな。それこそ実績つきの名将は
他にてんこ盛りでいたのに。

887 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 23:37:32
>>886
恐らく俺達はその時代に生きてなかった分からないのかもしれないが
関張のエピソードは将として規格外すぎたのかもな。
特に関羽の顔良斬りなんかは本当にありえない出来事と思えたのかもしれない。
既に将個人の武勇による単騎駆けなんてのは時代錯誤もいいところの
無謀極まりない行為だと思われたのにそれを達成してしまった。
どのような事情が絡んでたとしても、陣奥深くに構える将軍クラスの首を自らの槍にて仕留めてしまうような行為は軍での戦が主体となっていた時代では考えられない事。
恐らくはその行為自体が凄まじすぎたんだよ。

そうでなければ、魏の将軍達の数々の華やかな軍功を
超えるほどとしては語られないはず。


888 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 23:38:19
>>885
徐晃伝によると、

関羽軍と対峙
   ↓
関羽軍が包囲していた頭を攻撃すると見せかけて関羽軍が駐屯していた四冢を討つ
   ↓
関羽、自ら歩騎5000を率いて四冢を救援するも、徐晃に攻撃されて敗走
   ↓
徐晃そのまま樊城包囲陣を攻撃しそれを破る

っていう流れ
てか、この時点だと関羽はまだ樊城包囲して撤退始めていない段階だし、追撃って言葉は不適当だろ

889 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 23:49:30
でも結局は関羽を包囲した将軍の1人という印象しか・・・>徐晃タン

個人的には堅実さがウリで好きな武将ではあるけどね
結局、荊州攻防戦は関羽に始まり関羽に終わるという
イメージが染み付いてるねえ

890 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 23:53:36
それは関羽びいきだからだよ。徐晃ファンなら(いるかどうかしらんがw)、
最も胸を張る場面だもんな。

891 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 23:53:38
関羽信者の俺からしても、それは変だと思う…

892 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 23:56:43
>>886
唐代にはすでに物語として三国志物が成立してて
蜀びいきが定着してたそうな
南朝以来の蜀漢正統論がイデオロギーとして染み付いてたから
劉備と関張は格好のネタになってた訳
関羽が優れて他が見劣る・・・という訳ではないぞ

893 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 00:01:36
隋唐自体は北朝系だけどね。

麻のように乱れた三国時代を読み解くのに、義の蜀はわかり
やすかったんだろう。本当の革新者は曹操なんだが。

894 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 00:04:55
>>893
本当の革新者は袁紹です
曹操は物凄い保守的
曹操のパイオニアの功績が認められるのは漢詩と酒造くらいなもんで

895 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 00:09:39
曹操は結局のところ儒者だからね。
それでいて、根幹の部分には触れる事もなかった。

896 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 00:16:49
>>889
関羽の包囲なんてばらけにばらけてたから(戦力の逐次投入もいいところだ)、実際には包囲になってないだろ
実際に徐晃が関羽にあたった時に一緒に居たのは徐商・呂建・殷署・朱蓋だぞ
さすがにその辺と徐晃は一緒にされはしないだろ

それに荊州攻防戦は普通関羽が北上してから殺されるまでの間を言うから、関羽に始まり関羽に終わるのは当たり前だw

897 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 00:27:07
魏呉からの挟撃体勢を組まれたから包囲に近かったんじゃないか?
あそこまでして関羽1人に戦力をつぎ込んだのも名将の証だったのかもしれないな

898 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 00:32:20
>>897
魏はそうだろうが、呉は関羽が名将だからというより、荊州奪取のメリットの大きさからだろう
(実際魏はあそこで関羽に抜かれてたらエラいことになってたしな)

899 :.:2008/02/12(火) 08:31:04
劉備が連動してないからどっちにしても関羽は捨て駒か暴走なんだがな

900 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 09:15:20
>>899
してるだろ
関羽が動かないと孟達の上庸攻めの理由がわからない

901 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 11:06:50
曹操の政治性は反儒
道教や儒教なぞ世間を懐柔するために利用したにすぎん

902 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 11:49:16
>>901
どこがどう具体的に反儒なの?

903 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 12:38:48
孔融 殺してなかったっけ?

904 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 15:57:56
孔融殺した奴が儒者か?
賢求令など、少なくとも後年は儒という枠に捉われてはいなかったと思う。
反儒というより、別に気にしてなかっただけかも知れん。
当時の曹操の権勢は、儒を軽んじられるだけりものだったという事かな。

905 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 16:24:37
>>903
孔融=儒教ではないどころか、孔融自身はどっちかと言うと後漢代を通して主流派だった儒教にはかなり否定的
また、政治的には政権を担う曹操批判を繰り返す
例えば禁酒令出せば詩で批判をしてみたりとか、邪魔でしょうがない
儒教とは無関係にウザいから処刑してる

>>904
求賢令では「清廉の士は必ず用いなければならない」って堂々と書いてるが?
反儒どころか物凄く気を使いつつ実務者を求めるんだけど

906 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 17:11:27
>>905
書いてないよ。

>若必廉士而後可用,則齊桓其何以霸世。

もし清廉の士であってしかる後に用いなければならないのなら、
斉の桓公などはどうやって天下に覇たることができたであろうか

(桓公の軍師管仲は儒家的道徳からは遠く離れた人物だった)

と書いてさらに兄嫁を寝取った劉邦の軍師陳平の例を引いて、
こういう儒教道徳的に問題のあるものでも才能があれば用いなさい、と言っている。

曹操は権力のために名士たちに媚びて抱え込むんだけど、
いったん地盤ができてしまうと手のひらを返して、才能至上主義になるんだよね
そのおかげで代表的名士であり儒家思想の具現者である荀ケが死ぬわけだ。
曹操にとっては利用価値があるかないかなんだよ。
儒家というだけで弾圧したりはしないし、名声が高い人物であろうと自分の役に立たないやつは排除するって考え。

907 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 17:17:50
>>906
おいおい、荀ケのどこが儒家思想の具現者なんだよ
奴は尚書令の地位を利用して皇帝を傀儡にした主犯だぞ
どこがどう体現者になるんだか理解に苦しむ

908 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 17:26:34
>>906
今は乱世で賢人が欲しい
だから清廉の士で無ければ用いないというのは困る

というのは裏を返せば今が平時なら清廉の士こそが必要と言ってるも同然
つまり清廉の士は用いるべきだと言ってる
(ただし現状では別の基準で採用する事を許して欲しい)

909 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 17:46:05
曹操は毛カイと崔エンに官吏の選抜を任せたことがあったけど、
この二人が選抜の基準としたのは、いかに清廉で質素な人物であるかというものだった。
でも曹操はこの二人のやり方を非難するどころか絶賛してる。

910 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 17:54:46
ウィキペディアからの引用だけど孔融はかなり変った人物だったようだな。
>風変わりな人物を好み、自身も後に流行する清談につながるような、奇抜な発言が多かった。
同じ直言の士として名声のあった禰衡を高く評価し、彼との議論の中で、親と子は水と水がめのようなもので、
生まれる前に仮にその中に入ってるに過ぎないと主張し、また飢饉に会った時、父親がくだらない人間なら、
他の人物を助けて生かせというような、儒教を根本から否定するような発言を行っている。

先祖の孔子がこの発言を聞いたら卒倒してしまいそうだ。

911 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 18:30:24
孔子も変わり者だからな

912 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 18:49:38
>>901
分かっとらん奴だな。
曹操如きが儒や老荘の壁をどうこう出来るわけ無いだろ。
所詮どっちつかずの日和見主義なヘタレだったんだよ。
儒にも老荘にも、そこそこいい顔を見せておくだけで
結局なにも結果を残さなかった。
そういう中途半端が一番タチが悪い。
おかげで後世では儒家からも道家からも見向きもされなかったのが
曹操という人物。
それでいて民衆人気までもが最悪。

史書での多少の評価が唯一救われてる要素だなw

913 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 18:59:28
>>907
違うよ、荀ケは曹操の漢室簒奪に猛反対してた。

>>908
めちゃくちゃなへりくつだな。
曹操が求賢令を出したのは地盤が安定してからだぞ。
なんで地位が極めて不安定なころに廉士・名士の類を集めておいて、
権力をもったとたん能力主義になるんだよ。
もともと曹操は能力主義を理想としていて、それが実現できる立場になったとたん、
徳行をひけらかすだけで無能な廉士を歯牙にもかけないようになったってだけだろ。
曹操は権力を持てば持つほど儒からは遠ざかっている。

914 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:05:44
>>913
権力を持てば持つほど儒に近づいとるわw
大勢の女に子供を沢山生ませたろ?
絶対家長制もまた権力に取り込まれた(孔子の思想を曲解し暴走した)儒の特徴なんだよ。


915 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:11:05
>>913
どこがどう簒奪に反対してたのか具体的にどうぞ
尚書令となって漢帝の権威を貶めていたのは他ならぬ本人なのにな

916 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:11:52
呉や蜀に比べて曹操のところは寒門出身の人材の少なさで
能力第一に取れなかったと思うんだが。

917 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:17:56
>>914
商の時代から後宮は存在するんだけど、それも儒ですか?
西洋でも権力者が正妻以外にたくさんの子をもうけることはたくさんありますが、
それも儒ですか?

918 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:21:02
>>917
儒だろ。
なに当たり前のこといってんだ?


919 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:22:41
曹操信者って物凄く孔子を誤解してるよな。

920 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:24:41
>>917
孔子は別に新しい思想をフルスクラッチしたわけではないよ
過去の周に理想を探してそれを儒学としただけだから、商の時代からあろうとなかろうと関係なく
親から受け継いだ血脈を増やす事は儒学の上では孝になる

921 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:28:01
曹操は漢儒の伝統を覆した!!






この認識は残念ながら蒼天航路のフィクションです。

922 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:39:08
曹操は結構孔子の言葉を引用してたりするし、一般的な儒学の教養は身につけてる


923 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:40:55
>>915
十七年,董昭等謂太祖宜進爵國公,九錫備物,以彰殊勳,密以諮ケ。
ケ以為太祖本興義兵以匡朝寧國,秉忠貞之誠,
守退讓之實;君子愛人以コ,不宜如此。
太祖由是心不能平。

924 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:41:49
>>913
曹操の一族愛はなかなかのもんだったけどな
重職はほぼ曹氏、夏候氏で独占w

925 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:42:06
>>918
儒が存在しない世界なのに、儒か。
ありもしない羊水が腐るとか言ってる倖田並みのバカだな

926 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:47:38
>>922
あのな、この当時の文章が書ける人間で、五経を治めてない人間なんていないっての。
儒学は義務教育みたいなもんなんだから

927 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:48:25
>>925
さすがにそれはシャレだと言って欲しい・・・
幾らここが三戦板だとしても

928 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:49:37
なんで関羽スレが曹操スレになってるんだよw

929 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:51:28
>>928
次スレへのウォームアップじゃねえのw
このままだと次の標的は間違いなく曹操になるぞ

930 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:53:36
曹操の宗教と思想
http://www.daito.ac.jp/~oukodou/tyosaku/sousou.html

931 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:54:24
>>925
ね〜、ぼくちゃん。
史記って知ってるかな?

932 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:57:34
>>930
儒教と道教方面からのアプローチが全く無い。
なんだよ、その資料は?
完全に曹操本意の目線じゃねーか。

933 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 19:57:43
>>931
史記がなんの関係あるんだよ。

934 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:04:11
>>933
司馬遷が史記を執筆した時代は儒教が国教化していた時代。
叙述範囲は伝説上の五帝の一人黄帝から前漢の武帝まで。

935 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:04:25
>>932
曹操が生きていたころの道教って、
太平道や五斗米道みたいな怪しげな宗教教団でしかないだろ

936 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:07:00
>>934
だからなに?史記に叙述されている時代範囲にはすべて儒教が存在するとでも?

937 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:07:15
太平道や五斗米道みたいな怪しげな宗教教団でしかない




ゲーム脳か?

938 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:10:32
>>923
それは九錫を受けて魏公になることに反対したのであって
曹操の簒奪そのものに反対するどころかむしろ進んで協力してたのだけどもその説明は?
尚書令になって皇帝の傀儡化にもっとも尽力してた人間がその場に来てなんで宗旨変えを行ったのか理由を説明してくれ
ただ単純に戦略上の観点からまだ早い、もしくは別ルートでの簒奪を考えてただけだろ
王莽の真似になっちゃうと反発大きいからな

939 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:12:29
>>936
儒教ってのが存在してない場所、時間、地域でも「儒教的観点から見てこれは儒である」という行為は存在してるって事は認識してるかい?
そういう意味で後宮ってのは非常に儒教的な存在だし、子孫を増やしまくった曹操は儒教的な行いをしていると言える

940 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:12:30
>>937
おまえがな。
張魯のような特殊なのを除いては、
曹操の世代の文人の書いたものに道教の影響なんてまるでないよ。

941 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:13:55
>>940
まあ皇帝自身は文人じゃないもんな

意外と知られてないかもしれんけど太平道って最初は宮中で広まった宗教だよ
時の皇帝で道教に傾倒したのもいたしな

942 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:16:47
>>940
つ于吉 張角 左慈 葛玄

三国時代の道教関係者

943 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:24:40
>>939
>>936はどうやらそういうものが思想の根本だということが
分かっていない模様
唐代に皇帝姓が「李」であるから李耳(老子)が道教の開祖として
祭り上げられたとかもあるのにね

944 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:25:51
>>938
おばかですね。九錫を受けて魏公になるってのは簒奪の準備以外のなにものでもないだろう。
それに反対したってのは、荀ケは曹操の簒奪そのものに反対していたってことだ。
傀儡化というが、諸葛亮だって劉禅を傀儡にしてたわけだろ。
権威と権力の違いってわかるか?
荀ケは国家再興のために曹操を権力者にしようとしたけれど、
権威にすることは望まなかったんだよ。

945 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:28:32
関羽スレなのになんで曹操厨が完膚なきまでに叩き潰されてるんだろう?

946 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:35:11
>>939
>「儒教的観点から見てこれは儒である」という行為は存在してるって事

存在してないよ。そういうのをこじつけ、牽強付会という。
ただ単に温厚で殺生を好まない人物をさして、
このひとは敬虔な仏教徒だというぐらい強引な解釈。

そもそも後宮が儒教的ってのはなにを根拠にいってるんだ?
生めよ増やせよ、を奨励した教えってのは、いずれの経典にもとづいているのかね?

947 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:35:38
ここまでの内容で曹操厨なんて言葉が出てる時点で理解が
できてないのが丸わかりだな。

948 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:37:40
>>941
>太平道って最初は宮中で広まった宗教

>時の皇帝で道教に傾倒したのもいたしな

典拠は?

949 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:39:58
>>942
その中で道教っていえるのは張角だけだよ。

道教と道家思想の区別もついてないんだろうけど

950 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:40:12
>>892-893
いや、むしろ北朝系の方が蜀漢正統論を唱える理があるんじゃないか?
そもそも劉淵が開いた最初の北朝系王朝の国号は「漢」で、彼は蜀漢の後継を自認してる
南朝ってのは「呉の故地に逃れた魏の流れを禅譲によって受け継ぐ国家」なんで、
北朝が魏や呉の正当性を認めるのは拙かったんじゃないかね?


951 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 20:45:58
>>943
やれやれ、無知もはなはだしいな。
老子は唐以前に道教の最高ランクの神様として君臨してるんだよ
だから老子を祖先とする唐朝は道教を重んじたわけだ

952 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 21:01:11
そのおかげで、唐時代の史記は最初がハクイシュクセイじゃなく
老子の伝から始まると聞いた
話がそれたけど

953 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 21:18:48
>>948
襄楷と宮崇が太平清領書で朝廷に献上して売り込みかけた
桓帝は国教こそ改めなかったものの自ら老子を祀ったりしてる

ここからは推測
宦官たちは儒教によって完全に社会的弱者だったので儒教とは違う教えを国教にする運動してたようだ
黄巾の乱もただの民衆反乱ではなく朝廷内に内通者がいたことが発覚することからもわかるように宗教闘争の側面も持っている

954 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 21:23:13
>>950
蜀漢正統論の出元が南朝だったんだよ
北も南もお互い漢の後継を自認してただけの話

955 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 21:37:45
>>954
確か前漢→後漢→蜀漢→晋の順だっけか、正統は
これ言い出した人の上司が簒奪やる気満々だったから
「簒奪、ダメ、絶対」ってな意味もあるとは聞いたけど
(確かにこれなら簒奪は間に挟まらない)

956 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 21:44:39
>>955
蜀漢正統論は習サク歯の漢晋春秋が出元
桓温が簒奪満々だったので彼の野心を抑えるために書いたもの

その習サク歯は曹操自身は絶賛してる訳だが

957 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 21:46:24
しまった
>>953は典拠じゃなくて詳細しか書いてないわ
典拠は正史後漢書ね
いや本当にすまなかった

958 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 23:02:45
>>949
全員道教の仙人だよw
仙人は生を永遠のものとした存在。
老荘思想は養生法や神仙説を否定する。
万物斉同、絶対無差別の思想は死さえも区別しないので。

959 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 23:19:02
>>958
左慈、葛玄は相当に有名な仙人だしな

960 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 23:24:19
大日本国から見たら魏晋、隋唐の北朝こそ正統

961 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/12(火) 23:36:14
>>951
老子を祖先に結びつけたのはこじつけだよ
道教最隆盛の呼び水となったのは間違いないだろうけどね
あの時代には金丹を服薬して水銀中毒を起こし
死亡した皇帝も相次いだというからその信仰度たるや凄まじいものだったね

曹操も儒教からの逸脱というのなら
これくらいのガッツを見せて欲しかったもんだ

962 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 00:03:42
>>961
そのオールorナッシングの発想いい加減にしたら?
曹操も一時仙人にかぶれて毒入りの酒を飲んだとか・・・
これで寿命縮めたな

963 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 00:17:58
>>962
単純に暗殺対策でチン毒を毎日ちょっとずつ飲んで慣らしたって話だろ?

964 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 00:20:35
>>960

つ 倭の五王。

まあ五王は邪馬台国の後継で畿内ではないという説もあるが。

965 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 00:27:24
>>962
つまり言い返せなくなったと。
俺にはさっぱりわけのわからん会話だったが
そこでそんな言い訳が見苦しいというくらいは分かる。
ところで左慈が曹操を弟子に誘った話は演義?
あれはあれで曹操は仙人になることを相当毛嫌いしていたように思えたのだが。

966 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 00:42:31
>>965
演義混ぜるなよ
魏の宮廷で一時期、左慈ら仙人が招かれて持て囃されたのは事実
(民衆を乱さぬよう宮廷で飼殺し・・・という説もある)

967 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 01:13:42
>>960
そもそも魏→晋の継承を黒歴史にしたい層が晋にも居たみたいだけどな
ただそれは当時の政権の都合が反映されているもので、蜀漢が正しいからってわけじゃないが

まあこれは俺にとっては関羽を始めとする蜀漢武将がなぜ後世に勇名を残しているのか、っていう疑問へのアプローチだけど

968 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 02:33:57
もう脱線かキチガイが暴れるかの流れにしかならんな

969 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 02:42:59
あきらめるにはまだ早い

970 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 02:52:30
なんか酔っ払いの喧嘩みたいだな

971 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 09:33:28
曹操は関羽を道教の神にしたかったのか

972 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 11:04:49
>887とか曹操の唯才の言葉に騙されたりとか、どうも正史と演義の区別が
できない人が多いんでしょ。

973 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 15:35:23
あんまり詳しい訳じゃないからどれが、何が正しいか分からんけど
ハタから見れば両極端に走ってるようにしか見えん

974 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 18:14:07
極論に走ってお互いを貶そうとしてるだけだからね。

975 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 18:33:26
まあ、もうそろそろ終りだし
最後のお祭りがあったと思えばいいかな。

976 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 10:20:50
まあ関羽が日本の戦国時代に生まれてたら、単なる腕力家や一番槍程度の器としか認められなかったろうね。
とても大名や一軍を進退させる将クラスとして使われなかったと思う。

四国を切り取った一方の英雄である長宗我部が信長に例え滅んでも降伏はしないと拒否した時、

将の言葉ではない、葉武者の心がけだ。あれは鳥無き島のコウモリよ。とあざ笑ったしね。

977 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 11:12:14
印象論にすぎないね。

978 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 12:23:06
全然土壌が違うから単純に比較は出来んな

というか「無鳥島之蝙蝠」は元親が信長に息子の烏帽子親になってもらう為
つまり長宗我部方が織田と友好関係を築こうとした時のエピソードだが
使者の中島可之助はそれに対し「蓬莱宮の寛典」と言い
信長に烏帽子親になる事と四国の切り取りを認めさせた

979 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 18:51:06
>>976
武で身を立てたんだから長宗我部とは違うだろ。
三国志において最強の豪傑であることを考えれば
本多忠勝、島津義弘、加藤清正あたりじゃないか?

980 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 20:52:42
>>977
信長が元親をあざ笑ったのは、将たるものが感情や一時の激情にとらわれ前後の見境なく政略や戦略という計数を忘れたからだろ。
そんなものは将の美徳じゃなく葉武者の美徳と。
たいした奴ではないとあざ笑った。

>>979
関羽は荊州を任されたんだから大名クラスとして評価すべきでしょ、関羽はやはり国を任せる大名クラスには程遠かったんじゃねーの?

981 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 23:14:54
>>980
つまりは豪傑らしかったってことかw
本多忠勝が一番近いタイプに見えるな

982 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 00:01:01
鼻息

983 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 10:52:51
>>980
鳥なき島の蝙蝠はそんな意味じゃない
鳥がいないところで飛んでる奴、つまり敵らしい敵のいない所で
調子に乗って偉ぶってる奴って意味だ
というか端武者云々ってどっから出てきたんだ

というか大名クラスとして評価すべきと言っておいて大名クラスには程遠かったってイミフ

984 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 13:24:46
どこがイミフだよ馬鹿

985 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 14:51:00
一言で言えば言葉の選択がおかしい

まあ、意味は汲めるし揚げ足取りはおいておくにしても
>>980にしたって鳥なき島の蝙蝠の故事の誤解、
>>979のメンツは最終的に大名になっているのに
大名クラスとして扱うべきと話を持ち出していること
大名や関羽の事跡に対する認識の怪しさ等
否定するにしたってもっと妥当な所もあるのに頓珍漢な事を言い出してる
そもそも同じ次元で話が出来てるようには見えない


俺が馬鹿だと言われればそうかもしれないが
少なくとも己が無知にすら気付かない奴に言われる筋合いは無いな

986 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 15:24:46
馬鹿とか、恥ずかしい事は言うもんじゃないわな

987 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 18:34:07
>>985
何百年〜何千年前の話に真実なんてもんが
現存してると思ってるお前さんの方が頓珍漢w
なんでもっと柔軟になれんかね。
お前さん1人で世界が回ってるわけでもあるまいに。

988 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 18:48:43
>>987
巣に帰れ
http://ex21.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1189772001/l50

989 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 18:59:16
あ?

990 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:06:20
モニターの前で言い争いしてどうする・・・

991 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 19:32:06
>>985
とりあえず意味不明

992 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 00:04:38
三国志は架空の話

993 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 00:10:07
終了寸前にあげる事もなかろうに。

994 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 02:18:16
1000ならカンヌは女

995 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 11:01:42
1000なら関羽は神

996 :国重高暁 ◆takawYpCqc :2008/02/17(日) 11:19:24
彼はどう考えたって名将!
そうでなければ、商店街などの
守護神として崇められるはずが
ないでしょう?

997 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 11:22:49
1000なら関羽は完全無比超人

998 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 11:24:49
1000なら関☆羽は劉備の妹

999 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 11:29:17
1000なら関羽は近々玉帝昇格

1000 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 11:31:21
関羽は三国志最大の英雄にて
中華最大の英雄でもある
道教に置いても、高位の帝号を持つ上級神

よって、名将確定


1001 :1001:Over 1000 Thread
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  ね  い   //;;/´         `' 、;;;;;;;;,,l;;'            /ヽ  す  1000
  ば  ス   /.,';/              ヽ;;;;,l;L_      .,,、,--ュ、 ';;;;;;;;;i  か   を
  い  レ   l |;|┌--‐フ  ┌----、、   |;ヾr''‐ヽ,  ,、ィ'r-‐''''''‐ヽ ';;;;;;く  !!    超
  か  ッ   i  |l ~~__´ 、   ``'__''''┘  |;;;;;l rO:、;  ´ ィ○ヽ    'i;;;;;厶,     え
  ん  ド   l _|. <,,O,> 〉   <,,O,,>    |;;;;;| `'''"/   `'''''"´     !;;;;;;;;ヽ   た
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人_,、ノL_,iノ!  . ',   :i゙''''''''''`l'  ` _人__人ノ_ヽ ヾ゙゙゙゙ニニ'\       ,'  ト、,
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ハ ワ  {.      ヽ.  -、、、、 '  ノ  き き 了. ゙, ,ヽ===-'゙ ,'     ,   // ヽ
ハ ハ   ヽ.    ハ        )  ん 込  |  ',.' ,  ̄ , '    ノ  //三国志・戦国板
ハ ハ    >  /|ヽヽ、___,,,,、 'く     み  > ヽ.  ̄´   / ,、 ' /  http://ex21.2ch.net/warhis/

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